第33話 決戦を遊ぶ(9)
強い。わかりきっていたことだが。
召喚系の強みは、当たり前だが「二対一」の状況を作れることだ。
もちろん召喚獣が思い通りに動くとは限らない、操作できるわけではない、という問題はあるのだが、それは訓練でどうとでもなる。
ましてこの相手……ゴルロワ本人も強い。召喚獣に頼り切った試合をしない。
〈コンセントレイト〉を使った状態で、渡り合うのが精一杯とは!
だが、ダメージを受けているのは向こうだ。このままいけば……。
「まずいな」
ゴルロワが声を発した。少しは焦ってくれたか?
「……一分が過ぎてしまう。お客さんがガッカリするといけない」
俺はその時、言い知れぬ恐怖を感じた。
なぜだ。試合内容で押しているのはこちらのはずだ。
なぜこいつは、まだそんな心配ができる!?
そう驚いた、直後だった。
俺の『神の眼』が、レオンの未来を視た。その内容が俺は信じられなかった。
でも、俺は自分の眼を信じることにした。
俺の視た未来とは……レオンが腕を振り上げ、こちらへ叩きつける。
その打撃が……届くはずのない、離れた場所にいる俺を粉砕する景色!
「……うわぁっ!?」
とにかく飛びのいた。その瞬間。
俺のいた場所の床を、鋭い爪が削ぎ取った。
なぜ、届いた? 答えは簡単だった。
「グルルオォォーーー……」
一言でいうと、こうだ。レオンが、巨大化している。
「な……っ!?」
信じられなかった。いくら召喚系でも、そんな召喚獣は前例がない。
現に、アリーナ時代のゴルロワの試合では、レオンも巨大化などしていなかった。
最近、身に着けたということか?
――ということは。
俺はついさっき倒した、巨人の召喚獣を思い出した。その研究を、ゴルロワはすでに、自分の召喚獣に組み込んでいるというのか!
「グルルルルルォォーーーーーー!!」
レオンが咆哮した。部屋中の壁がきしむ!
巨大な獅子が襲いくる。速度は元から変わらず、攻撃範囲がバカみたいに広い!!
レオンが前足を振り下ろすだけで、俺は転がらないと回避できない。
俺は『神の眼』の未来予知をフルに使ってレオンの攻撃を予測して避けた。
だが、それだけでは――
「やあ。ハハハッ、良い顔になってきたなァ!」
ゴルロワ本人がいつのまに、目の前にきていた。回し蹴りから裏拳につないでくる。なんて俊敏な動きだ。格闘能力が……高い!
気が付けば防戦一方。巨大レオンとゴルロワの、台風のようなコンビネーション攻撃に俺は完全に呑まれていた。
ダメだ。ここを一度、抜けるには――!
――「
たまらず、俺は時を止めた。
停止した空気の中を泳ぎ、その場から脱出する。
瞬間……ズキン、と右目が痛んだ。
「う……っ、くそっ」
この試合、俺はずっと〈コンセントレイト〉も使い続けていた。加えてここにきての〈オールフリーズ〉。慣れてきたつもりでいたが、使いすぎか……!
できれば反撃するところまでいきたかったが、ここまでが限界だった。
ギフト……解除。
パ ァ ァ ン !
空気のはじける音とともに、俺は体勢を立て直した。
「……ム、またこの音か」
ゴルロワは不満そうにこちらへ向き直る。
そしてレオンの巨体が、こちらへ躍りかかる!
「ちくしょう……休みなしか!」
まずい。
攻撃はすべてかわせている。相手にダメージを与えてもいる。
それでも、まずいのはこちらなのだ。
このままでは、先にスタミナが切れるのは俺のほうだ。
もし俺が、かわし方をひとつ間違えれば、挟み撃ちであっという間にミンチになる。
焦る。脳裏にエレナの顔が浮かぶ。
負けられない。負けてはいけない。プレッシャーが焦りを増長する。
巨大な獅子が突進してくる。視界がふさがるほどの大きな影。
次はどちらに避ければいい? 右? 下? 負けられない。左?
判断の中に焦りが紛れ込む。
追いつめられている証拠。
レオンが横薙ぎの爪を繰り出す。恐竜のように太く、長い爪。
今度はどちらに避ければいい? 右? 負けられない。負けられない。エレナ。エレナ!
ダメだ、考えている暇がない、とにかく右へ――
その右側に、ゴルロワの歪んだ笑みがあった。
「――ようこそ」
回し蹴りが俺の脇腹を捉える。未来を視る暇もない。
そしてその直後、レオンの鋭い爪が俺の首を――。
――「シュウ」。
声がした。
エレナの声。これは、少し前の記憶。
「一度だけよ」
「……何がだよ」
金獅子城ビルに突入する直前。エレナが突然そんなことを言った。
相変わらず、意図がすぐにわからない。
前から思ってたけど、この子、お話が下手ではないの??
「ごめん、一番大事なポイントだけ言っちゃった。とにかく一度だけだからね」
「いやだから何がなの!?」
「…………」
聞き返すと、エレナは何やら難しい顔をして下を向いた。
言いにくそうだった。でも、すぐに顔を上げてこっちを見た。
その時の彼女は、自嘲気味に笑っていた。
「ゴルロワはね……めちゃくちゃムカつくけど、強いわ」
「まあ、元一位だしな……」
「正直、全盛期の私がまともに戦ったとしても、勝てるかわからない。……結局、あいつに挑むのは賭けなのよ」
「うん」
「まー、シュウには『眼』もあるし、案外私なんかの心配もいらないくらい簡単に勝っちゃうかもしれないけどー」
「い、いや、ええ? どうだろう……?」
「うん。その可能性も全然あると思ってるけどね。でも……逆の可能性もあると思ってる」
「……逆?」
「ルカの話を聞いて思ったの。奴は『召喚系』のサンプルを集めてる。きっと私のように、ギフトを自分で強化したり……作り出したりするために」
「そう、だろうな」
「つまり……あのゴルロワが、さらに強くなる。そうなったら、もうまともな手段じゃ手が付けられない。だから――」
「だから?」
「こちらも、切り札を切るわ」
エレナは真剣な顔で俺の目を見た。
「本当はね、あんまり使ってほしくないの。まだ試作段階だし――本来なら、私が使ってみてから渡すべきだった。でも……それはできない」
「え……何で」
「今の私が使ったら、死んじゃうかもしれないから」
冗談には聞こえなかった。思わず一瞬、息が止まる。
「し……死って?」
「これは『
「お、俺がそれ、使うの……?」
「だから、できれば使わないで欲しいわ。健康なシュウだって、命の保証はない。命までは取られなくても、脳に後遺症とか……考えたくもないわよ! でも――それでも」
エレナは重々しく、人差し指を一本立てた。
「一度。今日の戦いで、一度だけよ。本当に
「……『負けたら』? 『負けそうになったら』じゃなくて?」
「ううん、『負けたら』よ」
「え? え?」
「いい? 確実に負けたタイミングで、使って。だって、これは――」
時間を巻き戻す、ギフトだから。
その時。レオンの大鎌のような爪が、俺の首をかっさばいた。
ああ。今が、そのタイミングか。
レオンの巨体の奥に、勝ち誇った顔のゴルロワが見える。
まったく憎たらしい。相手を見下す目。「持たざる者」を人と認めず、理不尽に襲って奪い尽くし、何とも思わない目。
……目にもの見せてやろう。もう奪わせない。
持たざる者が今……お前を倒す!!
――「
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます