(18)二度ある事は三度ある

「一応お伺いしますが、ここはどこで、あなたはどなたでしょう?」

 その問いに、男は尊大な態度で天輝を見下ろしながら答える。


「神聖チェーダー王国王都のアンドラで、私はここを統べる王のデュラングェス・レーディンガー・サグウド・エレジン・ルメントーレ・バクアレンドだ」

「……無駄に長いわね。覚える以前に、口にしようとする気も失せるわ」

 早くもまともに会話する気が失せかけた天輝だったが、何とか自分自身に言い聞かせながら話を続けた。


「そうなると国王様自ら、私を召喚したわけですか。それはそれは、どうもご苦労様です。この国では聖女の召喚を、神官とか祭司任せにはしないわけですか?」

「他国はともかく、我が国は霊力カーズの強さが全てに優先するのでな。国中の誰よりも強大な霊力カーズ保持者ではないと、王にはなれん。当然の事だ」

「はぁ、なるほど。それでこの国で召喚に用いているのは、ここに敷いている絨毯ですね?」

「ああ。この召喚陣は、我が国で歴代有数と言われる霊力カーズ保持者十数人が、己の力を注ぎ込みつつ十年以上の歳月をかけて織り上げた、我が国の至宝だ。この気品と霊力溢れるさまを他国の者が目にした瞬間、一人残らず感嘆の溜め息を吐いているぞ」

 そう言って誇らしげに胸を張った王を、天輝は白い目で見やる。


「それは大したものですね……。だけど所詮、人権無視が甚だしい、人さらいの道具に過ぎないもの。国宝だろうがなんだろうが、徹底排除させて貰うわ」

 平坦な声で褒め言葉を口にしてから、天輝は低い声で不穏な内容を呟く。それを耳にした王が、怪訝な顔で尋ねてきた。


「見た目通りの、変な女だな。さっきから何をぶつぶつ言っている?」

「いえ、大した事ではないのですが……。他の人がこの絨毯内に入ってこないのは、国王以外に足を踏み入れてはいけない約束事でもあるんですか?」

 自分達を遠巻きにしている男達を指差しながら天輝が確認を入れると、彼は当然のごとく頷く。


「そうだ。あやつらは、この中には入ってこれない。それがどうした?」

「こちらには好都合と思っただけです。さてと、さっさと始めましょうか」

「は? 何を始めるつもりだ。それは何だ?」

 天輝は横で当惑する男を無視しながら持っていた鞄を絨毯の上に置き、中からプラスチックボトルとチャッカマンを取り出した。見慣れない物を認めた男が怪訝な顔で眺める中、

天輝は素早くボトルのキャップを取り、紋様の中心部、直径50cm程度の範囲内に中身をぶちまける。

目の前でそんな暴挙に及ばれた王は、当然天輝を怒鳴りつけた。


「貴様、神聖な召喚陣に何をしている!?」

「『何を』って、こうするんですよ。はい、点火」

「何だと!?」

 咎められても全く動じず、天輝はアルコールを撒いた端にチャッカマンを向け、微塵も躊躇わずに操作した。すると忽ち周辺の絨毯に火がついて燃え上がり、それを見た天輝は、思わず抑揚のない声で歌い出す。


「も~えろよもえろ~よ~、ほのおよた~か~く~」

「大変だ! 召喚陣が燃えているぞ!」

「早く火を消せ!」

「誰か! 大至急、水を持って来い!」

 しかしその場にいた男達は、おとなしくそれを眺める心境にはならなかった。その筆頭は王であり、天輝の肩を掴みながら憤怒の形相で恫喝する。


「貴様ぁあっ! さっさと火を消せ! この罰当たりが! 聖女だと思ってそれなりに扱ってやろうと思っていたが、その首叩き切るぞ!!」

「はっ!! 五月蝿いわね、誘拐犯の分際で! そもそも他の世界から呼び寄せた女に頼らなければ、魔王一人倒せない腑抜け野郎に、どうこう言われる筋合いは無いわよっ!!」

「何だと!?」

「本当の事じゃない! そんなに火を消したければ、さっさと自分でやりなさいよ!!」

「ぐあぁっ!」

「はい、もう一丁!」

「うぉっ!」

 怒鳴り合った挙げ句、天輝は両手で持ち上げた鞄を思いきり横に振ってから、反動をつけて王の首筋に打ち込んだ。中に入れておいたモバイルPCの重みで、それが当たった衝撃はそれなりにあったらしく、王が咄嗟に首を押さえてうずくまりかけたところで、天輝は容赦なく彼の腹を蹴り飛ばす。

 立て続けの攻撃で、王はたまらず仰向けに転がったが、その服の端に順調に燃え広がり始めた絨毯の火が燃え移った。


「あ、ちょっと! 服が燃え始めたわよ!?」

「なっ、何だと!?」

「大変だ! 陛下の服に火が!」

「陛下! 急いでこちらに避難を!」

「あなた達! 離れて傍観していないで、さっさと消してあげなさいよ!?」

 王が狼狽すると同時に、早くも召喚陣が崩壊を始めたのか、天輝の周囲に光が満ち始め、不自然な空気の流れが生じ始めた。さすがに万が一にも焼死されたら寝覚めが悪いと思った天輝が狼狽えている家臣達を一括すると、彼らが慌てて王に駆け寄り、足下が覚束ない彼を引っ張り出す。

 それと同時に自分の身体が浮き上がったのを感じた天輝は、幾らかの安堵と疲労感を覚えながら、爆発的に増えてきた光から眼を守るべく目を閉じた。


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