第20話

 夏の海辺を熱く燃やすビーチバレー大会、宮子&静流ペアはいよいよ準々決勝へ。

 試合も減ってきたので、ここからは主催のアイドル、美滝百合葉が実況する。


「さあ、大会もいよいよ大詰め! 準々決勝第1コート、2年のスウィート☆デビル火蔵宮子選手と、アイスフェアリー雪川静流選手に挑むのは!」


 口でドラムロール入れつつ、対戦チームの2人を紹介。


「星花ソフト部が誇るスラッガー。最強の破壊砲! 2年1組、下村キャノン紀香選手&! ご先祖はお隣夕月市のお殿様。馬での登校は有りなのか!? 2年6組、誾林ぎんばやしサムライ駿河選手だー!!」


 宮子に静流と比べると、2人とも明らかにスポーツで鍛えた印象の、健康的な2人。

 緑の水着の紀香と、サラシにふんどしスタイルの駿河。

 

「げ……。わたくし、苦手なのよね。とくに下村さん」


 好みでないらしい。露骨に苦手な顔して、ちっちゃい静流の背に隠れる宮子。


「男っぽいっていうか? ガサツそうで、ごつごつ固そうで。やっぱりわたくし、抱かれるなら柔らかーな女の子らしい子がいいわ」


「聞こえてるぞー、火蔵」


 べ、と舌を出す宮子を睨みながら、紀香、


「ま、陰口叩かれるよりいいけどな。あたしは嫌いじゃないぜ? そういう、はっきりした奴は」


 豪快に笑う下村紀香。静流とはクラスメートでもある彼女、数々の伝説を持つ名野球選手の娘であり、星花ソフトボール部の、不動の4番打者である。


 そしてもう1人、黒髪をポニーテールにしたサムライガール、誾林ぎんばやし駿河。静流の雪川家とは、お隣の領主として戦国時代から因縁が。


「長篠では我らが主君、武田勝頼公と、盟友真田家が痛い目を見たからな。借りを返させてもらうぞ?」


「それをいうなら、我が雪川家も三方ヶ原では、貴女の家の鉄砲騎馬隊に、苦しめられてますからね。ご先祖様の無念、晴らさせて頂きます!」


 ともにかつては今川家に仕え、後に武田と徳川に分かれ、争った家柄なのだ。

 その辺の歴史をスマホで検索しながら、実況の百合葉、


「ちょっと因縁が重くありません? ビーチバレーですからね?」


 いちおうツッコんだ。


「ところで……」


 静流、友人の紀香へ、疑問をぶつける。


「紀香、ペアは恋人の子じゃないのね。いえ、私と火蔵さんみたいに、偶然、たまたまチームを組んだ例もありますが。恋人じゃないチームもありますがっ!!」


 強調する静流に、宮子がくすくす笑いながら絡む。


「あら、悲しいわ。試合を通じて、わたくしたちの愛は、熱く燃え上がったと思ってたのに」


「燃え上がってません! わ、私たちは恋人とかじゃありませんからぁ!」


 いちゃいちゃ?し出す2人へ、紀香の回答。


「いやー、静がどうしても優勝賞品欲しいって言うからさ。あたしが知ってる中で、一番勝てそうな駿河を、パートナーに誘ったってわけ」


 紀香の恋人はソフト部のマネージャーを務める、1年の黒犬静。

 「ある趣味」を共有する百合葉が、静に寄って耳打ち。


「ワンちゃん、『疾風はやて』のサイン欲しかったの? 言ってくれれば、どうにかもらってきたのに。同志なんだから!」


 それを聞いて静、恥ずかしそうに頬を赤らめながら、百合葉に耳打ちし返す。


「なになに? あぁ、なるほど。『一緒にプレーするんじゃなくて、紀香先輩のカッコいいところが見たかったから』と。このこの、乙女だねっ☆」


 さて、もうすぐ午前も終わり。試合に参加しなかった、あるいは終わった子たちが、お昼のバーベキューの用意をし始める中。

 百合葉の掛け声で、決戦の火ぶたが切られた。


「さあ、星花高等部2年、最強は誰だー! レディ―、ゴー!!」


「いくぜ、これがあたしの! 波動球だぁぁぁーッ!」


 開幕から炸裂する、紀香の強烈サーブ!

 あまりの威力に周囲の空気が震動しブレて見える、恐るべき破壊圧。

 それはまさに超弩級戦艦の主砲にも匹敵する、紀香のキャノンだ!!


「……あの。いきなり折れそうなんですが。心の前に、腕が」


 レシーブした静流。腕が真っ赤で、早くも涙目。

 まだ試合開始して3秒。

 負けず嫌いな宮子が、スパイクを打ち返すが、さらに、紀香より危険なのが……。


はやきこと、風のごとく!」


 人間の知覚速度を超えるほどの、音速スパイクを放つ誾林駿河。

 次にラリー中、静流が、紀香と駿河の隙を狙って撃った球は、


しずかなること、林の如く」


 音もなく移動していた駿河に、あっさりと返される。

 さらに、


侵掠しんりゃくすること火の如く!」


 炎を纏ったボール!


「動かざること……山の如く」


 鉄壁のディフェンス。


「あの……主催者の美滝さんに、質問が」


 手を挙げる静流。


「なんでしょうか、先輩?」


「必殺技とか、もう世界観が違うのは、反則ではありません?」


「だってさ。どうかな、美綺ぽん?」


 隣で解説席に座る柳橋美綺へ、百合葉が尋ねる。

 ビーチバレーのルールブックを確認しながら美綺、


「必殺技NGというルールは無いね。たとえ物理法則超えようと、ルール上は問題無いし、セーフなのでは?」


「このびっくり人間たちはぁぁぁぁぁ!!」


 雪川静流、ただの人間なので付いていけなくなってきた。

 それでもどうにか、根性で食らいつくのは宮子!


「負けない! 諦めたら、そこで試合終了なんだからっ!」


「貴女、そんな熱いキャラでした!?」


 負けず嫌いだけで、身体能力の限界を超え、紀香&駿河の超人タッグへと対抗し続ける宮子。

 その熱さに、想いに、ボールまでもが、応えるッ!

 壮絶なラリーの末、4人ともが砂に膝を付く中、ネットの真上に落ちて揺れるボールへ……、


「向こうに! 落ちなさぁーい!!」


 気合が、ボールを動かしたのか。相手チームの砂浜に落ちる。

 けれど、これでようやく1セット返しただけ。依然、紀香と駿河チームが圧倒的リードだ。


「やるじゃん、火蔵」


 スポーツマン精神! 紀香と宮子、視線を交わし、ニッと微笑む。


「けど、あたしの波動球は108式まで有るんだ。そろそろ本気でいかせてもらうぜ」


 駿河も、


「ふ……。私も、さらなる奥義「陰」「雷」を解禁せねば、ならぬようだな」


 超人たちの戦いは続く……静流を置いてけぼりにして。

 と、隣のコートから、ズシィィィィンと、重い震動音が。


 それは、隣のコートでプレーするたちばな桜芽おうが……空手の全国大会優勝者にして、星花で物理最強と目される生徒が、重りを仕込んだリストバンドを、外した落下音だった。


「……失礼。散りゆく者たちに余力を残して戦うのは、侮辱でしたね」


 相手チームへ魔王みたいなことを言いながら、武道じみた構えを取る。

 実況の百合葉が驚愕。


「あ、あれは……!? どんなサーブやスパイクも倍の威力にして返すという、究極のカウンター技、『天地魔闘の構え』だぁぁーっ!! トッププロでも使えるのは数人と言うあの技を、なぜ中等部の橘選手がー!?」


「いや何で百合葉は、そんな技知ってるのさ」


 美綺が冷静に尋ねる。

 ともあれ構えた橘桜芽、拘束具にも等しいリストバンドの重りを外し、ようやく全力を出せる喜びに、


「やり過ぎてしまうかもしれません……!」


「大丈夫、これ? 死人出ない?」


 美綺の声を聞きながら、隣コートから、紀香&駿河ペアに視線を戻す静流。


(……この怪物たちに勝っても、次は大魔王、橘さんペア)


 ここで、心がぽっきりと折れた。

 宮子へ頭を下げながら、


「ごめんなさい、火蔵さん。私、死にたく、ありませんのでぇぇぇぇ!?」


 泣きながら、逃げ出した。


「ちょっとぉぉ!?」


 真夏のビーチバレー大会、美滝百合葉カップ

 火蔵宮子&雪川静流ペア。

 静流の戦意喪失による棄権で、準々決勝敗退。

 

 ※ ※ ※


「はぁぁぁぁぁぁぁ……」


 お昼の波打ち際で。膝を抱えながら、静流は盛大なため息を吐いた。

 逃げてしまったことへの申し訳なさは、もちろん有るけれど。

 それ以上に。


「……私って、本当に。平凡ね」


 存在するだけで周囲を輝かせる、アイドルの美滝百合葉。

 NASAが認めた天才の、柳橋美綺。

 強い信念を抱いた女帝、御所園咲瑠えみるに、紀香や駿河。

 そして、火蔵宮子。


 星花女子学園には、まさに「主人公」に相応しい、強烈な個性の持ち主がいっぱい。そんな彼女たちと並び立つには、静流はあまりにも。

 運動も普通、勉強も普通。家だって歴史は有るけれど、五行財閥やらに比べれば、地元の名士程度。祖母譲りの銀髪は珍しいけれど、それだって、珍しいだけ。


 ただの、どこにでもいる女の子。それが自分、雪川静流なんだ。


「……こんなんじゃ、私」


 火蔵さんと並び立てない、と漏らし掛けた言葉を、飲み込む。

 嫌いなはずなのに。隣に立ちたいなんて、思ってないはずなのに。


 ぽろ、と零れかけた涙を……。

 盛大な、水しぶきが飲み込んでいった。


「サメ、獲ったのだぁぁぁー!!」


 海から現れたのは、白い髪に南国情緒あふれる褐色の肌。

 中等部2年の裏沢ムム。南の島からやってきた……星花でいちばん常識外の、かいぶつ少女。

 


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