第43話

 星花の図書室は、大きい。

 大学の図書館とまではいかないけれど、結構な蔵書数。

 その一角には、紅茶や珈琲を淹れて、ゆったりお話しできるスペースも。


「さあ、お姉さまに何でも相談してくださいな。さぁ。さぁさぁ♡」


 頼りにされるのがよっぽど嬉しい様子のエヴァンジェリン。


「では……」


 静流しずるが、宮子とのことを話すと、


「お、女の子同士の恋愛に、えっちは必要か、ですか」


「ええ、ああいうの描いてる先輩なら、経験ご豊富かと思いまして」


「そ、そそそれは、もももちろん!? わたくし、アダルティのかたまり。星花のミス・ゆりえっちですわ!」


 顔真っ赤にして動揺している。経験豊富ではなかった!

 ……どうやら、相談の人選を誤ったみたい。

 エヴァがあまりに照れてるので、静流も改めて恥ずかしくなって、珈琲に口を付けて誤魔化す。

 しばらく、無言の時間が流れる。図書室へも微かに届く、放課後の喧騒。

 珈琲の、薫り。


「……雪川さんは、嫌なんですの? 火蔵さんに求められて」


 ようやく動悸が鎮まったらしいエヴァが、尋ねてくる。


「私は……」


 静流、宮子の顔を思い浮かべ、もじもじしながら、


「女の子同士って、もっと、清いものだと思うんです。心と心の結びつきって言うか。宮子さんは、スケベ大魔神ですし、『カラダの相性も大事よ!』なんて言うけど、私にはそれは、不潔なモノに、どうしても思えて」


 あの、天使みたいに綺麗な宮子を、汚したくない。汚れて欲しくない。

 当の宮子には、「汚れたくないのは、貴女でしょう?」と指摘されてしまったけど。


 エヴァ、白いあごに人さし指を当てて、考えながら、


「でも、興味はある?」


 そう問われて、静流は少し考えて。宮子の唇、肌が自分のそれと重ねられるのを想像して。

 頬を染めながら、こくんと頷いた。


「私だけを、見てくれるなら。一生、他の人なんて目もくれず、私だけに触れてくれるなら」


「……雪川さん、重すぎですわ」


 エヴァちゃんシリアスな雰囲気は、ちょっと苦手。

 コーヒーカップを片手に、しばし、視線を彷徨さまよわせる。

 ふと、唐突に、


「プラトニック・ラブという言葉は、ご存知?」


「? ええ、まあ」


 よく「純愛」と訳される言葉。精神的な繋がりこそ、最も正しい恋愛だという考え。


「元々は、ギリシャの哲学者プラトンが提唱した思想ですの。だから、彼の名を取って、プラトニック」


 この辺は、世界史の愛瀬まなせ先生が詳しいですけど、と前置きして、


「古代ギリシャでは珍しくないのですけど、プラトンは少年大好きの男色家でして。孫弟子にあたるアレクサンドロス大王も、バイセクシャルと伝わってますわね。で、プラトンいわく、肉欲を伴わない同性同士の恋愛こそ、至高のものであると」


 百合にもBLにも、えっちは不要。古代の哲学者も、そう言っている。


「けど、ドキドキ、しちゃいますよね?」


 エヴァは、少し恥ずかしそうに、はにかんだ。


「同性だからって、肉欲が発生しないとは、限らないと思いますの。わたくしは恋葉ちゃんとお風呂入ったり、智良ちゃんのおぱんつ見たりすると、テンション爆上げですわ♡」


「何ぶっちゃけてるのですか、この先輩」


 今度は静流が引く番だ。まあまあ、と続きを聞くよう促すエヴァ。


「えっち要素の無い、魂と魂で繋がるような百合こそ、プラトンの言う至高の愛に、最も近いのでしょう。彼自身は、美とか愛とか、概念そのものを愛するのが美しいと、そういうことを言いたかったようですけど。では、エッチなコトを考えたら、女の子同士でも、それは純愛ではないのでしょうか。百合として間違ってるのでしょうか。NO! わたくしはそうは思いません!」


 席を立って、力強く演説をぶち上げる。


「女の子は綺麗な存在ものです! 綺麗なものと綺麗なものがくっついたら、もっと綺麗になるのが世のことわり。つまり、エッチしたら百合の美しさが損なわれるなんて、そんなことは無いのですわー!」


「せ、先輩っ……ここ、図書室……っ!?」


 周囲の視線が、かなり痛い。エヴァも気付いて、真っ赤になりながら、座る。


「とはいうものの。わたくしも、そういう漫画を描いてはいますけど……恋葉ちゃんも、そんなエッチじゃないし。語れるような経験は、無いのですが」


 可愛らしく恥ずかしがるエヴァ。とっても乙女。


「でも、好きな人には、触れて欲しいし、触れたいですわ。それはとっても自然なコトで、美しいとか汚いとはまた、別の話と思いますの。……本当に大好きな相手なら、相手が、それを望んでるなら、わたくしは受け入れたい」


「結局、私がどこまで本気で、宮子さんを好きか。それ次第ということでしょうか?」


 静流が問い返すと、エヴァはしばらく考えて、


「……わたくしの中にも、はっきりした答えの無い問題ですので。正解は、ひとりひとりの胸の中に、としか」


 首を振り、微笑んでくる。


「ごめんなさいね。はぐらかすような言い方で」 


「いいえ、そんな……」


 静流も微笑みを返した。

 エヴァンジェリン・ノースフィールドは、真剣に、自身の思う所を語ってくれた。それが、伝わってきたから。


 正解は、いつだって自分の胸の中に。

 だったら、答えは一つだ。後は、ほんの少し。ほんの少しの勇気が有れば。


「ありがとう、先輩。私、向き合ってみます!」


 静流の言葉に、金髪の天使エヴァンジェリンは輝くような笑顔を向けて、


「まあでも個人的には、ゆりえっち賛成ですわ♡ ゆりえっち!」


「台無しですー!?」


 ※ ※ ※


 星花祭の本番が、さらに近付く。

 準備で学園内も騒がしい中、実行委員である宮子に、静流は呼び出された。


「ゆりりんと、『クリスタル*リーフ』のライブの話なんだけど」


 星花1年生で現役アイドルの、美滝百合葉と、学園の卒業生で、全国にも出場したスクールアイドルの「クリスタル*リーフ」。

 その合同ライブは、学園の理事長も力を入れている、今年の星花祭の目玉イベントだ。


「ゆりりん、あまり乗り気じゃないのよね。わたくしも、事情は最近知ったのだけど……ドタキャンされても困るし。静流には、ライブ決行で本当に良いか、彼女に話を聞いてきてほしいのよね」


「私が、ですか?」


 同じ菊花寮生の宮子ならまだしも、学年も違う静流は、百合葉とあまり接点が無い。


「だからこそよ。親しい間柄だと、かえって言い出しにくいことって、有るじゃない?」


「……そういうものかしら」


 釈然としないながら、静流が請け負うと、宮子は迷った様子で、


「でも、事情を全く知らないと、話を聞きにくいわよね。……一応、静流にも教えておくわ。ゆりりんと、『クリスタル*リーフ』のメンバー、水上晶奈のお姉さん、アイドル『結野あきら』との因縁を」



 

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