第20話 新たな仲間と決意の茶会(1)

 めちゃくちゃになったレストランを、ワルツ・ソナタ・セレナーデの三人のメイドさんたちが片付けている間。

 我らがチームのアジトである秘密の地下室には、四人の戦神ストライカーが集まっていた。


 俺、エレナ、アリサ。

 そして……ルカ。


「はい、紅茶ですわ。お店で出してるのと同じだから美味しいと思いますの」

「ひっ!? ……ど、ども」


 アリサがお茶を出すが、ルカは完全に委縮している。

 いや、まあ当然だよね。そりゃそうだろう。

 シルバが逃げ帰り、結果、彼女は取り残されてしまった。


 自分が襲いにきた店で捕まって、地下室に連行されて、「敵」だった三人に囲まれている。縛られたりはしてないが、ほとんど捕虜のようなものだ。

 実際、これからどんな拷問にかけられてもおかしくはない。

 彼女の運命は……捕らえた側の胸先三寸で決まるわけである。

 テーブルを挟んでルカの対面に、その捕らえた側……エレナが座る。

 エレナの心中はわからない。長い脚を組み、クールな顔で相手を眺める。


「――さて」


 出だしの一言。たったそれだけで、ルカが小柄な肩をびくりと震わせる。

 レストランを襲撃し、一般客を襲い、金やポイントを略奪しようとした大胆きわまりない悪党……にしては、ずいぶん小心者なんだな、という気がする。


「聞きたいことは、沢山あるわ」

「は……ははははハイ!」


 しかし相手の態度とは関係なく、エレナの口調は静か。

 何しろ目の前にいるのは、彼女のいうところのブッ潰したい「悪」だ。


「まあ、最終的には洗いざらい全部しゃべってもらいますわ」


 一方、横に立つアリサは殺気立った目でルカをぎろりと睨んだ。わかりやすく怒っている。


「ぜ、ぜぜぜぜぜ全部!?」


 するとルカはますます狼狽し、あわあわと両手をバタつかせた。


「い、命さえ助かるならナンデモお話しますが!? 全部ですか!? 全部でいいんですね!? あ……相川瑠歌、十五歳、K.T.Oキルタイム歴は一年くらい、ギフトは召喚獣のビッちゃんで、好きなものはシチュー、苦手なものは数学、スリーサイズは――」


「そういうコトじゃないんだけど? 貴女の個人情報なんて使いどころがないですわ!?」

「ひいいいいいい!? 殺さないで!!」


 目を白黒させて的外れな情報を話しまくるルカに、刺すような視線を送るアリサ。

 どうにも噛み合ってないような……。


「……エレナ」


 たまらず俺はエレナをつついた。


「何よシュウ、いま大事なとこよ?」

「そうですわ! コイツとんでもない犯罪者ですのよ!?」

「それはわかるんだけど……」


 アリサは明らかに怒ってる。エレナがそれを止めないのは、その気持ちもわかるからだろう。でも……俺にはまず最初にひとつ、確かめておきたいことがあった。


「その……エレナ。俺、もしかしてって思ったんだけど」


 このルカという女の子は、俺と戦わずに逃げようとしていた。

 それをシルバに止められると、明らかに狼狽えていた。

 そして今もこうして縮みあがっている。

 彼女は、かなり臆病な性格なのだ。


「たぶん……この、ルカって子……」


 そんな子が、人から暴力で金を巻き上げようなんて思うだろうか。

 あんな目立つ、強引な悪行をしようと考えるだろうか。

 つまり。


「正直、人を襲うのなんて、すごくイヤだったんじゃないかって」


 この子は「悪」じゃないんじゃないか。


「いきなり襲い掛かった時も、正直、腰が引けてたし。ずっとビクビクしてたし。ど、どう思う?」

「え……?」


 エレナが考えるように俺を見る。


「そういえば、攻撃にも妙に手ごたえがなかったですわね……でも……」


 アリサも、思い出すように付け加えた。


「……本当なの?」

「…………っ」


 エレナはルカに向きなおって再び聞いた。

 その質問に、ルカは一度、押し黙る。

 うつむいて、何かに耐えるように唇をきゅっと噛んでいる。

 そして少ししてから顔を上げ、


「あ、あの」

「ん?」

「い……いいんですかね? 正直に答えても」

「もちろん。正直じゃないと意味ないわ」

「殺されないですかね!? その……シルバさんとかに」


 ルカの瞳は、少しうるんでいた。

 臆病な彼女はここに至ってまだ、自分を見捨てて逃げた男を恐れているのだ。

 そもそも……言ってしまえばここはゲームの中で、リアルに命までは取られないのに。

 それでもルカは、命の危機レベルで何かを怖がっている。


「いや……殺されはしないと思うけど」


 つい、俺は横から口を出した。いくらなんでも殺す、はないような。


「う、うそだ。明日にでもとっ捕まって、すごい怒られて、その後……」


 びびり続けるルカ。それに対してエレナは、はぁ、とため息をついて、彼女に言った。


「……させないわよ。捕まえさせないから」

「でも」

「大丈夫よ。シュウがなんとかするもの。見てたでしょ? シルバにも勝ったの」

「……えっ、俺?」


 実際にはトドメは刺せてない。逃げられたけど。

 まあでも、この子を安心させなきゃいけない……か。


「……うう。ううう……」


 ルカはますます涙目になり、両手をぎゅっと握りしめて。

 それから……言った。


「…………………………………………イヤ、でしたよ」


 最初はつぶやくように。


「イヤに決まってるじゃないっすか……あんな……卑怯なやり方で人をやっつけて。人の楽しみを奪うようなことして」


 徐々にその声は、大きくなっていく。


「人を襲うとき……まわりの人たちから、凄い目で見られるんすよ……! 『うわあ』って、なんか人間じゃない、バケモノを見るような目で……!」


 絞り出すような言葉。

 実際、突然襲ってくる人間というのは、普通にしている側からすればモンスターと変わらない存在だ。

 現実世界でもそれは同じ。暴漢、通り魔――それらは人間だがモンスターだ。

 臆病な彼女にとって、大勢の人から奇異の目を向けられるのは、それはそれは恐ろしい体験だったのだろう。


「あたしは……普通に楽しくゲームできてれば、それでよかったのに。よかったのに……! なんであんなコト、しなきゃいけないんすかぁ……!」


 最後の方は、ほとんど涙声になっていた。

 ……もう、ハッキリしただろう。俺はルカの対面に目を向け、声をかける。


「――エレナ」


 この子は、敵じゃないよ。


「……ふぅ。そうね」


 俺の言いたいことは伝わったのだろう。

 エレナは自身を落ち着かせるように息を吐き、紅茶に口をつけた。

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