(47)退去計画
「今でこそ、ここに辿り着いた方にすぐに問題なく対応できていますが、伸也がここに入り浸り始めた頃はなかなか大変だったみたいですよ? 派遣されてきた騎士に魔王と間違われて、切り殺されそうになったとか」
再び淡々と状況を語るレイナに、悠真が真顔で頷く。
「それ位は当然だ」
「酷いな、兄さん」
「詳細は不明ですが、こちらの人間と自然に会話ができて良かったですね。意思疎通ができなかったら、あっさり死んでいましたよ」
「レイナ……、お前も結構酷いよな」
「それで、その最初の方と意思疎通ができてからは、内部にその人が細かい説明書きを書いて、後に来る人達の為に二人で色々準備していたそうです。保存食とか毛布などの寝具とか筆記用具とか」
その説明で、悠真はすぐに当時の事情を理解した。
「ああ、ここに定期的に人が送り込まれてくとは限らないからな。下手すると何年も空くから、引き継ぐ人間がいなかった時の為に、すぐ対応できるようにしておいたのか」
「伸也は、連日来るわけではありませんでしたから。それに時間の流れ方が違いますので、下手するとこちらでひと月やふた月後に来る事になります。別の出入り口から外に出て食料を調達できたり、すぐに外に脱出するなら問題はありませんが、自由に動けて判断できる大人ならともかく、右も左も分からない子供だと生きていく手段がありません。それで取り敢えず生活できるものを、最低限揃えておく必要がありました」
「なるほど……。生贄に出されたくらいだから、無事に出入り口から出て親元に帰っても、歓迎されたりはしないか。下手をすると、また生贄にされてもおかしくないよな」
元生贄と告白しているレイナの前で、そんな事を軽々しく言って良いものかと、天輝と海晴は揃って抗議の声を上げた。
「ちょっとお兄ちゃん! そんな言い方、酷くない!?」
「そうよ! デリカシー皆無!」
「いや、そうは言ってもだな」
二人の指摘に悠真が怯んでいると、レイナが苦笑しながら彼女達を宥める。
「二人とも、気にしていませんから大丈夫です。親や周囲に捨てられたのは事実ですから。でも後がないというのを即座に理解できて、良かったと思っています。伸也から向こうの世界の事を聞いて、絶対にそこで生きてみせると決意しましたから」
「そうですか?」
「それなら良いのですが……」
「まあ、それなら、伸也のやらかしたことも無駄ではないということだが……」
三人は揃って微妙な顔つきになったものの、取り敢えずこれ以上事を荒立てないように口を噤んだ。
「それで、私の場合は五歳でここに送り込まれたので、ここで十七年過ごしてから向こうの世界に行きました。その間、伸也が持ち込んだ教材で日本語や習慣などを自主学習し、新しく送り込まれた人達のお世話をしていましたが、向こうの世界ではこの三年程、伸也の事務所で経理業務の傍ら、引き続き皆の就職斡旋やマネージメントをしています」
「いやぁ~、初めて会った時はすごい泣きべそをかいていたのに、ほんの一年半くらいで、すっごい気が強くて世話焼きになってさぁ~。うん、頼りにしてる」
「一年半っていうのは、本来の俺達の世界の時間だろうが」
へらっと笑いながら伸也が述べた内容に、悠真が溜め息を吐いて頭痛を堪える表情になる。そこで海晴が、幾分心配そうに問いかけた。
「ええと、伸也? あまり頻繁にこっちに来ていると、早く時間が流れる分、老化しやすい筈だけど。そこら辺は考えていた?」
「ああ、うん。最初の頃は何も考えずに来てたんだけど、一年位したらちょっとまずくないかと気がついて、記録を付けていた。大体こっちで五年分位多く過ごしているから、実際の身体的な年齢は三十前後になっているかな?」
その告白に、天輝と海晴は揃って顔を引き攣らせる。
「同い年の筈なのに、最近何となく貫禄が出てきたなと思っていたら……、単に老けていただけ?」
「気づくのが一年経過してからって、どうなのよ。その頃は高校生だったから日がな一日出歩くわけにはいかなかったでしょうから良かったものの、下手すると一気に老けてたのよ?」
するとここで、レイナが溜め息まじりに述べる。
「その辺りは事情を聞いてから私も気になっていたので、伸也がこっちに来ても長居はしないように追い返していました。それで伸也がいなくても大抵の事には対処できるよう、周りの大人や子供達と協力して、色々環境改善をしていましたし」
「レイナさん、当時子どもよね……」
「できる女は、子供時代から違うわ……」
「すみません。その節は、愚弟がお世話になりました」
「兄さん、言い方」
「本当の事だろうが。いつまでもこんな事を続けていられるわけもないだろう」
悠真の指摘に、レイナも真顔で頷く。
「そうなんです。二つの世界の行き来を抑えてはいますが、どうしても行き来する伸也や私の身体が早く老化するのは避けられません。異世界の往来はそろそろ潮時だと考えて、ここを完全に退去する準備を進めていました」
「そうだったんですか?」
「はい。現時点で魔王など復活していません。それなのにここの岩窟宮殿が存在し、そこから怪しげな音や光が漏れている事で、魔王の復活が疑われているわけです。ですから衆人環視の中でここを完全に破壊してしまえば、魔王は完全に消滅した事になり、生贄とさせる人達が送り込まれる場所も無くなるので一石二鳥だと考えていました」
その説明を聞いた天輝達は、揃って納得した表情になった。
「ああ、なるほど。理屈は通りますね。それにそうすれば、天輝を無理矢理召喚しようとする大義名分もなくなるわけだし」
「それはそうよね! それにちょうど今、聖女と使徒様の首尾を、崖の向こうで有象無象が見守っているわ!!」
「千載一遇のチャンスじゃない!? レイナさん! この際、その計画を前倒しできないかしら!?」
しかしここで、レイナが困惑しきった様子で問い返してくる。
「あの、ちょっと待ってください。『無理矢理召喚』とか『聖女』とか『使徒様』とか、一体何の事ですか?」
それに天輝達は、何故彼女が困惑しているのか分からないまま言葉を返した。
「え? 何の事って……、私達の血筋って、元々こちらの世界と縁が深い人間がご先祖にいたのか、色々な異能を持つ他に、向こうの世界で何百年おきにこちらの世界に無理矢理召喚されているんですけど……」
「それがこっちの世界でこの何か月かの間が一番召喚されやすい時期みたいで、少し前から複数の国に天輝が召喚されていて、その都度色々な手段で向こうの世界に帰還していたんだけど」
「キリがないから、大本の魔王とやらが存在しているならそいつを消滅させに、いないならいないと分かるようにしておこうと思いまして。聖女の天輝に付き従う神の使徒として、俺と海晴が付いて来たわけです」
「そしてやって来たのが、魔王の本拠地と言われるここ、ですか……」
「はい、そうですが……」
「あの……、レイナさん?」
「どうかしましたか?」
話が進むにつれてレイナが顔を青ざめさせ、握った拳が小さく震えているのに気づいた三人は、不審に思いながら彼女に声をかける。すると彼女は般若の形相で伸也に詰め寄り、座っている彼の胸倉を掴み上げながら盛大に叱りつけた。
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