(9)桐生家家族会議
桐生家の男性陣は天輝から遅れる事一時間強で一緒に帰宅し、出迎えた和枝に真っ先に天輝の所在を尋ねた。
「お帰りなさい。すぐにご飯にするわね」
「ああ、ただいま。ところで天輝は?」
「戻ってご飯も済んで、もう部屋に行っているわ」
「そうか。何か言っていたか?」
「特には何も」
簡潔に事実を伝えた上で、和枝は真顔で夫と息子に確認を入れた。
「でも、今日は社内で何かあったのよね? だけどあった事を正直に他人に話したら正気を疑われそうだと思って、取り敢えず気のせいにしているんじゃないかしら? 三十年前のあの時の、真知子の反応に良く似ていたわ。やっぱり母娘ね」
そう言って和枝が思い出し笑いを浮かべると、悠真が渋い顔になる。
「母さん、全然笑い事じゃないから」
「今日の午後、天輝の気配が消えたそうだ」
溜め息を吐いて疲れたように告げた夫を見て、和枝は瞬時に顔つきを改めた。
「それは勿論、社内からと言う意味ではなくて、この世界から消えたと言う意味よね? 因みにどれ位消えていたの?」
「正確には計測していないが、1分から2分弱だった」
悠真が仏頂面で報告すると、和枝が意外そうに応じる。
「あら……。例のあれを渡しておいたにしても、随分スムーズに事が片付いたのね。だから余計に、天輝も白昼夢でも見たのかと思って、余計に口外する気にはなれなかったんだわ」
「天輝は慎重過ぎる所があるが、観察力と危機対処能力は人並み以上にあるからな。全く自覚してはいないが」
和枝が納得して深く頷き、賢人が苦笑いする中、
悠真が愚痴をこぼす。
「父さん、笑い事じゃ無いからな……。東栄銀行担当者との打ち合わせの真っ最中にいきなり天輝の気配が消えて、こっちは血の気が引いたんだぞ? 十分経ってもこちらで探知できなかったらどうとでも理由を付けて中座して、向こうに跳ぼうと思ったし」
そこで和枝が、軽く首を傾げながら尋ねた。
「じゃあ取り敢えず、悠真は今でも向こうに跳ぶ事自体はできるのよね?」
「跳べる事は跳べるが、庸介叔父さんみたいに場所が絞れないから厄介なんだよ! 向こうの世界はそれなりに広いし!」
「確かに和枝と真知子さんの時には庸介に助けて貰ったが、あいつは今では博多在住だからな……」
「四六時中気配を探っているなんてストーカーと言っても過言ではないのに、肝心なところでストーキングできないなんて残念過ぎるわ」
そこで和枝がしみじみと口にした内容を聞いて、悠真が声を荒らげる。
「人聞きが悪過ぎるぞ! 誰がストーカーだ!」
「お前に決まってる」
「悠真だけど?」
「それが、実の親が言う台詞かよ……」
両親の即答ぶりに悠真はがっくりと肩を落としたが、和枝は半ばそれを無視して話を進めた。
「ところで、これからどうするの? この際、天輝に本当の事を洗いざらい話すの?」
それを聞いた賢人は、悠真と一瞬顔を見合わせてから、慎重に意見を述べる。
「正直に話して、天輝が信じてくれると思うか?」
「実際に体験しているんだから、さすがに受け入れて納得するんじゃない?」
「それは確かにそうなんだがな……。白昼夢として片付けてしまえるなら、それはそれで良いんじゃないのか? 天輝の性格だと『周りに迷惑をかける』と気に病みそうだし」
娘の性格を鑑みて賢人が提案すると、悠真も真顔で頷いて後を引き取る。
「危ないと分かっているのは、あと3ヶ月弱の期間だから、それを乗り切れば問題ないんだろう? 天輝の事だから自分の子孫とかもまた巻き込まれそうだと心配して、『結婚しないし子供も作らない』とか極端な事を言い出しそうだし、もう少し詳細を知らせずに様子を見よう」
「…………」
「何?」
真顔で意見を述べた悠真だったが、両親が無言のまま物言いたげな視線を向けてきた事で、訝しげに問い返した。すると二人は溜め息を吐いてから、しみじみとした口調で告げる。
「いや。お前の足踏みっぷりを再確認して、今度海晴が帰ってきた時には、あの子の言動が一段とヒートアップするだろうなと思っただけだ」
「庇ってなんかあげませんからね。この甲斐性無し息子」
「……分かってる」
両親から、残念なものを見るかのような視線を受けた悠真は、憮然としながら呻くように答えたのみだった。
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