(36)形勢逆転
「ほう? それはなかなか殊勝な心がけだ。それではお前達を、元通りにしてやろう。その代わりにちゃんと見えて聞こえるようになったら、この広間にいるお前達以外の人間を全員、一人残らず逃がさずに拘束しろ」
「はいっ! かしこまりました!!」
「え?」
「お前達、何を言っている」
不敵に笑いながら上から目線で命じた悠真だったが、兵士達は各自ばらばらな方向を向きながら、即座に応じた。その流れに周囲の着飾った者達が呆気に取られていると、兵士達の中でもその場の責任者らしい年嵩の男が、何回か瞬きをしてから声を張り上げる。
「よし! 戻ったぞ! 全員、かかれ!」
「おうっ!!」
彼の指示は端的であったが、その場の兵士達は無駄な会話や動作を一切せず、周囲の支配者層の人物達に突進した。そして互いに目線で分担を決めながら、持たされている縄を使って手早く相手を拘束し始める。
「お前達、何をする!?」
「こんなことをして、ただで済むと思っているのか!?」
「貴様らより、使徒様の機嫌を損ねる方が怖いに決まってるだろ!!」
「何であんたらの不手際で、俺達があんな恐ろしい目に合わなくちゃいけないんだ!?」
「冗談じゃないぞ!!」
喚き立てて抵抗する男達と、それでも手早く彼らの手を縛り上げている兵士達を眺めながら、海晴と悠真は皮肉げに囁き合った。
「あらあら、壮絶な仲間割れね」
「少しは主君に忠誠を誓う人間がいるかと思ったが、大して人望は無かったようだな。こちらとしては好都合だが」
そこで海晴は、思い出したように天輝に向き直る。
「そういえば天輝。ここには召喚陣みたいな物が見当たらないけど、他の場所に召喚されたの?」
「そうよ。それからこっちの広間に、聖女のお披露目だって連れて来られたから」
「そうか……、それならそこを潰さないとな」
「いっそのこと、この城ごと潰さない?」
思わず呟いた台詞に予想外の提案が返ってきたことで、悠真は少し驚いた顔になりながら海晴に視線を向ける。
「……お前にできるのか?」
「できるんじゃない?」
「それなら任せる」
「任されたわ」
そこで二人は口を閉ざし、不気味な笑みを浮かべ合った。しかしどう見ても穏便に済むとは思えない雰囲気を醸し出している彼らを見て、天輝が悲鳴じみた声を上げる。
「ちょっと待って! ここがどれくらいの規模のお城か分からないけどどうみても国の中枢っぽいし、普通に考えたら中にはそれなりに人がいるよね!? それを崩したりしたら、怪我人がたくさん出るわよ! そんな無茶な事は止めて!!」
その懇願に、海晴は真逆の意味で胸を張る。
「大丈夫、任せて。一人の怪我人も死者も出さずに、綺麗さっぱり潰してみせるから」
「そんなことができるの!?」
「まあ、やりようによってはね。お兄ちゃんに協力して貰うけど。あの兵士達の様子を見たらできそうだし」
「……ああ、何となく分かった」
「全然分からないけど!?」
意味深に微笑む二人の間で天輝は益々狼狽したが、そこで兵士の一人が三人の前に駆け寄り、膝を折って恭しく報告してきた。
「使徒様、お待たせいたしました! ご指示通り、広間内の全員を縛り上げて拘束致しました!」
「ご苦労。仕事が早くてなによりだ」
「はっ! 勿体ない御言葉でございます!」
いかにも満足げに応じる悠真を横目で見ながら、天輝は海晴に囁く。
「ええと……、これからどうするの? 本当にこのお城を崩すの?」
「取り敢えず二度と天輝が召喚されないように、ここの召喚陣の破壊は必須だもの。それと、天輝を召喚した馬鹿どもへのお仕置きをしないとね。向こうに帰るのはそれからよ」
「あまり酷いことにならないと良いんだけど……」
断言した海晴に反論する言葉がなかった天輝は、思わず遠い目をしながら呟く。すると悠真が振り返りながら、海晴に確認を入れてきた。
「海晴、具体的にはどうすれば良い?」
「城内にいる全員に対して、この城を上層部から崩すから、完全に崩れ落ちる前に貴重品を持ち出して城外に避難するように伝えて。私も鬼じゃないわ」
「なるほど。お優しいことだな……」
落ち着き払った海晴が肩を竦めながら告げた内容を聞いて、悠真は皮肉げに笑ってから両目を閉じ、意識を集中させながら大声を張り上げる。
「この城内の全員!! 警告は一度きりだ、良く聞け!! この国の指導者どもは、神の使徒の怒りに触れた!! よって、今からこの城を上層部から順に崩す!! 命が惜しい者は貴重品を持って直ちに場外に避難しろ!! 慈悲をかけて警告したにも関わらず、逃げずに残った愚か者には、それに相応しい制裁をくれてやるからな!!」
一気にそう宣言してから、悠真は海晴に確認を入れた。
「こんな感じで良いか?」
「ばっちり。耳からも聞こえたけど、ガンガン脳内に響く感じだったわね。今の通告に内包された怒りに気がつかない馬鹿なんて、生きている価値がないわ。城と一緒に潰して構わないわよ」
「ちょっと海晴! そんな物騒なことを軽々しく言わないで!」
満足げに頷く海晴と顔色を変えた天輝の間で論争が勃発しかけたが、拘束された男達が先程の宣言を聞いて憤慨したらしく、悠真達を罵ってくる。
「ふざけるな! この悪魔どもが!」
「そうだ! この城を潰せる筈などないだろうが!?」
「口からでまかせも大概にしろ!?」
それを聞いた悠真は、思わず苦笑いした。
「おい、悪魔とか大法螺吹き呼ばわりされているぞ?」
「まだ現状把握ができないなんて、残念過ぎる連中ね……。あなた達、そこの馬鹿どもを縛り上げたままで良いから、この建物から引きずり出して外に避難ししなさい」
今度は海晴が指示を出したが、兵士達は即座にそれに従って手を縛られた者達を引きずるようにして歩きだす。
「はい! 直ちに避難いたします!」
「おい! 立て!」
「さっさと歩け!」
「貴様ら! 私達をなんだと思っている!」
「後で後悔させてやるぞ!」
そして広間から人がいなくなってから、天輝達は行列の最後尾に付いて廊下を歩き始めた。
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