(42)魔王本拠地到着

「聖女様、使徒様、お待たせいたしました。こちらから、歴代の魔王が降臨してきた城がご覧になれます」

 しばらく黙々と山腹を上ってから先導役の男に促され、天輝と海晴は崖の淵に立って向こうをしげしげと眺めた。

 奥行きが目測で1km、幅が200m程もある峡谷は周囲が切り立った崖であり、底が見通せない状況だった。そして天輝達が立っている側の対岸には崖面に無数の穴が開けられ、壁面を装飾したりバルコニーまで設えてある、石窟宮殿と言うべき代物を存在していた。それを目の当たりにした天輝と海晴が、半ば呆然と呟く。


「え? どこ……って、あれが? 本当に?」

「へぇえ? ある意味予想通りと言うか、ある意味予想外と言うか……」

 二人は無意識に感想を口にしただけだったが、悠真は彼女達の後ろでここまで同行してきた騎士達を振り返り、苛立たし気に問い質した。


「確かに通常では難攻不落に見えるが、わざわざあんな所に住み処を作る意味があるのか? 麓でもないのに、脅威など無いように見えるがな」

 それに同行の騎士たち以上に、この地の王族や騎士達が一斉に反論する。

「使徒様、滅相もございません!」

「今は無害に見えますが、夜な夜なあの城からはランプなどではありえない、不思議な光が煌々と輝いております!」

「さらに時折、不気味な呻き声がかなり離れたここまで伝わってきておりまして!」

「魔王の襲来と前後して周囲の集落では飢饉や疫病が発生しており、その災厄を回避する為に、毎回何人も魔王に生贄を捧げているのです」

「いっ、生贄!?」

「一気に物騒な話になってきたわね……」

 背後での論争が耳に入った天輝と海晴は、渋面になりながら振り返った。それには構わず、悠真が話を続ける。


「しかし見たところ、あの宮殿らしき場所までの経路が無いようだが、生贄にされた者達は、どうやってあそこまでたどり着くんだ? こちら側からは見えない裏側に、あそこへの道があるのか。それとも魔王とやらが迎えに来るのか?」

「いえ、あの裏側はこちらよりも更に険しい岩山になっておりまして、あそこに通じる道はございません。こちらの坂道を少し下りますと、崖に沿って細い道がございます」

「道?」

 悠真の疑問に、案内役の男が崖の斜め下を指し示しながら答える。その手が示す方向に目を向けた悠真は、そこから10メートル程離れた所から徐々に下る、崖沿いの細い坂道が存在しているのを認め、盛大に顔を引き攣らせた。


「おい……。まさか、あれの事ではないだろうな?」

「はい。あれでございます」

 大真面目に案内役が答えたのを見て天輝は戦慄し、海晴が渋面になる。


「ちょっと! 崖に沿ってあそこを歩いて、あの奥の宮殿っぽいところまで行くの!? どう考えても無理でしょうが!?」

「運が良ければ到達できるかもしれないけど、普通は途中で落ちるわよね……。ここから谷底に落ちたら、死体も見つからないんじゃない?」

「生贄の他にも、この地に災いをなす魔王を退治しようと、この何百年もの間に何人もの勇者がこの道を辿って行きましたが、生還した者は皆無です」

 ここでどこからか補足説明が入り、二人の気が更に重くなる。


「あんな甲冑とか着けてたら小回りが利かないし幅は取るし重いし、重装備の騎士とかなら余計に無理よね」

「おおかた、上に睨まれた騎士が無理強いされたってところじゃない? 平和を守るために自らの身を捧げたとか、体のよい強制的な自殺じゃないのよ」

「やだ、怖い! 今後の犠牲者を根絶するためにも、この状況を打破しないと!」

「本当よね……。絶対、自分達の失政を誤魔化したり、邪魔な人間を排除する口実に魔王の名前を利用していたわよ」

 そこで姉妹二人で声を潜め、これからの方針を再確認する。


「とにかく、魔王がいてもいなくても、あの石窟宮殿は破壊の方向で良くない? 古代文明の遺跡とかだったら、保護しないとまずいかな?」

「元々地元の人間が『魔王の居城』とか言ってるのよ? 保護なんかしなくて良いわよ。この際、徹底的にやっちゃいましょう」

「そうだよね! 本当に魔王が居たら取り敢えず地元の人達を困らせないように説得してみて、駄目だったら移動をお願いして宮殿は破壊しよう!」

「……この状況下で『魔王を説得』とか『移動をお願い』と本気で言える天輝って、やっぱり凄いと思うわ」

 天輝が力強く宣言すると、海晴は半ば遠い目をしながら感想を述べる。その口調に、天輝は盛大に嚙みついた。


「なんだか馬鹿にされた気がするんだけど!?」

「いやいや褒めてるから、本心から」

「でも絶対呆れてるよね!?」

「大丈夫、天輝。私達は生まれた時から、じゃなくて、生まれる前から一緒だから」

「意味が分からないから!」

「二人とも、何を騒いでいるんだ? まだ日没までかなり時間があるし、取り敢えず敵情視察をしよう。そして倒せるようだったら一気に今日中にかたをつけるし、対策を練る必要があるなら一度ここに戻るから」

 そんな提案をされた天輝達は、怪訝な顔で振り返った。


「えぇ? 敵情視察も何も、この状況で?」

「あんな崖沿いの狭い道、ちまちま歩いていくのは危険だしやってられないわ」

「こんな危険極まりない所、馬鹿正直に誰が歩くか。お前、自分の能力を忘れてないか? 物を浮かせられるのなら、当然自分も浮かせられるよな?」

 姉妹揃ってうんざりした様子で反論したものの、悠真に呆れ気味に指摘された海晴は嬉々として頷いた。


「あ! そうだった! 浮かせられる! 飛んで移動した事もあるから!」

「よし、海晴に任せた。あそこまで俺達全員を最短コースで運べ」

「了解しました!」

 二人の間であっさり話がまとまったもの、とても聞き捨てならない内容に、天輝は思わず声を荒げた。


「ちょっと待って、海晴! 本当に、この崖の上を飛んでいくの!?」

「私だけだったら飛んでいけるけどね。二人を連れていくなら、安全策を取って浮いていくから大丈夫! 任せて!」

「全然安心できない!!」

「そうと決まれば善は急げ! 行くよ!?」

「いっ、嫌あぁ~! 引っ張らないでぇ~!」

 自分の右手をしっかり握り、崖に向かってぐいぐい引っ張る妹に、天輝は動揺して悲鳴を上げた。それを横目に見ながら、悠真が後方に固まっている随行者達に向かって、重々しい口調で語りかける。


「皆、ここまで道案内ご苦労だった。私達はまず魔王の本拠地を探ってくる。その探査の結果、即座に魔王を消滅させられそうなら、実行に移すつもりだ。お前達はここで私達の首尾を見守るも良し、一度麓に戻って朗報を待つも良し、好きにしたまえ」

 その宣言に、周囲に忽ち歓喜の叫びがこだまする。


「うぉおぉぅ――っ! これで魔王が消滅するぞ!」

「ありがとうございます! 聖女様、使徒様!」

「お三方を遣わしてくださった神に、感謝の祈りを捧げます!!」

「麓に戻るなど、とんでもございません! 皆様のご活躍をこちらでお祈りしつつ、魔王消滅の瞬間をこの目に焼き付けたいと存じます!」

「そうか。好きにしろ。それでは行くぞ」

 そう端的に告げて、悠真は踵を返した。そして崖の淵に向かって足を進めながら、海晴に手を伸ばす。


「海晴、行けるか?」

「お任せ。念のために、手を繋いでね」

「ああ」

「いっやぁあぁ~!」

 涼しい顔をしている悠真とは対照的に、動揺著しい天輝を引きずるようにして、海晴は両手で繋いだ兄姉と共に、何もない空中に向かって足を踏み出した。


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