第46話
星花祭1日目。実行委員の宮子は、高等部の有志による展示を、見学に来ていた。
場所は視聴覚室。
有志と言うのは、静流と、
「はい、本物の火縄銃ですよ♪」
「展示物が高校の文化祭レベルじゃなさすぎる!?」
戦国から江戸時代にかけて、空の宮市一帯の領主だった雪川家と、お隣夕月市の領主、誾林家。
火縄銃に甲冑などの武具から、雪川城跡から発掘された、戦国時代の日用品、家に伝わる古文書などなど……。
歴史マニア
「刀まであるんだけど……これ、もしかしなくても真剣よね」
「ええ。我が雪川家の家宝、名刀『
語りたいオーラを発散する静流。宮子に聞かれるまでもなく、由来を語り始める。早口で。
「この刀は天正十年、かの本能寺の変が起きた年に、徳川家康公から拝領した品なのです! 今川家滅亡後、徳川に仕えた雪川家ですが、三方ヶ原の大敗では、嫡男の義光さまが、家康公をかばい、そちらの誾林家の者に討たれまして……」
「我が家は武田に仕えていたからな。生き残りに必死だったのだ」
これも戦国の習い……と語る誾林駿河。
「でも武田の滅亡後、当主義春様は、旧怨を捨て、無駄な血が流れないようにと……。織田、徳川に
いわば、戦国時代の空の宮を見守った、そんな刀。
明治になって困窮した雪川家が、先祖伝来の大鎧など様々なものを売却した後も、これだけは大事に守り続けてきたのだ……。
ちなみに、県の重要文化財。
「ふふ、我が家も色々持ってきたぞ」
誾林駿河が用意したのも、戦国時代の鉄砲……だけど雪川家の蔵に有ったものより、量も質も上。騎馬しながら撃つ馬上筒なんて、珍しいものもある。
「誾林家は、小領主ながら早くから、鉄砲の有用性に気付いていた家でな。後の伊達家のものほど大規模ではないが、鉄砲騎馬隊を抱えていたのだ」
「西洋の
うんうんと頷く静流。一方宮子はというと、
(あ、今日もいい天気)
興味無かった。
構わず駿河、
「それだけに、長篠では真田
ご先祖様本人みたいなことを言い出す。
そして取り出す、とっておきの逸品……ある古文書。
「これは……噂の『誾林家
「全然知らない……」
食いつく静流。どうでもいい宮子。
「知らないのですか!? あの、本能寺の変の真相に迫る、重要な記述が見つかったという、『誾林家文書』を!? 全国の歴史研究家が、感激で卒倒するレベルの品ですよ!」
「知らんわ! わたくし研究者でも歴女でもないし!」
さて、気になるその内容は。誾林駿河が解説する。
「……武田家が滅亡し、誾林家が雪川殿の説得で、降伏した後のこと。ご先祖様は、鉄砲の腕前を聞きつけた織田信長に、安土へと招かれてな。織田家随一の鉄砲名人、あの明智光秀と、技を競い合うことになったのだ」
ちなみに武田家滅亡が天正十年三月。本能寺の変が六月なので、まさに直前である。
「この古文書は、その御前試合の記録なのだ。結果は引き分けだったが、織田信長は、ご先祖様をたいそう気に入って、スカウトしたそうだ。武田が滅んで日も浅いし、ご先祖様は保留にしたのだが……」
手袋はめて古文書をめくりながら、駿河、
「このページだな。引き分けとはいえ、面目を失った明智光秀は、このことを随分、恨みに思ったとある。これが、本能寺の変の直接のきっかけになったという説があるのだ」
「あの、誾林さん? これ、高校の文化祭なのよ?」
分かってるが?という顔する駿河へ、宮子は、
「日本史書き換わるようなもの、持ってこないでくださる!?」
「まだ有るぞ」
「まだ有るの!?」
続いて駿河が取り出したのは、
「馬上筒ですね。戦国時代でここまで小型化してるのは、珍しいのでは」
一種の
「これはな……大坂夏の陣で、真田幸村公が家康を撃つべく、携えた物だ」
「あぁー!? 大河ドラマで見た! その実物ですか!?」
真田家は知っているか、と駿河に聞かれて、宮子も、
「さすがに真田家は知ってるわよ。大河、わたくしも観たし」
真田三代。武田信玄に仕えた真田幸隆。
武田の滅亡後、独立大名となり、秀吉や家康ら天下人を翻弄してみせた戦国最強の知将、真田昌幸。
そしてその次男。戦国最後のヒーロー真田幸村(信繁)ら、日本史の大スターたちである。
「む。待ちなさい。戦国最強の知将は、我が雪川家の名付け親、太源雪斎さまですわ!」
「そうだろうか。雪斎の教え子である徳川家康を幾度も追い詰めた、真田家の方が上なのでは?」
論争が始まる前に、宮子が尋ねる。
「本物なの? さすがに胡散臭いのだけど。そもそも、何でそんなものが、誾林さんの家に……」
「誾林も真田も、武田家に代々仕えたわけではない、
それが大坂の陣の後、幸村の形見として、誾林家に戻ってきたのだという……。
「いやいやいや。本物ならエピソード的に、国宝級でしょ。さすがに……さすがに、信じないわよ」
なおも疑いの目を向ける宮子に、駿河も苦笑する。
「まあ、証明するものは無いさ。江戸時代、徳川の世に、真田との繋がりを知られてはならなかったから……我が家でも明治まで、秘蔵されていた品だ。あえて、本物と証明できるような書物などは、残さなかったと伝わっている」
「松代藩の『吉光御腰物箱』みたいですね。あれも真田だし、運命的で素敵です」
うっとりする静流。真田幸村の兄、信之は徳川幕府に仕えたが……江戸時代の三百年に渡って、友、石田三成からの手紙を隠し、守り続けたという。
「う……なんか、そう解説されると、本物っぽく見えてくるわ」
段々信じ始める宮子。
けど、そうなると別の問題が。
「これ、やっぱり文化祭に出していいものじゃないでしょう。防犯とか、どうするのよ……」
「「「大丈夫です!!」」」
力強く請け負うのは、静流が会長を務める「今川義元公&雪斎さまファンクラブ」の面々。
「私たち、星花祭の間ずっとここにいて、見張ってますから。もういっそ、永住します!」
「ああ……本物の火縄銃♡ これで、人の頭をパァーンって。パァーンって……♡」
合戦マニアの赤倉
眼鏡っ子の東条
「いやー、浪漫よね。この銃で、幸村さまが家康を撃ってたら、日本の歴史、全然違ってたわけでしょ」
見た目ギャルの腐女子、田井中茂美が杏子にくっついて、
「ゆっきー×イエヤスもいいよねえ。親の代から
「興味無いって言ってるのに、また腐な話を振って。なに? 貴女、そんなに私と話したいの。私のコト好きなの?」
「……好きだよ」
「えっ」
なにやら後ろで百合の花が咲くのは置いといて、静流も胸を叩く。
「明日は、お父様が大学から人を寄越しますし。心配ありませんわ。それに……」
雪川家の家宝、名刀「雪蛍」には、こんな逸話がある。
「幾度か、雪川家の元を離れてしまいそうになったのですけど、そのたびに
戻ってきたのです。賊が盗みに入った時など、鞘からひとりでに抜けて、首をスパーンと斬ってみせたとか!」
「妖刀じゃないのよぉぉぉぉ! 呪いのアイテムを持ち込むな!?」
「む。何ですか我が家の家宝を妖刀とは! 戦国の世から、空の宮を見守ってくださっている、ありがたーい刀なのですよ。霊験あらかたなのです!」
……そして、この刀。翌日、一般参加のどさくさに紛れて、男が盗もうとした時には。
鞘から勝手に抜けて……。
手加減してくれたのか、男の服だけスッパリ斬ってみせたという。
第65回星花祭の伝説、その3。
妖刀「雪蛍」盗難未遂と、これって本物!? 戦国最後の戦いで、真田幸村が命運を託した武具。
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