(30)海晴の困惑

 和枝が口にした通り、賢人と悠真は定時で帰宅し、通常より早い時間帯に五人でテーブルを囲んだ。


「はぁ……、食べた食べた、美味しかったぁ……。ごちそうさまでした。久しぶりの和食で、お母さんの手料理。存分に堪能させて貰いました」

 上機嫌で話ながら食べ進めていた海晴がいかにも満足そうに両手を合わせると、和枝が笑いながら問いかける。


「そこまで喜んで貰って嬉しいわ。暫くは日本にいるのでしょう?」

「うん、暫くはのんびりするつもり。ところで、私が留守にしている間に、本当に何があったのよ? 察するに、お兄ちゃんが天輝に手を出そうとして、しっぺ返しを食らったとか?」

 不思議そうに海晴が兄姉に視線を向けながら告げると、それに二人が盛大に抗議の声を上げる。


「何だそれは!? 人聞きが悪すぎるぞ!」

「どうしてそうなるのよ!?」

「だって食事中ずっと普通に話しているように見えても、天輝がお兄ちゃんに対してだけピリピリしているんだもの。お父さんとお母さんがそれを咎めもせず、困った顔で傍観しているし。それから導きだされた結論が、これくらいしか思い浮かばないんだけど?」

「……っ、あのな」

 悠真は顔を引き攣らせながら反論しようとしたが、天輝は皮肉っぽく断言する。


「まあ、お兄ちゃんに多いに含むところがあるのは事実だけどね。問題にしているのは、そんな些末な事とは比べものにならない程、複雑で重大な事なの」

「へぇ? そんな些末な事じゃないんだぁ~」

「そうよ!」

「…………」

 からかうような風情を一転させて、海晴は兄に憐れむ視線を向けた。しかしそれに全く気がつかないまま天輝が断言し、悠真が口を閉ざす。その微妙な空気の中、賢人が控え目に海晴に申し出る。


「その……、取り敢えず私から説明しようと思うが、良いだろうか?」

「お父さんから? それは別に構わないけど、一体何?」

「海晴、驚かないで聞いてくれ。お前や天輝、私達が含まれる一族には、異世界に関わる異能を保持する人間が現れやすく、異世界に召喚されやすい人間が存在している」

「…………はい? あの、お父さん?」

 真顔の賢人から告げられた内容に、海晴は目を丸くした。次いで何か言い返そうとしたが、ここで天輝が語気強く妹に訴える。


「海晴! 言いたい事は分かる! でも最後まで黙って話を聞いて! お父さんがおかしくなったわけじゃないから、そこは心配しないで! 私が保証するから!」

「ええと……、でも天輝」

「とにかく黙る!!」

「……はい」

 鬼の形相で天輝は妹を叱りつけ、その剣幕に唖然としながら海晴は頷いた。それを確認した天輝が、賢人を促す。


「じゃあお父さん、続けて」

「あ、ああ……。それでは私達の共通のご先祖様である、曾祖母の話から始めるが……」

 そうして少し前に天輝に語った内容を賢人が語りだしたが、話が進むに従い海晴が「その……」「えっと……」「それは……」などと言いかけた。しかしその都度、天輝に「話の途中!」「人の話は黙って聞く!」「静粛に!」などと憤怒の形相で叱責されて黙り混む。


「……そんなわけで、今日も天輝は異世界からの召喚を阻止して、無事に帰還したみたいだが」

 そうこうしているうちに賢人の説明が終わり、天輝が思い出したように声をあげた。


「あ、そうだった! お父さん、スプレー缶を持たせてくれてありがとう! もう指示が的確で、惚れ惚れしちゃった! さすがだよね!」

「その……、スプレー缶を準備して渡したのは、悠真だと思うんだが……」

「お父さんが予知した内容に従って、指示したおかげだよね! ありがとう、すごく助かったわ!」

「ああ……、うん。役に立って良かったよ……」

 あからさまに悠真を無視して笑顔で礼を述べた天輝に、賢人は横目で息子を気にしながら頷いた。そんな微妙な空気の中、海晴が軽く右手を上げながら、控え目に申し出る。


「あの……、天輝。お父さんの話が一通り済んだみたいだし、私、喋っても良いかな?」

「うん、もう大丈夫。酷い話だよね! 他人の意見丸無視で召喚するなんて言語道断だけど、他人の就活を悉く裏から手を回して潰すって、同じくらい非人道的な所業だよね!?」

「…………」

 本気で憤慨している天輝と項垂れている悠真を交互に見ながら、海晴は溜め息を吐いた。


「天輝の中では、それって同列なんだ……。それはともかく、まず言っておかなければいけないことがあるんだけど」

「うん。何?」

「さっきの話の中で、お父さんが『天輝はかなりの霊力保持者だから異世界に召喚されやすいが、海晴からは全くと言っていい程霊力が感じられないから、召喚される可能性は限りなく低い』と言っていたわよね?」

「確かにそう言っていたけど。それがどうかしたの? ……まさか海晴、私達が知らないところで召喚されていたとか言わないよね?」

 とんでもない可能性に思い至った天輝が顔を強張らせながら問いかけたが、海晴は軽く手を振りながらそれを否定した。


「違う違う。召喚なんかされてないって」

「それなら良かったけど」

「でも私、霊力保持者じゃないけど霊力は使えるし、召喚されなくても以前から自分で異世界に行ってるのよね」

「………………へ?」

 懸念を否定されたものの、海晴からそれとは比べ物にならない程の爆弾発言を投下された結果、一瞬の沈黙の後に、その場は喧騒に包まれた。


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