(46)諸事情の解説

「皆さんがここに乗り込んできた事から推察すると、ここが地元の人間達から世界を破滅に導く、魔王の本拠地だと噂されている場所だというのはご存知なのですよね?」

「ああ。だからすっきり元を断とうと出向いて来て、このありさまだ。呆れ果てて物が言えん」

「実はこちらの時間で七、八十年前から、この岩窟宮殿が不気味に光ったり得体の知れない音が聞こえると地元で噂になったのです。何百年かおきに魔王が復活すると言い伝えられておりましたので、それらはその前兆ではないか、または既に魔王が復活しているのではないかとの憶測が広がりました」

 レイナの説明を聞いた悠真は、ここで少し考え込んだ。


「こちらの時間で、七、八十年前……。俺達の世界だと七、八年前だな」

「因みにそれは、伸也が向こうの世界から蓄電池込みで照明器具やカラオケセットを持ち込んで自由な時間を謳歌していたのを、煌々と輝く照明器具や大音響が出せる音響器具などの存在など知る由もないこちらの人間に、誤解されてしまったというのが真相です」

「伸也ぁあぁぁぁっ!!」

「兄貴、ちょっと待て! ギブギブ!! レイナ!!」

「意識がなくなる一歩手前で止めてあげます」

「…………」

 あっさりとレイナが暴露した内容に、さすがに悠真はキレた。一度は座り直していた悠真だったが再び伸也の席に舞い戻り、本気で弟の首を絞め上げ始める。

 さすがに伸也は兄の手を引き剥がそうと抵抗しつつレイナに助けを求めたが、彼女はすこぶる冷静に状況を見守っていた。そんな修羅場を天輝と海晴は呆然と眺めていたが、少ししてレイナが割って入り、なんとか悠真を宥めて引き剥がすのに成功した。


「施政者にとって魔王の復活は、自分達の失政を誤魔化すための態の良い免罪符なのです。衛生管理や薬物の確保に失敗して疫病が流行っても、治水管理に問題があって作物が枯れても、全て魔王がもたらした災いで片づけられますもの」

 再び落ち着いて話せる状況になってから、レイナが状況説明を続けた。それに悠真が同意を示す。


「それは、俺達も考えていた。実際に魔王なんて存在しないのではないかとね」

「魔王退治の名目をつけて、目障りな人間を派遣すれば一石二鳥です。さらにここの地元では、『魔王の生贄には可愛い子どもが最適』とか屁理屈をつけて、飢饉の時は口減らしの為に、何人も子どもが送り込まれます」

 そこで悠真は、ある可能性に言及してみた。


「もしかして……、あなたも元生贄とか?」

「正解です。皆さん、ここの洞窟には直接入りましたか?」

「いや、地元民に案内させて、峡谷の入り口からまっすぐ空中を飛んできた」

「ああ、そういう異能の使い方もできるのですね。それなら崖沿いの道は目にしましたか?」

 事も無げに問われた内容に、天輝と海晴が悲鳴じみた声を上げる。


「レイナさん! あんなの道とは呼べませんよ!?」

「ここに到達するまで、絶対に落ちますって!!」

「普通、そう思いますよね? でも道が始まった所は比較的幅が広いですし、少し歩いた所で、大きく右に曲がり込んでいる所があるのですが、そこは見ましたか?」

「え? そうだったっけ?」

「空中を移動して、まっすぐこっちに向かって来たしね。そこら辺がどうなっていたか、記憶にないわ」

「実はその道は大きく曲がり込んで、出発地点からは陰になったところで、崖の中に入る大きな穴が開いているんです。そこに入って通路を進めば、何の問題もなくこの宮殿内に到達できます。そして崖の出発点で邪魔者や生贄の動向を見守っていた連中は、幾ら待っても死角から全く姿を見せないために、陰になった所で転落して死んだと判断して、その場を離れるというわけです」

 それを聞いた天輝達は、揃って呆気に取られた表情になった。


「そんな通路があるのか。それでは、その人達の安全は確保できるわけだな」

「はい。対外的には、死んだ扱いになりますから。実はこの宮殿には、山を一つ貫通して向こう側に出る通路もあって、巧妙にカモフラージュされた出入口が存在しています。周囲や主君に疎まれて派遣された騎士や官吏、口減らしの子供など、送り込まれた者達は、地元に帰ってもろくな事にはなりません。そこから出て、それまでの人生を捨てて他国で他人として生きる他に、異世界に活路を見いだして死に物狂いでそちらに順応する者もいます」

「ちょっと待ってくれ。『異世界』というのは、まさか……」

「単刀直入に言えば、そちらの世界です。伸也はそうした人間の、向こうの世界での就職斡旋をしています」

 激しく嫌な予感を覚えた悠真が、慌ててレイナに尋ねた。しかし予想に違わず返ってきた答えに再び伸也のもとに駆け寄り、両肩を激しく揺さぶりながら叱りつける。


「家族に黙って、何をやってんだお前はぁぁぁっ!!」

「いや、だって、絶対父さんや兄貴に『異世界人を引っ張り込むなんて何事だ!』と激怒されると思ったし!」

「当たり前だろうが! 少しは常識を考えろ!」

 叱責された伸也だったが、ここで弁解じみた台詞を口にする。


「だけどさ、もうこの世界に居場所は無いとか、信じている人に裏切られたって絶望している人間ばかりでさ、そういう人間になんとかこの世界で頑張れって言っても無理だと思わないか? 実際無理だったし。そういう奴に、『試しに全く違う世界で一からやり直してみないか』と提案して、了解してくれた人間しか連れて行ってないから。お試しで生活してみて、『やっぱり無理だから元の世界で頑張る』と決心してこっちに戻った人もいるし。大した人数じゃないって」

「それにしてもだな」

「そういう事情で、この七、八十年でこちらから向こうの世界に転移した人間は、私を含めて38人です」

「十分多いだろうが!!」

 さりげなくレイナが付け加えた人数を聞いて、悠真が再び怒声を放った。


「因みに、殆どが日本国内で職を得て働いています。伸也の異能は異世界転移の他は、意識操作の異能も保持していたのが幸いでした。出入国管理官や役所の戸籍担当者に働きかけて、問題なく架空の人間の戸籍を作れましたし。民間企業に職を得た者もいますが、うちの事務所関係所属が多いですね。俳優や歌手など後がないと分かっていますから、皆死ぬ気で日本語を習得してものにしています」

「レイナ……、そこまで暴露しなくても……」

「……明らかな犯罪行為だな。取り敢えず最後まで話は聞くが、後で覚えてろよ」

 洗いざらい報告されてしまい、伸也はがっくりと肩を落とした。そんな弟に冷え切った視線を向けながら、悠真がなんとか怒りを押しつつ恫喝する。


「うん、伸也に比べたら、私のしていた事なんて問題ないよね? 少なくても違法行為はしていないし」

「海晴、比較対象が間違ってるから」

 この機会に、なんとか自分の行為を過小化させようと思ったのか笑って誤魔化そうとする妹に、天輝は呆れ気味に言い聞かせた。




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