第18話 「私はね。悪い奴らをブッ潰したい」(4)

「どうかな? そろそろ諦めてくれると楽で助かるなあ……と思ってるんだが」


 シルバが挑発する。

 軽い口調だが、体はまったく警戒を解いていない。さすがだ。


「お前らを野放しになんて、できるわけないだろ。みんなの理想の世界を……K.T.Oキルタイムでの第二の人生を奪おうとする奴らを」

「真面目だねぇ」


 俺は、あらためて構えをとった。こちらから不用意に近づくわけにはいかないが、それは相手も同じはずだ。

 敵も、俺のことを強いと思っている。だから安直にトドメを刺さず、少しずつ確実に削ってきている。

 前にシルバ、後ろにルカと召喚獣。この膠着を、どう破れば――。

 そう思った、矢先だった。


「――シュウ!」


 俺の名を叫ぶ声が聞こえた。


「エレナ!?」


 そういえば、今までどこにいたんだ。彼女は突然戻ってきた。


「……聞いて、話を!」


 そして、俺を呼んでいる。


「そ、そんなコト言ったって……!」


 こっちは戦闘中だぞ。しかも相手はエレナを狙っているかもしれない連中だ。

 だが、エレナは確固たる面持ちで繰り返した。


「いいから!」

「……何だよ!?」

「あのね……あなたのギフトは……!」


 が。敵もそうそうそんな会話を許さない。


「おいおい、俺らを野放しにはしないんだろ?」


 シルバが立ち塞がる。後ろからは「ビッちゃん」も。しかし……。

 ここで彼らを、モップの大波が飲み込んだ。

 ――〈アトミック・スイープ〉!!

 モップでできた、おそるべき木製の雪崩は、がしゃがしゃと音を立ててシルバたちを生き埋めにした。


「てめぇら……わたくしを忘れるんじゃないですわ!」

「アリサ! ……ありがとう!」


 遠くから、エレナが礼を言う。


「あっ、お褒めの言葉……! でぇへへ」


 それでアリサの表情が崩れる。だ、大丈夫か……?

 だがとにかく俺はそこを脱し、会話する余裕ができた。


「手短に伝えるわ。『神々の時計クロノスワークス』には、次のレベルがある」

「レベル……? そういえば発動するとき、いつもそんな表示が」

「いい? ギフトを使う時に発動を念じるでしょ。その時に……もっと強く、もっと深くこの力を使おうと、そう意識して。K.T.Oキルタイムのシステムはその脳波をキャッチする。そうすれば……次の段階が、解放される」


 エレナは言いながら、少し離れたモップの山を見た。

 ガシャ、と音がして、一部のモップがはじけ飛んだ。

 崩れた山の隙間から、腕がのぞく。すぐに、シルバがくるだろう。


「……本当は」


 エレナは悩まし気に目を伏せる。


「本当は、あなたにコレ・・まで使わせようとは、思ってなかった……ごめんね」

「な、なんで謝るんだよ」

「少なくともまだ……早すぎる。負荷だってさらに大きくなるし、まともに考えれば……使いこなせる可能性のほうが、低い」


 少女は小さな唇を、ぎゅっと噛みしめる。それは申し訳なさそうでもあり……悔しそうにも見えた。


「でも、シュウなら。既に〈コンセントレイト〉を使いこなしてるシュウなら、可能性があると思うから……!」

「……わかった」


 ガシャン、とまた音がした。もう時間がない。俺は彼女に背を向けた。


「待っててよ。どっちにしろ、あいつらに勝つには必要そうだし――」

「……シュウ」

「それに……実はちょっと、ワクワクしてるんだ。今までのより、もっとすごい力だって? たまらないよね」

「――もう」


 彼女の声色が、少しやわらいだ。少しは安心、させられたかな?


「行ってくるよ」


 俺はモップの山に向けて飛び出した。

 ちょうどその時、山が完全に崩れる。


「……おじさんが生き埋めになってる間に、デートは済んだかい?」


 飄々としたシルバが再び立ちはだかる。

 軽い口調に反して――堂々たる威圧感! 青い眼がこちらを見据える。


「――びびびび!」


 その周囲を旋回するように「ビッちゃん」も飛び回る。


「…………」


 さらに後方では、ルカが不安そうにこちらを観察している。


「まったく、いいよね、若いってさ」


 シルバが両手を掲げ、構えをとった。しかしそれ以上は動かない。

 俺は注意深くヤツを観察する。やはり――攻撃の予兆はない。


 動かない。

 動かない。

 動かない。

 動か――


「――ッ!!」


 瞬間。

 目の前に、シルバの拳。


 今までと同じだ。全く予測を許さない突然の攻撃!

 やるしかない。エレナに言われた通り。俺は、ギフトの発動を念じた。

 意識の奥深くに沈んだものを探り当てるイメージ。

 さらなる力が欲しいと、深く、強く――。


 ――「神々の時計クロノスワークス」LEVEL.2〈オールフリーズ〉


 その時。

 ……いや。「その時」という言い方すら、正しいのかどうか。


 そこに「時」は、もはや無かった。

 すべてが停止した世界に、俺はいた。

 ありがちな言い方をすれば「時が止まった」というやつだろう。

 目の前のシルバの拳が、そこで止まっている。


 ……それだけではない。その拳がまとっていたであろう拳圧、風圧までもがそこで停止しているのがわかる。

 指先で軽くふれてみると、そこには確かに空気のかたまりがあった。

 なるほど。時間が止まると、こうなるのか――


「――ッ!?」


 突如。ズキンと、左目が痛んだ。

 エレナの言う通り負荷が違うのだろう。この「LEVEL.2」は長く発動できそうにない。

 俺は身体をずらすように動き、止まったままの拳をかわし、シルバの横に出た。

 どうやらこの状態では、俺もゆっくりしか動けないらしい。

 少し動くだけで、押し戻されるような圧力を感じる。

 これは……空気か。

 完全に停止した空気の中をかきわけていくのは、ほとんど水中を泳いでいる感覚に近かった。

 だが――俺から見てどんなにゆっくりだろうと、これはすべてゼロ秒の中の出来事。

 俺はシルバの真横にまで移動を終えた。

 そしてギフトを……解除、する!


 パ ァ ァ ン!


 空気のはじけるような音が響き渡る。俺がかきわけた空気が破裂した音だ。


「――!?」


 我に返ったシルバが目を見開く。だがそこに俺はもういないぞ!


「報いを……受けろっっ!!」


 渾身のハイキックを、シルバの頭部に叩き込む。

 俺はさっき……ゼロ秒の間に移動した。短い時間で移動するほど「速い」のだとすれば、このスピードは……なんと言えばいいか。


 つまり――言うなれば「速度が無限」なのだ。

 その「無限速度」が乗った打撃を、シルバは受けた。当然威力も、とんでもない。


「なっ……がァ……ッ!?」


 何が起きたのかもわからないだろう。シルバが倒れ込む。

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