(40)決戦は土曜日に持ち越し

「使徒様。大変お待たせして、誠に申し訳ございません。ご出発の準備が整いました」

 どうやら同行する騎士達の代表らしい白髪混じりの実直そうな男が、膝を折って恭しく報告してきた。それを受けて、悠真が重々しく告げる。


「ご苦労。それでは直ちに出発する。首尾良く私達を魔王の所在地に案内し、無事に魔王を倒せた暁には、その国王達は普通に話せるようになるだろう。お前達も同様にな」

「は? それはど……」

「…………!?」

「…………!!」

 最後に、騎士の後方に控えていた家臣達を悠真が睨み付けると、彼らは困惑した後に驚愕の表情になって口や喉を押さえながら狼狽し始めた。その様子を見ながら、悠真が薄笑いを浮かべて警告する。


「私達を厄介払いできたなどと考える不心得者からは、言葉を奪っておいた。また普通に喋りたかったら、我々が首尾良く魔王を倒せるまでこの地で日々精進し、ひれ伏して神に祈りを捧げておくのだな。そうすれば神も憐れんで、我々がここに戻る前に言葉を取り戻せるかもしれん」

「…………!」

「…………!!」

 悠真の台詞を聞いた家臣達は、瞬時に両膝を折って地面にひれ伏した。そんな彼らを一瞥した騎士達は、国王親子を一台の馬車に押し込み、もう一台の馬車を手で指し示しながら悠真達を促す。


「それでは使徒様、聖女様。こちらの馬車にお乗りください」

「分かった。世話になる。ああ、私達は神から遣わされた者達だから、食事や睡眠は不要だ。馬車から降りずに瞑想を続けているから、そのつもりでいるように」

「畏まりました。他の者達にも決してお邪魔はしないように、言いつけておきます」

「よろしく頼む。それでは乗ろうか」

「は~い。ほら天輝、乗って乗って」

「……お邪魔します」

 悠真と海晴に促されて天輝は馬車に乗り込み、二台の馬車と必要な物品を積んだ荷馬車、更に護衛役の騎士達二十人程の集団で、魔王の本拠地とされている場所に向かって出発した。それを多くの家臣達と、その他大勢の使用人や異変を聞きつけて城に集まって来た住人達が、蒼白な顔で見送ったのだった。



「動き出したな。奴らはこちらの時間で、ほぼ七日の旅程と言っていたよな?」

「ええ、時間は十分ね。それなら周囲の護衛さん達に私達がずっと馬車に乗っている暗示をかけて、さっさと戻りましょう」

「そうだな」

 馬車が走り出してすぐに悠真が確認を入れ、海晴が即座に頷き返す。それを受けて悠真が少しの間瞑目してから、事も無げに報告した。


「よし、済ませたぞ」

「それじゃあさすがにお父さんとお母さんが心配しているだろうし、一度帰るわね」

「ああ、頼む」

「じゃあ天輝、私の手を握って」

「あ、うん。お願い」

 言われた通り天輝が海晴の右手を握ると、海晴は左手で悠真と手を繋ぎ、無言で目を閉じた。そして天輝が周囲の空気や空間というものが歪んだように感じたと思った次の瞬間、三人一緒に自宅リビングに転移した。馬車の中で向かい合って座った状態からの移動であったことで、さすがに三人とも揃ってバランスを崩し、床に尻もちをついてしまう。


「おっと」

「うきゃあ!」

「いたた……、体勢までは考えなかったわね。失敗したわ」

 いきなり間の前に三人が現れたことで、リビングで三人の帰還を待ち構えていた賢人と真知子は、顔色を変えて子供達に詰め寄った。


「天輝、無事だったわね!?」

「うん、お母さん、心配かけちゃってごめんなさい」

「私が付いているんだから、大丈夫よ」

「お前達二人が向かったのなら大丈夫だとは思っていたが、戻るまで随分時間がかかったからな。お前達が転移してから二十分は経っている。向こうでは三時間以上経過した筈だが、向こうで何かあったのか?」

 真知子に続いて、賢人が掛け時計で時刻を確認しながら問いかける。それに悠真と海晴が平然と答えた。


「ああ。ただ受け身で対処するだけではなく、この際諸悪の根元を叩く事にした」

「私達、全面的に天輝の意見に賛同したから」

「賛同してくれたのは凄く嬉しいけど、私が思っている以上にとてつもなく話が大きくなっている気がして、仕方がないんだけど!?」

「……本当に何があった? 取り敢えず三人ともソファーに座って、分かるように説明してくれ」

 息子たちのやり取りを聞いて賢人は怪訝な顔になったものの、すぐに頭を切り替えて詳細を聞く事にした。

 それから悠真が経過を説明して今後の方針について述べると、一通り聞き終えた賢人は唸るように感想を述べた。


「なるほど……、それは確かに盲点だったな。これまで目先の対処に追われて、魔王そのものをどうこうしようとは考えた事はなかったぞ……」

「でも魔王をなんとかしようだなんて、召喚を防ぐよりも危険ではないの?」

 いかにも心配そうに真知子が告げたが、海晴が苦笑しながら応じる。


「まず相手の事を調べてみないと、本当に危険かどうかは分からないと思うのよ。魔王だって好きで存在したり、あの世界に影響を及ぼしているとは限らないしね」

「そうだよね!? 意外に好い人だったりするかもしれないし、あの王様達より話が通じるかもしれないもの!」

「天輝……、幾らなんでも、それは少々楽観的過ぎると思うが……」

「本当にそうだと良いわね……、天輝達のためにも……」

 嬉々として妹の意見に同調した天輝を見て、賢人と真知子はがっくりと肩を落とした。そんな両親に向かって、海晴が笑顔で宣言する。


「向こうとこちらの時間の流れ方の差を考えると、向こうで魔王の本拠地に馬車が到達するまで、こちらの時間で十四時間以上ある計算なのよね。だから今九時だからお風呂に入ってぐっすり眠って、早めに起きて朝ごはんを食べてから一通り対策を練って、軽くお昼を食べてから出かけても十分間に合うわ。明日、ちゃっちゃと魔王対策をしてくるから」

「今日が金曜で助かったな。土日でしっかり決着をつけるぞ」

「そうよね。フリーランスの私と違って、お兄ちゃんと天輝はれっきとした会社員だもの。天輝、明日は色々頑張ろうね!」

「うん……、そうね。週明けは爽やかに出勤したいかな……」

 やる気満々の悠真と海晴に押し切られる形で、天輝は強張った笑顔のまま頷き、着々と寝る支度を整えていくことになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る