(13)憤慨する事実

「うん……。さすがに二度目だから、前の時より動揺はしないわね。しないけど……。あれは気のせいだったと、何とか自分自身に折り合いをつけたばかりだったのに、どうしてくれようかしら……。この怒りを、一体どこにぶつけろと?」

 ゆっくりと浮遊感が消失すると同時に、どこかに降り立った感覚を天輝は察した。それに引き続き周囲の光が完全に消失し、自分がどこにいるかをはっきり認識できた彼女は、盛大に顔を引き攣らせながら誰に言うともなく文句を口にする。

 前回同様、駅構内のトイレから庭園らしき開かれた場所に瞬時に移動していた天輝は、内心の不安と怒りを何とか抑え込みながら、冷静に周囲の観察を始めた。


「成功だ! 聖女様を召喚できたぞ!」 

「これで魔王の恐怖は、回避されたも同然!」

「我が国の平和と秩序は安泰だ!」

「聖女様、万歳!」

 少し距離を取って自分を囲んでいる複数の人間達が、嬉々として叫んでいるのを半ば聞き流しながら、天輝は早くも今回自分を召喚するのに使用した物の見当をつけた。

 それは自分が居る場所から等距離等間隔で、石畳から円形に空に向かって伸びている石柱であり、もっと正確に言えば、その上に載せられている多面体の水晶に類似した大きな鉱物の塊だった。


(ふぅん? やっぱりあれだよね? 南……、と言うのかどうか分からないけど、あそこに見える太陽から受けた光を、まずあの一番大きい石が内部で乱反射させて他の石に向かって拡散させるわけだ。そしてそれを受けた他の石が同様に内部で屈折させて、更に色々な方向に光の筋を発生させるみたい)

 自分の頭上で光輝く図形が描かれているのを目の当たりにした天輝が、そう見当をつけるとほぼ同時に、石柱の外側から高齢の男性が歩みより、彼女に向かって恭しく頭を下げた。


「聖女様、我が国の召喚に応じていただき、誠にありがとうございます。私はこのグンディー国の祭司長である、スタークと申します。これ程の霊力カーズの持ち主である聖女様と共にあれば、魔王など恐るるに足りません。同行させる我が国の有力な異能者カージナルを既に選抜済みですので、心置きなく魔王討伐に勤しんでくださいませ」

 満面の笑みでそんな事を言われてしまった天輝は、しらけきって小声で悪態を吐いた。


「はぁ……、馬鹿馬鹿しくて話にならないわね。国名と役職名と召喚方法は違っても、霊力カーズとか異能者カージナルの言い回しは変わらないし、こちらの意思が丸無視なのも相変わらずか。しかも自分達が思うとおりにこちらが動くと信じて疑わない、思考停止状態も全く同じとは恐れ入ったわ。……前回同様、手加減無用って事よね」

「聖女様、何か仰いましたか?」

「何でも無いわ。独り言だから気にしないで」

 スタークから怪訝そうに問われた天輝は、内心の決意など微塵も面に出さず、即座に笑顔で誤魔化した。そして魔王討伐などと物騒すぎる行為を回避して元の世界に戻るべく、早速探りを入れ始める。


「綺麗な光の図形ね。これで私を召喚したの?」

「はい、その通りです。これは当時、この世に並び立つ者など存在しない稀代の異能者カージナルと詠われた、私より十三代前の祭司長が生涯をかけて構築調整をした物で、まず霊力カーズを注入したあの貴石群を作成する事から」

「ごめんなさい、これの作り方は良いのよ」

「……はぁ、そうでございますか。それでは、他にご質問はございますか?」

 得意満面で語り始めたスタークだったが、話が長くなりそうな気配を察知した天輝は、即座にストップをかけた。そして彼に対して、慎重に問いを重ねる。


「ええと……、スタークさん? さっきからこの光の円の中にあなた以外の人は入って来ないけど、何か理由があるの?」

「はい。こちらの召喚陣の中には、祭司長以外の者が足を踏み入れてはいけない掟がございますので」

「……それは好都合」

「はい? 聖女様、今何か仰いましたか?」

「いいえ、大した事では無いから気にしないで」

 思わずほくそ笑んだ天輝だったが、しらを切りながら申し出た。


「それなら少しの間、この召喚陣とやらの中に、私一人にしてくれる? この中は霊力カーズが満ちている感じがするし、実際に魔王討伐に出掛ける前に、少しでも私の中に溜めておこうと思うのだけど……」

 いかにもそれらしく聞こえる、その口からでまかせの理由を聞いたスタークは、訝しむどころか感激の面持ちで天輝を褒め称えた。


「なんと心強いお言葉でしょう! あなた様のような、崇高な使命を即座にご理解して頂ける聡明な聖女様をお迎えできて、このスターク、感激に打ち震えております!」

「そこまで感心しなくとも良いと思うのだけど」

「いいえ。前回は三百年程前に聖女様を召喚した記録が残っておりますが、その時の数少ない記述では、召喚時の聖女は激しく狼狽して泣き叫び、対応に苦慮したとありますので」

「…………あら、そうなの」

(寧ろ、それが普通の反応だから! 異世界に一人で拉致されたら、大抵の女性はパニックになるわよね!? その人がどうなったのか少し気になるけど、時間が勿体ないわ。さっさと話を進めよう)

 如何にも困ったものだと言わんばかりにスタークが語った内容を聞いて、天輝は本気で憤慨したが、辛うじて口許を歪めるだけに止めた。そして、やはりこの連中にも一切手加減無用だと決意しながら、この間考えていた内容を実行するべく話を進めた。

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