第19話 「私はね。悪い奴らをブッ潰したい」(5)

「なっ、えっ、ウソ!?」


 ルカの狼狽する声が聞こえる。「ビッちゃん」も何をすればいいか分からないというように、無意味に飛び回る。

 完全に形勢は逆転した。

 今のでシルバは倒したはずだ。ルカが一人でこの場をどうにかできるとは思えない。


 後はこいつらを捕らえ、その目的でも聞き出してやればいい。

 俺は目の前の連中に伝える。


「もういいだろ。ここはおとなしく――」

「ああ、わかった」


 すぐに返事があった。

 ゆらりと立ち上がる男の影。こちらを見据える青い瞳。

 シルバ――!


「なっ……あれで『ダウン』していないだって?」

「わかったよ。おとなしく……退くとしよう」


 シルバはぽりぽりと頭を掻いた。どこからそんな余裕が生まれるのか。


「いや、参ったよ。完全におじさんの負けだ。実際HPだって1ケタくらいしか残ってないしね」

「シ……シルバさん……?」


 ルカが動揺してして震えている。まさかシルバが負けるとは思わなかったのだろう。


「あ、あたしはどうすれば……?」


 彼女は泣きそうな声で聞いた。しかしそれに対するシルバの答えは。


「は? 知らんよ」

「……え?」

「俺は自分が逃げるので精一杯だ。助ける余裕はないよ。……キミ、思ったより使えなかったしなぁ。戻っても『あの方』に処分・・されるんじゃない?」

「そ……んな」


 突き離されたルカがその場に崩れ落ちる。シルバはそれに背を向ける。


「じゃ、そういうことで」


 シルバはよろよろと歩き出す。冗談じゃない。逃がしてたまるか――!


「待てよ! いったい何でこんなことをした! 何の目的で? 誰に言われて? 人を襲って何の意味が……!」


 俺は、追おうと手を伸ばした。だけど……。

 身体が、重い。


「…………!」


 止まった時の中を動き回る――もちろん、初めての体験だ。

 だからこんな反動も予測できやしなかった。俺は今、これ以上戦えないのか……!


「じゃあな少年。君は強い……強すぎる。次会ったら、初めから逃げようかな」

「ま、待て……!」


 すると。


「――いいわ」


 そこへ、少女の声が割って入った。

 エレナ。


「今日は帰りなさい、シルバ」

「言われなくとも」


 エレナは俺の後ろに立ち、ふらつく俺を支えるように肩を抱いてくれた。

 自分だって、さっきよろけていたくせに――。


「とにかく、帰って。そして」

「そして?」


 エレナと、シルバの油断ならない目線が交錯する。

 それからエレナは確信的に、はっきりと、言葉の続きを言い下した。


「『ゴルロワ』に伝えなさい。私は死んでも、アナタに力を貸すつもりはないってね」


 それを聞いたシルバは、一度足を止め。

 身体をむずむずと震わせながら……笑い声を漏らした。


「くっくっ……おいおい。まさかお嬢さん」


 男は目を細め、いかにも面白そうに口を歪める。


「初めから、全部わかってたっていうのか。どこの誰が、何のために自分を狙っているのか。そのうえで、『あの男』に逆らおうっていうのか……!」

「――そうよ」

「ハッハッハ……あまりにも面白い。面白すぎる。『不可視の天使インビジブル』といえど無茶ってもんだ。いや……まさかその少年がいれば可能だと?」


 シルバは笑いながら、再び歩き出した。

 エレナはそれを止める気はなさそうだった。


「見ていなさい。私は……私たちは、この世界をひっくり返す」

「是非そうしてくれ。本当にそうなるなら、俺もそれが見たいよ」


 そうしてシルバは去っていった。

 俺はエレナに支えられながらそれを見送った。

 真横に見える彼女の瞳は――強い決意によって輝いていた。


「私はね」

「悪い奴らを、ブッ潰したい」


 エレナの言葉を、胸の内で反芻する。

 おぼろげだった「敵」の姿は、いよいよ輪郭をもって見え始めていた。

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