(37)予想外の展開
「失敗したわね。いつもは準備万端整えてからこっちに来るんだけど、今日は慌てていたから靴を持参するのを忘れたわ」
「靴?」
ほとんど人の気配がない廊下を歩きながら、海晴が足下を見て忌々しげに呟く。反射的に天輝も自分の足に視線を落とし、この間の目まぐるしい展開で、すっかり失念していた事実に気がついた。
「ああ、そうね。でもソックスを履いているから素足ではないし、大したことではないわよ。それより海晴、本当にはったりとかじゃないの? この城が崩れている音とか悲鳴とか、全然聞こえてこないけど……」
「それはここが城の下層、かつ中心部に近い方だからじゃない? 外に近づくにつれて、嫌でも分かると思うわ」
「あまり分かりたくない……」
海晴が平然と解説した内容を聞いて、天輝ががっくりと項垂れた。そこで広間を出てから無言で歩いていた悠真が、周囲を見回しながら独り言のように呟く。
「上層階とは違って、この辺りはまだ平穏そのものだな」
それに海晴が自然に応じる。
「そうすると、お兄ちゃんには大体の状況は分かっているのね?」
「ああ。しかしお前も容赦ないな。あれだとどんな馬鹿でも単なる老朽化による崩壊ではなく、尋常ならざる力が働いていると嫌でも理解できる。上層階の人間は、全員もれなくパニックを起こしているぞ。何人か階段を転げ落ちているみたいだしな。それで混乱に拍車がかかっているようだ」
「良い傾向ね」
「あの……、本当に意味が分からないんだけど……」
含み笑いをしている二人に、天輝はひたすら困惑しながら足を進めた。彼らの先頭集団であるこの国のお偉方達は、拘束されてからずっと兵士達に対して悪態を吐いていた。しかし天輝達が列をなして歩いているうちに、それとは比較にならない程の喧騒に包まれる。
「ひぃいぃーっ!」
「助けてぇぇーっ!」
「この世の終わりだ!」
「魔王が攻めてきたぞ!」
後方のあちこちから血相を変えた者達が駆け寄り、口々に恐怖の叫びを上げながら天輝達を突き飛ばす勢いで追い抜いて行った。時が経つ毎にあちこちから合流して人数が増え、外へ向かう通路が混雑してくる。
非常事態でパニックを起こしているせいか、国王以下この国の上層部の面々が拘束されている事に気がつかない、または気がついても構っている余裕はないらしい人々は、助けを求める国王達には目もくれずにまっすぐ出口を目指していた。
「……海晴、お兄ちゃん。やっている事が、魔王の仕業になっているみたいだけど?」
濡れ衣にも程がある事態に天輝は頭痛を覚えたが、当事者の海晴と悠真は鼻で笑っただけだった。
「あら、失礼しちゃうわね。こんなうら若き乙女の仕業なのに。もう少しまともに状況判断しなさいよ」
「神の使徒だと、全員の脳内に響かせてやったのにな。この国の人間は、上から下まで阿呆揃いらしい」
「どうやら本格的に、手加減無用らしいわね」
「そういうことだな」
「二人とも! お願いだから、できるだけ騒ぎを大きくしないでね!?」
どう考えても穏便に済みそうもない気配を察知した天輝は、歩きながら悲鳴混じりに訴えた。
そうこうしているうちに一行は長い廊下を抜け、広いホールから外へ出た。石畳を歩き出した彼らは階段を下り、広い前庭を正面に見える大きな門に向かって進む。
「さっさと逃げろ!」
「急げ! 持ち出す貴重品は最小限で良い!」
相変わらず彼らの後方からは、混乱を極めた様子の使用人や役人達が城内から駆け出して来ており、かなりの広さがある前庭の塀際がごった返していた。そこで天輝が何気なく背後を振り返り、視線を上に向けて固まる。
「…………え? ちょっと、あれ、何?」
外側から見たのはその時が初めてだったが、天輝には今まで中にいた建物が、いわゆる城と言える物だと断定できた。確かに尖塔や壁が崩れて瓦礫と化していたものの、それは殆ど本来の位置に留まっている為に、原形が把握できたからだった。しかし異常な状態である事は間違いなく、天輝は呆気に取られる。そんな彼女に、海晴と悠真が事も無げに告げた。
「言ったでしょう? 上層階から壊すって。ただし、崩した物を下に落とさずに、そのままの位置で瓦礫をキープしているだけよ」
「崩落しなければ、そこに人がいても瓦礫の下敷きになることはないしな。しかも避難路の階段が、連鎖的に崩れ落ちる事はないから、異常に気がついてから避難する時間は十分にある。そこまで気を遣ってやったのに、その間に逃げないで巻き込まれる馬鹿は自業自得だな」
「その通り。完全に自己責任よね」
「…………お城で働いている人って、やっぱり結構いるのね」
そこで容赦のない内容を口にして頷き合う二人から天輝は視線を逸らし、顔に恐怖の色を浮かべながら自分達を遠巻きにしている者達を眺めながら、現実逃避に走った。
そのうちに城内から駆け出してくる人数が少なくなり、ついに全く避難して来なくなる。周囲の低層の使用人棟や厩舎などの作業用の建物と思われる物を除いた、城の本体の破壊も徐々に進み、呆気なく終焉を迎えることとなった。
「さて、土台を抜かしてほとんど全部壊し終えたし、そろそろ茶番を終わらせますか。お兄ちゃん。これを全部落とすから、この場全員に警告をお願い」
「分かった。……確かに城内に人の気配は皆無だしな」
海晴の要請に、悠真は一瞬城に視線と意識を向けてから、背後に集まっている群衆に向けて声を上げた。
「良く聞け、愚民ども! 我々が神の怒りに触れたこの国の城を破壊したのは、その腐りきって濁った目でもきちんと見えているな!? 今から城の残骸を全て地面に落とすから、その衝撃と周囲への崩落に備えろ! 分かったな!? 警告はしたぞ!」
悠真がそう叫ぶと同時に、天輝達の脳内にも先程と同様にその意思が伝わった。それは群衆も同様だったらしく、狼狽しながら更に塀際に向かって駆け出す。
「なんだって!?」
「すぐにもっと離れろ!」
「お前達、危ないぞ! 逃げろ!」
「それじゃあ、いっきまーす! そぅーれっ!!」
慌てふためく群衆を後目に、海晴は城に向き直って掛け声と共に盛大に右手を振り下ろした。それと同時にこれまで辛うじて原形を留めていた瓦礫が、一斉に崩落してくる。当然それはかなりの衝撃と轟音を生じさると同時に、大量の土埃を周囲に撒き散らした。
「げほっ! うはっ! ちょっと! 凄い土埃なんだけど!?」
「おい! 少しは後先を考えろ!」
「ごめんごめん、これで良いかな」
一番城に近い距離にいた天輝達は瓦礫の直撃は受けなかったものの、風圧とそれで運ばれてきた土埃に襲われた。天輝が悲鳴を上げると同時に海晴が慌てて自分達の周囲に空気の流れを作り、土埃をそれに乗せて自分達の半径2メートルの範囲から回避させる。
「はぁ、落ち着いた……。息ができる」
「しかし巻き上がった土埃で、周囲が全然見えないな。かなり騒いでいるは分かるが、全員逃げてしまうんじゃないか?」
「逃げたら逃げたで良いんじゃない? 確実に城ごと召喚陣を破壊した筈だし。これでここに、天輝が召喚される危険性は無くなったわよね?」
「そうだな。じゃあ長居は無用だし、さっさと帰るか」
「そうしましょうか」
海晴と悠真の間であっさり話が纏まりかけたが、ここで天輝が控え目に口を挟んできた。
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