(7)破れかぶれの対処法

(この人達の様子を見ても明らかに世界が違うし、どう考えても日本語では書いていないと思うから、駄目で元々で見せて貰ったけど、初めて目にする文字の筈なのに不思議と読める。と言うか、読めないけど意味が分かる? 一体、どういう事よ。全然訳が分からないわ。でも取り敢えず、不幸中の幸いだと思って遠慮なく読ませて貰いましょう)

 目の前の得体の知れない人間達が「聖女を元の世界に戻せない」と言っていても、しきたりの中に禁止事項などが書いてあれば、それを反する事をしてみれば召喚自体が反故になって元の世界に戻れるかもしれないと天輝は推察していた。それで淡い期待を抱きつつ受け取った冊子を読み進めていたが、彼女は半分も読み終えないうちに、その内容に呆れ果てて怒りの声を上げる。


「ええと……。『聖女の食事が済むまで、同席者は食べてはならない』『聖女が着用した衣類は全て洗濯せず、他の者に下げ渡さなければならない』『聖女が歩む時は、3歩進んで2歩下がらなければならない』って……、何よ、この馬鹿馬鹿しいにも程がある内容の羅列はっ!!」

 いきなり激高した天輝を見て、室内の者達は一斉に彼女に怪訝な顔を向けた。そんな彼らを代表して、グラントが困惑顔でお伺いを立ててくる。


「聖女様。何か、ご不審な点がございましたか?」

「『ご不審』も何も……。あなた達! ここに色々書かれている内容について、何かおかしいと思わないわけ!?」

「はぁ……。聖女様、誠に申し訳ございません。私どもにはさっぱり……。今後の事もありますので、この機会にどこがどうおかしいのか、ご教授願えませんでしょうか?」

 グラントに大真面目に懇願されてしまった天輝は、他の人間達も同様に困惑顔になっているのを見てとって、激しく脱力した。


(駄目だわ……。何、この完璧な思考停止状態。さっき、三百年ぶりにどうこうとか言っていたし、その間に誰も指摘せずにそのままだったのよね。それにここの連中、改める気なんかサラサラ無さそうだわ。そうと決まれば、こんな非常識な世界なんかに長居は無用よ!)

 説得も説教も無駄だと切り捨てた天輝は、ある程度目星を付けた内容について素早く意識を切り替えた。そして再びグラントに冊子の中に複数回記載がある物体について、慎重に確認を入れる。


「ところで……、『召喚に用いる宝珠を手荒に扱ってはならない』と書いてあるけど、ここに書かれている宝珠というのは、当然これの事よね?」

「はい。我が国建国以来、この地を守ってくださっている物です」

 足元にある透明な球体を見下ろしながら誇らしげに語るグラントに、天輝も笑顔で応じる。


「それはそれは……。大変貴重な物らしい事は、異世界から来た私にも容易に分かるわ」

「そうでございましょう。聖女様にもこれの荘厳さと、清浄なカーズが満ち溢れているのを感じとる事ができるのですね?」

「ええ、勿論、しっかりと感じ取れるわよ?」

(やっぱりこれか。そうと決まれば物は試し、実行あるのみ! 何もしなくても状況が好転するなんて信じるほど、苦労知らずじゃないのよね!? だけどこんな馬鹿馬鹿しい事でこんな物が役に立つだなんて、本当に人生って分からないわ……)

 宝珠とやらに狙いを付けた天輝はグラントに背を向け、不敵な笑みを浮かべながらしゃがみ込んだ。そして午前中に賢人から貰ったばかりの携帯用フロントガラス割りを付けてあるキーホルダーを、上着のポケットから掴み出す。


「なるほど……。見た目はガラスみたいだけど…………、果たして強度は、どれ位かしらねっ!?」

 ブツブツと呟いた直後に一気に表情を険しくした天輝は、掌に握り込んでいたガラス割りの保護カバーを外し、先端部分を宝珠に付けてから渾身の力を籠めて押し付ける。するとその黒い先端部分から合金製のスパイクが飛び出し、ビシッ!!という不吉な音と共に宝珠に突き刺さった。

 

「……うん?」

「今、何か変な音がしなかったか?」

「なっ!? 聖なる宝珠が!! 聖女様! 何をなさっておいでですか!?」

 離れた場所で盛り上がっていた男達は、異音を耳にしても怪訝な顔をしただけだったが、天輝の暴挙を目の当たりにしたグラントだけは血相を変えて彼女を制止しようとした。しかし天輝は彼を乱暴に振り払いつつ、宝珠への破壊行動を続行する。


「随分、見た目が、仰々しい、けど、意外に、脆い、宝珠、様、ねっ!!」

「うわあぁぁっ!! ほっ、宝珠がぁあぁぁっ!!」

 グラントの動揺などなんのその。天輝は次々に場所を変えながらスパイクを引っ込めては宝珠に突き刺す行為を短時間で繰り返した。そして頂点部分に突き刺すと同時に、宝珠の上部が複数の破片になって崩壊した。と同時に、つい先程天輝が感じたばかりの光と浮遊感が再び生じる。


「貴様、何て事を!!」

「うわあぁぁっ!」

「宝珠が崩壊した!」

「魔王が倒せない!」

「この世界は終わりだぁぁっ!」

 その時には異変を察知した者達が蒼白な顔で悲鳴を上げていたが、眩い光で至近距離の人間の顔も判別不可能になる中、天輝は光の向こうに怒鳴り返した。


「そんな事知りますか! 自分の世界の事は、自分達でけりをつけなさい! 大の大人が雁首揃えて他力本願なんて、情けないにも程があるわよ! 恥を知りなさい! 二度と召喚なんかできないようにしてやるわ! 死なば諸共よっ!」

 上手く戻れるかどうかは全く未知数の賭けではあったが、その瞬間に天輝の周囲で光が炸裂し、周囲の景色が一変した。

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