氷の女王に、お熱いくちづけを

百合宮 伯爵

第1話

 星花女子学園は、知る人ぞ知る、百合っ娘の巣窟である。


「ちゅっ、んむ……。ふぅっ、ちゅぷ……♪」


「ちゅく、ふぅっ。るちゅ、ちゅむん……♪」


 高等部の校舎。

 今日も今日とて、放課後の図書室で接吻くちづけを交わし合う乙女たち。

 甘く、密やかな愛の儀式は、しかし、ピピ―ッと喧しい警笛ホイッスルの音に中断された。


「そこまでよ! このわたくし、風紀委員、雪川ゆきかわ静流しずるの名に懸けて。学園内での淫行は許しません!」


「げぇっ氷の女王!?」


「だ、誰が氷の女王ですかっ」


 警笛を吹いたのは、全て校則通りカチッと着こなした制服に、燦然さんぜんと輝く風紀委員の腕章。

 西欧出身の貴人を祖母に持つ、クォーターの証の白銀の髪。

 真っ白な肌はまさに氷雪の女神……の幼体といった印象の、ちびっ娘だ。

 彼女こそ「氷の女王」と生徒に恐れられる、鬼の風紀委員。

 高等部2年、雪川静流である。


「よろしくて? 我が星花女子のモットーは『純粋な心と大胆な行動』。けれど大胆と言っても節度が有ります」


 甘く透き通ったクリスタル・ヴォイス。

 女王然と腕組みをして……でも背はちっちゃい方なので、後輩を見上げながら諭す。


「校内で、キスなんて……えっちなコトは許しません!」


「そんな! 私たちは、ただ純粋に愛し合っていただけです。女の子同士だからダメなんですか!?」


 キスしてた女の子たちが反論すると、


「あら。わたくし、女同士は否定しないわよ。むしろウェルカムです」


「ウェルカムなんだ……」


 目を丸くする後輩へ、静流しずるは輝く銀の髪をふぁさっとかき上げて、


「女同士だからこそ、清く、正しく、美しくあらねば。淫らな性欲に任せてちゅっちゅちゅっちゅとか、わたくし認めませんわ!」


 淫らとかちゅっちゅちゅっちゅとか、大きな声で語る風紀委員……。

 キスしてた女の子たちの方が恥ずかしくなったのか、頬を赤らめて逃げ出そうとする。


「愚かな。秩序の守護者たるわたくしから、逃げられるなどと思わないことね。さあ、世音ぜのん、2人を拘束するのです」


「心得た、我が先達よ! ふはは、余の両眼に宿りし神の力、解き放つ時が来たようだな!」


 風紀委員の後輩がカッコいいポーズを取っている間に、少女たちには逃げられた。


「……何をなさってるの?」


 別に超能力とか持ってるわけではない。

 厨二病をとってもこじらせた後輩に、冷ややかな視線を向ける静流。


「だ、だってだって。『能力ちから』を使うには制約が……というか決めポーズの間に逃げるなんてひどいです。先輩こそ、凍結系能力で捕まえたり出来ないんですかっ。『氷の女王』なのに!」


「そ・れ・は。貴女が勝手に付けたあだ名でしょうが! わたくしは、普通の人間です。女王なんて自分で名乗った覚えはありません!?」


「……あの。図書室ではお静かに」


 図書委員に叱られた。


「「ごめんなさい……」」


 ちゃんとごめんなさいは出来る、風紀委員たちなのであった。


 ※ ※ ※


 ピピ―! ピピ―! 今日も鳴る鳴る警笛が鳴る。

 学園内不純同性交友を許さない。それが「氷の女王」雪川静流!


「そこ! 距離が近すぎてよ。学生の恋愛は手を繋ぐ所まで。腕を組んで密着など、言語道断ですわ!」


 静流基準で問題児だらけのこの学園、女王の警笛ふえが鳴り止む日は無いのだ……。


「……ふぅ。吹き疲れたわ。まったく、何て乱れてるのかしら」


 昼休み。食堂で静流は、クラスメートの前に座る。

 2人の間には、ざっと4人前はありそうなボリュームの、超特盛豚骨醤油ラーメン、通称「ノリカスペシャル」。顔が隠れるほどの山盛りラーメンの影から、ひょこっと顔を出す友人……下村紀香が苦言を呈した。


「いやいや、小学生じゃねんだから。基準が厳し過ぎだって」


 ずるずるーと麺をすする友人へ、静流はビシッと指を突きつける。


「言っておくけど、紀香。貴女こそ、ブラックリスト入りの要注意人物ですからね。新年の……あんな、堂々と皆の前で……ふしだらな!」


 星花女子ソフトボール部の4番打者である紀香は、今年の年明けの大会で、ある伝説を作ったのだ。

 紀香の隣に座る恋人……1学年下のソフト部マネージャー、黒犬静が、恥ずかしそうに頬を染めた。

 彼女も伝説の目撃者、というか当事者。

 静流的には指名手配である。


「それはそれとして。スープ、美味しそうね」


 大食いな紀香専用の隠れメニュー「ノリカスペシャル」は、普通の女の子なら見ただけで食欲を失うサイズ。でも風紀委員は激務ハードワークなので、意外とお腹が空く。


「お? 女王ちゃん、興味有んの? お嬢様だし、ラーメン食ったこと無いとか?」


「馬鹿にしないで。上に立つ者の責務として、庶民フードの研究は怠ってません。カップラーメンだって作れます」


 去年も同じクラスだし、ラーメン食べてる所ぐらい、見たこと有るでしょうに。

 友人の記憶力に呆れながら、静流は、自分のランチを見せて、


「その……恥ずかしながら、わたくしのは、量が……」


 クマさんや、ウサギさんの形にカットされた、とっても投稿映えしそうなプリティ・サンドイッチ。


「爺やのサンドイッチは、可愛いのですけど。可愛いのですけど……っ」


「ああ、あの女子力やばい執事さんのか」


 まだまだ成長期(と主張する)静流にとっては、ボリュームが足りない。

 なので紀香に、レンゲに掬った豚骨スープを頂く。


「はい、女王ちゃん、あーん」


「あ、あーん……」


 耳元の髪を抑え、眼を閉じて。友人の手で、レンゲを唇に。

 ごっくん。


「ふみゅぅぅ!? 熱ぅぅぅ!?」


 でも美味しい。旨みたっぷりの濃厚スープはカロリーの暴力……それが罪の味。

 氷の女王が蕩けていると、見守ってた大人しい後輩……黒犬静が、なぜか慌て出す。


「え、何だいワンちゃん? か、間接キスぅ!? そうだけど……これくらいは、普通だろ?」


「……は、はかられた!?」


 静流の方は顔を真っ赤にしつつ、今は、恋人同士の間に、軽率に割り込んだ申し訳なさが勝った。


「ごめんなさいね、黒犬さん。わたくし、貴女と紀香の仲を裂くような意図は……一切……無く、て……」


 目が点になる。

 普段大人しい黒犬さん、「友達と間接キスが有りなら、恋人の私には! 当然! 直接口移しですよね! ね!?」とばかりに、紀香へ迫る。食堂で。


「だ、だめだって。こんな、皆が見てる前で……っ」


 ……ちゅぅっ。ちゅぷちゅぷ。ぷちゅぅぅ。

 豚骨スープも甘くする、ラブラブ唾液交換が目の前で開演して。

 静流は、警笛ホイッスルを唇へ運ぶしかなかった。


「み、乱れてる! やっぱり乱れてますわ、この学園ーっ!!」


 ※ ※ ※


 おお、とてもマリア様には見せられない。

 あっちでイチャイチャ、こっちでイチャイチャ……「女の子同士で恋人を作りたければ、星花へ行け」とまで噂される、この惨状、誰が正すのか。

 それは「氷の女王」、清純派の中の清純派、乙女の中の乙女たる、雪川ゆきかわ静流しずるを置いて他に無し!

 そんな使命感に燃えて、ピピピピ警笛を吹く静流だが、目下、誰より頭を悩ます仇敵が……。


「……本当に、いいの? 火蔵かぐらさん。私、好きにしちゃうよ。貴女のコト……」


「……意地悪ね。あまり、焦らさないで。わたくしだって、恥ずかしくてよ……?」


 夕焼けの視聴覚室で。互いの制服のボタンを外し合い、白い柔肌を露出させていく乙女たち。

 床へ落ちる制服。熱い吐息が混ざり合い、指が、下着の中へと……。

 やがて水音と、甘い声が部屋の外にまで。


「ふぁぁっ♪ あん、あぁぁ……っ♪」


火蔵かぐら宮子みやこぉぉぉぉッ! 貴女という人はァァァァァッ!!」


 「氷の女王」は激おこだ! 視聴覚室のドアを開けたら絶賛情事中。

 静流のピュアピュアハートは一瞬で回路が焼き切れて、顔中から蒸気を噴出した。


「……ぷしゅー」


 腰が抜け、へなへなとへたり込む静流の横を、少女の片方が羞じらいながら、制服を着乱して逃げて行った。


「……もう。ここで逃げるなんて。あの子にとっても、わたくしは、特別なんかじゃないのね」


 その背中を見送り、そっと呟く、黒髪の乙女。

 星花高等部、最凶の問題児……火蔵かぐら宮子みやこ


「か、か、火蔵さんッ……!」


 えっちな場面を見てめちゃくちゃ動揺したまま、静流がどうにかフリーズから解けて、


「この、神聖な学び舎でッ! 貴女は、何をしていたのですかぁっ!?」


「ふふ。まあ、何をしてたかだなんて。言わせたいの? 乙女の唇から?」


 薔薇色の唇を、白魚の指でなぞり、蠱惑こわく的に微笑む……超絶顔の良い女の子。

 世が世なら傾国だの絶世だのと讃えられたかも知れない、そんな宮子が、静流へ近づく。

 ブラも脱いだまま、白い乳房を露出させて。


「ふ、服を着なさぁぁぁぁぁいッ!?」


 彼女、火蔵宮子こそ、「氷の女王」雪川静流の、最大の天敵。

 学年は同じ、高校2年生。仙界の墨を流したような麗しの黒髪は、真珠を散りばめたようにキラキラと輝き、すれ違う誰をも虜にする。166cmの高めの身長に、完璧な黄金比のスタイル。

 まさにクレオパトラか楊貴妃の再来か、彼女を学園一の美少女と呼ぶ人も多い。

 華やかさなら、今年入学した現役トップアイドルに、一歩譲るだろう。けれど均整と言うべきか、近寄りがたくすら感じさせる完成された美貌に、魅了の魔眼だと言われたら信じてしまう……深い中に炎が揺らめくような瞳が魅せる、凄まじいまでの色香。

 「美人」というカテゴリーなら、彼女が星花ナンバー1だろう。


 けれど。


「火蔵さん。昨日も、一昨日も、別の女の子と、こんなコトしてっ……!」


 異性とも同性とも、手を繋いだことすら無い静流と違って。

 宮子は生粋のレズビアン。しかも、エロスの概念が服を着て(たまに脱いで)歩いているがごとき、エロエロ魔神なのである! いっぱいの女の子をたぶらかす彼女を、生徒たちは呼ぶ。星花の「影の女王」と。


 ぺろ、と舌を出して、悪びれた様子も無く宮子。床に落ちた制服を拾いながら、わざと、裸を静流へ見せつけて、からかいつつ、


「あら。雪川さんこそ、毎日飽きもせず、わたくしを追い掛けて。わたくしのコト、好きなのかしら?」


「ば、ばかばかばかぁっ!? 貴女なんか、大っ嫌いに決まってるでしょう!?」


 涙目で八重歯を覗かせながら、がーっと怒る静流。


「風紀委員として、仕方なく追ってるのですわ。貴女が学園の風紀を乱すから」


 腕を組んで、ツンとそっぽを向く。


「よろしくて? 星花女子の生徒たる者、恋愛も清く、正しく、美しくを心掛けねば。まして貴女は特別目立つのですから、もっと皆の範となる行動をですね……」


 特別。ただ、あるがままで人を魅きつける宮子へ、微かな羨望が、静流の声に乗る。

 一方、宮子は制服を着る手を、一瞬止めて、


「……わたくし、特別なんかじゃなくてよ」


 と、悪戯を思い付いた、小悪魔な笑顔で。


「ふふ。清く、正しく、美しい恋愛ね」


 放課後。カーテンが揺れて。炎のように茜差す視聴覚室で、黒髪がくるっと舞って。

 「影の女王」は屈託なく、「氷の女王」へと微笑んだ。


「……じゃあ、貴女が教えてくださるかしら? その、清い恋愛を」


 ※ ※ ※


【後書き】


 この作品は、様々な小説投稿サイトで展開されている、学園百合シェアワールド企画「星花女子プロジェクト」の、第8期参加作品です。

 幾人もの百合小説の書き手がキャラクターを出し合って、カップルを決めて、物語をつづる当企画。

 この作品は、私の産み出した「雪川静流」と、楠富つかさ様考案の「火蔵宮子」の物語となります。

 他にも、作中で名前の出るキャラは大半が、別の書き手の、別の作品の主人公達。興味を持ったら、ぜひ、彼女たちの物語も、覗いてみてくださいな。


・今回登場したゲストキャラ


荒神こうじん世音ぜのん

 楠富つかさ様作、「深淵ニ舞フ昏キ乙女ノ狂詩曲 ~厨二少女だって百合したい!~」登場。「アルファポリス」にて完結。


・下村紀香

・黒犬静

 藤田大腸様作、「Get One Chance!!」登場。「小説家になろう」にて、本編完結。

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