(41)様々な思惑

「さて、お昼ご飯もしっかり食べたし、午前中に準備も完璧にすませたし、絶好の異世界探索日和ね!」

 早めの昼食を済ませた天輝、海晴、悠真の三人は、一度各自の部屋に戻って支度を済ませてリビングに集合した。動きやすい上下を身に着けた海晴が、床の上に敷いたレジャーシートの上で、上機嫌でスニーカーを履く。そんな妹に、天輝自身もスニーカーを履きながら愚痴をこぼした。


「ピクニックやハイキングに行くような台詞を口にしないでよ……。ところで、その背負っているディバッグに何を入れているの?」

「何って……、特殊警棒にスタンガンに、置換撃退スプレーにメリケンサックに手錠にロープ。あとは」

「もういい! 分かった! なるべくそういう物は使わずに、穏便に済まそうね!?」

「それは向こうの出方次第だな」

 最初から攻撃前提らしい海晴に、天輝は思わず声を荒らげた。しかしそれに淡々とした悠真の声が続き、天輝が勢いよく振り返りながら彼を叱りつける。


「お兄ちゃんも! 物理攻撃は、対話と交渉の後だからね!」

「それくらいは弁えている」

「そうよ。私達、現代の文明人だもの」

「当事者の私の意見が一番通らないって、どういうことかな……」

 平然とした口ぶりながらも、やる気満々の二人を見て、天輝はがっくりと肩を落とした。しかし海晴はレジャーシートの上で立ち上がり、どんどん話を進める。


「じゃあそろそろ、向こうに行こうか。ちょっとあの間抜け国王親子の居所を探ってみるから、ちょっと待ってて」

「ああ、頼む」

 そのまま目を閉じて意識を集中した海晴は、ほどなく目標に設定していた者達の存在を察知した。


「ああ、居場所が判明。指示した通り、私達が乗っていると暗示をかけた馬車の、前方の馬車に乗っているわね。じゃあ空の馬車の方に転移するけど、大丈夫?」

「ああ」

「大丈夫よ」

「じゃあ、二人とも手を繋いで。天輝は私の隣、お兄ちゃんは私と向き合う形で。それから体勢がちょっときついけど、中腰になってね。そうしないと馬車の天井に頭をぶつけるか、最悪頭に天井の板が刺さるから」

 海晴からサクサクと出された指示を聞いて、悠真と天輝が微妙に顔を引き攣らせる。


「……なかなかスリリングだな」

「ちょっと間抜けな体勢だし、長くしているときついんだけど……」

「大丈夫。すぐ済むから。それじゃあお父さんお母さん、行ってきます」

 この間、子供達の様子を少し離れた場所から見守っていた賢人と和枝は、ここで不安を隠せないながらも頷きながら応じる。


「くれぐれも無理はするなよ?」

「3人とも気を付けてね?」

「分かってるから」

「行ってきます」

 そして二人に挨拶を返した次の瞬間三人の周囲が変化し、馬車と思われる車内の座席に、軽い衝撃と共に落ち着いた。


「うおっ……と、到着したか」

「良かった。軽くバランスを崩しただけで済んだわね」

「今はどこら辺で、あとどれくらいで目的地に着くのかな?」

「思ったより馬車って揺れるな。あまり長く揺られたくはないが……」

 三人が窓から見える景色を眺めながらそんな会話を交わしている間に、徐々に馬車は速度を落として停車した。そして三人が休憩かと思っていると、外から彼女達に呼び掛ける声が聞こえてくる。


「聖女様、使徒様。誠に恐縮ですが、ここから先は馬車を使えません。少しの間ではございますが、徒歩での移動をお願い致します」

 それを聞いて三人は顔を見合わせ、次いで悠真が馬車の戸を開けながら、神妙に外に控えていた騎士に上から目線で語りかける。


「それ位なら構わない。まさか山を切り開けなどと、無茶な要求をするつもりはないからな」

「恐れ入ります」

「しかし……、当初の予想より、早く到着したな。近道でもしたのか?」

「いえ、使徒様達にできるだけ不自由をおかけしないよう、可能な限り旅程を急がせましたので」

「そうだったのか。別に瞑想していた私達には、不自由を感じることも無かったが、その殊勝な心がけは私達を遣わした神も褒め称えるに違いない。お前達には後日、加護が与えられるであろう」

「ははぁっ! 身に余る光栄! 誠に勿体ないお言葉でございます!」

 目の前で膝を折って頭を下げながら、感極まった声を上げている騎士に対して、悠真は茶番を続けていた。馬車から降り立ちながらそんな兄を呆れ気味の目で見ていた海晴だったが、少し離れた場所を見て、天輝の袖を引っ張りながら囁く。


「ねぇ、天輝。ちょっとあれ見てよ」

「え? ああ、国王さん達だよね。でも、随分ヨレヨレと言うか……」

「きっとあの騎士さん達が、自分達の保身の為に、可能な限り馬車を飛ばしてきたんじゃない? 仮にも自分達の主君に対する配慮とか忠誠心とか吹っ飛ばして」

「……なるほど。まあ、自業自得というか、因果応報というか。あまり同情できないかな?」

 馬車から降りるなり、真っ青な顔で地面にへたり込んでいる男二人の様子を眺めたが、そもそも自分を召喚した諸悪の根源である

二人であり、天輝は全面的に擁護する気分にはなれなかった。


「ところで、お前達の出発した時より随分同行者が増えていないか? 補給部隊でも同行したのか?」

 悠真のその台詞を耳にして、天輝と海晴は彼の視線の先に目を向けた。そして確かに出発時より増えている馬車や騎馬で移動してきた者達を見て、首を傾げる。その彼らの疑問に、目の前の騎士が説明を続けた。


「いいえ。我が国を出立してこのザクセルンに入るまでに、2つ国を通過する必要があります」

「ああ、そのような事を言っていたな」

「それで入国して通過する間、各地で『我らが召喚した聖女様を、顕現した魔王の所にお連れして、消滅させていただくために旅をしている。便宜を図って貰いたい』と伝えたところ、皆様大変感動してくださり、各種の便宜を図っていただきました。それで魔王消滅の場面に立ち会わせて欲しいと、各地の国王や領主から派遣された使者が、同行しております」

「なるほど。それで道を進むに従って、同行者が増えたわけか。了解した。魔王はこの世界全体の脅威だ。この目できちんと確認したいとの気持ちは良く分かる。それでは魔王消滅の目撃者になりたい者は、遠慮せずについて来い」

 悠真が笑顔で頷くと、少し離れた場所から二人のやり取りに聞き耳を立てていたらしい集団は、歓喜の叫びを上げた。


「やった! これで魔王の脅威から解放されるぞ!」

「聖女様、万歳!」

「使徒様、ありがとうございます!」

「魔王退治の一部始終を、この目に焼き付けるぞ!」

 その喧騒の中、天輝が慌てて海晴に囁く。


「海晴! 魔王を退治するのが前提になってるけど!? まずどんな存在なのか、確認するのが先だよね!?」

「勿論そうだけど、こんな空気の中でうっかり『魔王と共存の道を探しましょう』なんて言ったら、盛大に反発されるわよ? 最悪『貴様らも魔王の仲間か!?』とか非難されて、袋叩きになりかねないわ」

「理不尽すぎるけど……、分かった。取り敢えず魔王がいると言われている所までは、退治するふりをしていく必要があるわね」

「そういうこと」

 そこで二人は顔を見合わせて頷き合い、これからについて騎士達と確認している悠真に近づきながら声をかけた。


「さあ、魔王の本拠地に向かって出発しましょう!」

「せっかく日が高いし、できるなら暗くなる前に場所だけでも確認したいわ」

「退治するにしても魔王に抵抗されるだろうから、策を練らないとね」

「それもそうだな。分かる者、道案内を頼む」

「はっ、はいっ! 聖女様、使徒様、光栄でございます! ここからは険しい山道になりますので、少しご辛抱ください」

 地元民らしいみすぼらしい服装の男が弾かれたように応じ、満面の笑みで細い坂道を進み始める。それに対して不平不満など口にせず、天輝達はしばらくの間無言で足を進めた。







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