(34)緊急事態勃発
金曜日の夜。海晴が戻ったことで、この日も賢人と悠真が早く帰宅し、五人で夕食を食べ進めた。
一見何事もなく食事中和やかな雰囲気ではあったが、終始天輝の笑顔がぎこちなく、口数も少なかった。
「ごちそうさまでした。じゃあ、部屋に行ってるから」
真っ先に食べ終えた天輝が席を立つと、和枝が少し驚いたように引き留める。
「天輝、お茶でも飲まない?」
「えっと、ちょっと早めに見ておきたい資料があるから。喉が乾いたら、後から自分で淹れるから大丈夫」
「そう? 分かったわ」
それ以上和枝が余計な事を言わなかったのを幸い、
天輝は逃げるように自室に向かった。そして部屋に入るなり、深い溜め息を吐く。
「はぁ……、露骨にお兄ちゃんを避けるような態度を取ったらまずいと分かってはいるんだけど、一体どうしたら良いのよ……。これまでと同様、自然に接するなんて絶対に無理! 言えって言ったのは私だけど、恨むわよ海晴……」
独り言を口にしながらベッドに進んだ天輝は、その縁に腰かけてがっくりと項垂れた。
「ただでさえ、異世界なんかに召喚されている最中だって言うのに……。でも今のところ、お父さんから何も渡されていないから、当面心配はいらない時期だったのは不幸中の幸いかしら? あまり慰めにはならないけど」
天輝がそんな愚痴をこぼしていると、視線を落としている床が異常に輝き出したのを見て、激しく動揺する。
「……え? 嘘!? ちょっと待って!! どうして私、召喚されてるのよ!? まだ大丈夫じゃなかったの!?」
慌てて家族がいる一階に向かおうとした天輝だったが、時既に遅く、彼女の全身が周囲の床から発生した眩しい光に包まれた。
「きゃあぁぁーーっ!! 海晴!! 助けてぇえぇぇーーっ!!」
天輝は声を限りに助けを求めて叫んだが、光に包まれた時点で周囲の空間と遮断されていたのか、彼女の声が部屋の外に漏れることはなかった。
「確かに、今まで通り接しろと言うのは酷だけど、天輝が挙動不審過ぎるものね……。どうしたものかしら?」
天輝に続いて席を立った海晴は、つい先程までの微妙な夕食時の空気を思い返しながら階段を上がっていった。そしてまっすぐ天輝の部屋に向かう。
「天輝、ちょっと入るわよ?」
ノックと共に声をかけながらドアを開けた海晴だったが、無人の室内を見て拍子抜けした。
「あれ? 部屋かと思ったんだけど、トイレ? 入れ違ったのかな?」
一度自分の部屋に戻ってから出直そうかと一瞬考えた海晴だったが、真顔で考え込む。
「……なんだか、嫌な予感がする」
そこで海晴はまず二階のトイレが無人なのを確認してから全室を捜索し、更に一階の風呂場やトイレ、納戸やウォークインクローゼットの中まで駆け足で確認してから、両親と悠真が食事中のダイニングに飛び込んだ。
「皆、大変!! 家の中のどこにも天輝がいない!! ひょっとしたら異世界に召喚されたかも!?」
「なんだと!? それは本当か!?」
途端に悠真が血相を変えて立ち上がったが、和枝が動揺しながらも海晴に声をかける。
「落ち着いて、海晴。コンビニとかに何か買い物に行ったとかじゃないの? それならわざわざ断りを入れていく必要はないし」
「確認したけどお財布も鍵も、普段履きの靴も残ってるの!!」
「でもあなたの《先見知覚》の能力では、そんな事は予知していなかったのよね?」
和枝が尋ねる相手を賢人に変えると、賢人は難しい顔になりながら答える。
「それはそうだが、元々漠然としたビジョンが視えるだけだし、完全に予測できるとは限らないからな……」
そこで痺れを切らしたように悠真が叫んだ。
「海晴!! ガタガタ言ってないで、さっさと天輝を連れ戻してこい! お前はへっちゃらで異世界を行き来できるんだろうが!」
しかし海晴は、彼以上の剣幕で怒鳴り返す。
「はぁ!? 天輝がいる場所が分からなければ、無理に決まってんでしょ!?」
「何だそれは!? お前一番最初に異世界に転移したとき、天輝の所に戻ってきたって言ったよな!?」
「無意識に、天輝が寝ている部屋を連想したからよ! それからは戻る時は自分の部屋やマンション、行く時は一度行ったことのある異世界の場所を連想して転移していたし!!」
「なんだと!? とんだノーコンだな!!」
「はっ! ヘタレストーカー野郎にだけは言われたくないわね!!」
「二人とも、こんな時に喧嘩は止めろ!!」
「…………」
悠真と海晴の罵倒を賢人が制止すると、和枝が控え目に海晴に問いかけた。
「あの……、海晴? 要するに、異世界のどこに天輝がいるのかが分かれば、天輝の所に跳べるのよね?」
「多分、そうだと思うけど……」
若干不安そうに海晴が答えると、和枝が悠真に顔を向ける。
「因みに悠真。あなたの《探査察知》の能力だと、今現在異世界にいる天輝の存在が察知できているの?」
「…………そうだな。どこに、とかの説明はできないが」
一瞬目を閉じて考え込んでから、悠真は真顔で答える。それを聞いた和枝は、落ち着き払って告げた。
「それなら悠真の《探査察知》《意識操作》の能力で異世界の天輝の居場所を海晴に伝えて、海晴の《異界転移》能力で天輝の所に行けば良いんじゃない? 私や真知子が召喚された時は、庸介さんが《探査察知》と《異界転移》の異能保持者だったから一人で転移できていたけど」
「そうするしかないか。海晴、天輝がいなくなってから十分位は経過しているか?」
妻の意見に賢人が同意しながら、海晴に確認を入れる。それに即座に海晴が答えた。
「天輝と前後して私も席を立って天輝の部屋に行ったから、騒いだ時間も含めると多分十分弱ね」
「そうなると向こうでは確実に一時間以上経過している筈だし、ぐずぐすしている暇はないぞ。ただ急な事だし、武器になるような物が調達できないが」
しかしそんな賢人の懸念を、海晴は満面の笑みで打ち消す。
「そこら辺は任せて! 私には《異界転移》の他に《観念動力》の能力もあるから! これまで数々のトラブルで、その異能の使い方は完全にマスターしているわ! それにこっちのストーカーの《意識操作》能力は、使い方によっては強力な攻撃手段になるもの! それ位、分かっているわよね!?」
「ストーカーは余計だ!! 言われなくても分かっているし、全面的に任せろ!! ろくでなしどもを全く傷つけずに、恐怖のどん底に突き落としてやる!!」
「それは頼もしいがな……
」
「二人とも、ほどほどにね……」
悠真と海晴の不敵過ぎる物騒な笑みに、賢人と和枝はかなりの不安を覚えたが、ここは二人に任せるしかないと腹を括った。
「海晴、ちゃんと天輝の場所に転移させろよ!?」
「それなら雑念なんか取っ払って、ちゃんと集中しなさいよね!!」
二人は同時に手を伸ばし、互いの手を握り合った。そして言い合いをしながらもそれぞれの異能を発揮し、周囲に眩い光を撒き散らしながらその姿を賢人と和枝の前から消したのだった。
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