第17話 「私はね。悪い奴らをブッ潰したい」(3)

 俺はいったん『神々の時計クロノスワークス』を解除し、三人目のほうを見た。


 このギフトは長時間使用すると、エレナほどではないが俺でもけっこう疲れる。

 こまめな調節がカギだ。必要ならまた発動すればいい。

 さて、次の相手は――


「ひっ……!?」


 だが振り向くと、もう戦う必要はなくなっていた。

 三人目の襲撃者――さっきアリサに防御された少女だ――は、もはや無理と悟ったのか俺に背を向けて逃げ出そうとしていた。


「あっ、待て……!」


 いくら戦意がないとはいえ、一般客を襲った悪人を逃がしてしまうのは問題だ。また同じことをしないとも限らない。

 俺は少女を捕まえるべく加速しようとした。

 だが――そこで状況が変わった。

 吹き飛んできたメイドが俺の目の前の地面に激突し、転がった。


「ぐあぁ……っ!!」

「アリサ!?」


 苦しげな悲鳴をあげたアリサはすぐに起き上がるが、よろけている。確かにあんなに激しく吹き飛ばされたら、操作者だって視界が激しく揺れてつらいはずだ。

 アリサはモップを杖に立ち、悔し気に言った。


「くっ……こんなところに『格上』が来るなんて、予想外もいいとこですわ……!」

「……格上、だって?」


 俺は耳を疑った。

 アリサは、アリーナの六位だ。つまり少なくとも、今現在アリーナに登録されているプロの戦神ストライカーであれば、彼女より上は五人しかいない。


 ゆらり、と向こうから影が近づく。男が一歩一歩前に出る。

 アリサの攻撃で割れたのだろう。彼の顔から、壊れたサングラスが落ちる。

 そうして露わになったその顔に――俺は見覚えがあった。

 驚いた。青い瞳に銀髪が特徴のアバター……彼の名は。


「『シルバ』……!」


 シルバ。あまり戦わないが、いざ試合をすると負けないことで知られる戦神ストライカーだ。

 現在のアリーナでの順位は――

 三位。

 現役のプロで三番目に強いとされている男がそこにいた。


「う、ウソだ。あのシルバが、こんな悪事に加担してるっていうのか……?」


 シルバは俺の言葉に答えなかった。

 彼の目は今、逃げ出した少女のほうに向いていた。


「――おおい、ルカ」


 ルカと呼ばれた少女は、一瞬びくっと反応しその場に止まった。


「は、ハイ……なんでしょか? シルバさん」


 少し震えながらも、おどけたように笑うルカ。


「ナンデショカ? じゃないっしょ」


 それにシルバもまた、飄々とした態度を崩さず声をかける。

 しかし彼の青い瞳は無機質で、どこか威圧的なオーラをたたえている――。


「任務は任務なんだから、ちゃんとやらんと……言われた通りにな。そういやオマエ、さっきも一般人を襲い損ねてたか?」

「あ、あはは……」


 力なく笑うルカ。確かに彼女は、一般人を襲う時はアリサに受け止められて、金やポイントを奪ったりもできなかったはずだ。


「おじさん、難しいコト言うつもりはないよ。『仕事はしっかり』それだけだ。失敗なんかしたら、何されるか・・・・・わからないんだしさ」

「うっ……! い、いやその、あたし、タイマン苦手ですしさ……あはは……」


 何されるか、という言葉を聞いた瞬間、ルカがいっそう震えた。そこに俺は何か違和感を覚える。

 だが敵は考える時間を与えてはくれなかった。


「そうか。まァ君は補助型だわな。わかったわかった」


 シルバが前に出る。


「しょーがないから、俺が頑張ろう。お前はそっからサポートしな」


 そしてシルバはゆらり、と両手を構える。

 それだけで、俺とアリサは動けなくなった。

 こいつから注意をそらしたら、やられる――!


「なるほど。君アレか、さっきアリーナで大暴れした少年か。そりゃあコイツらには荷が重い」


 シルバは構えたまま、お喋りを続ける。


「……というか、見た感じ、俺にも荷が重いかもしれんな。困ったわな」


 ふざけたようなことを口にしているが、相変わらず、こいつの青い瞳からは何の感情も読み取れない。


「いやあ参ったな。負けちゃうのかね、俺」


 まるで隙のない構えをとっているのに、殺気すら感じられない。

 ……っ。呑まれちゃダメだ。雰囲気の時点で呑まれたら、勝てるものも勝てない。

 こいつが何をしてくるかわからないなら、未来を視てしまえばいい。

 俺にはそれが出来るじゃないか……!


 ――『神々の時計クロノスワークス』!


 俺はギフトを発動した。そしてシルバを視界におさめる。

 何か、わずかでも動きの前兆が見えれば、そこから行動を読んでやる。

 どうだ。手か、足か。そうして俺が見た、シルバの少し先の未来は――


 またしても、不動。


「な……!?」


 この『神々の時計クロノスワークス』の、半分になった時間の流れの中でも、何の動きも見えない。

 コイツ、本当にお喋りだけを続けるつもりなのか――?


 と。

 思ったのと同時だった。

 突如、視界がふさがった。

 俺は眼前に拳を見た。至近距離にまで迫るシルバのパンチを――!


「……な、にィ……ッ!?」


 たまらずガードするが、後ろへ弾き飛ばされる。

 な、なんだと。こいつ……!

 予知にない動きをした!?


「お、当たった」


 シルバは変わらず、目は無表情なまま口元だけでヘラヘラと笑う。


「くそっ、何をしたんだ。手の内がわからない……!」


 シルバ。アリーナ三位の実力者。

 もちろん、俺もこいつの試合は何度も動画で見ている。

 ……それでも、わからないのだ!


 彼のギフトについては情報がない。何か使っているのだろうが、見た目には何をしているのかわからず、本人も決してそれを語らない。


「さて、次だ」


 シルバは一度、もとの構えに戻す。その時点でも俺には奴の「未来」が視えない。

 そして気が付くともう、動いている。


「――ぎゃんっ!?」

「アリサ!!」


 俺ではなくアリサを狙ったか。彼女はガードできずに蹴りを受け、吹き飛んだ。

 ……ちょっと、まずいな。

 俺の『神の眼』は、相手の動きを観察し、それを自分の中の格ゲー経験と照らし合わせて、最も可能性の高い選択肢を「先読み」するものだ。


 さらに『神々の時計クロノスワークス』によって周囲の時間の流れを遅くすれば、それだけ敵の動きをじっくり観察できるため、ほとんど「未来を視る」に近いことが出来るようになる。


 つまり、逆に――

 敵に、何の動きの予兆もなければ、その先を読むことはできない。

 どんなギフトを使ったのかわからないが、シルバはそういう動きをしている。

 まさに、神の眼おれの天敵ってヤツだ――!


「……くっ!」


 俺は攪乱するように左右に動きつつ、後ろに下がって距離をとった。予測できない動きをされても、攻撃が届かなければ取りあえずは大丈夫だ。

 さすがのシルバも、この動きにはついてこれない。『神々の時計クロノスワークス』発動中の俺は二倍の速度で動いている状態だ。

 そうして形勢を立て直し、スピードで翻弄すれば勝機はある。

 俺はそう考えていた……ところだったのだが。


「――やれっ! ビッちゃん!」


 後ろから声がした。女の子の声……そうだ、ルカという少女がまだいた。

 てっきり戦意を失ったと思っていたルカは、いつのまにギフトを発動していた。


「……びびびっ!!」


 全身からバチバチと火花をちらす、羽根の生えたハムスターみたいな生き物が、宙に浮いている。


「こ……これは!?」


 しまった。完全に意表を突かれた。

 シルバに押されて、後ろの警戒がおろそかだった。


「びびびびび!」


 ビッちゃん、と呼ばれた生き物は、フェイントをかけるように左右にブレながら飛び回った。

 ……速い! ギフト中の俺ほどではないが、軌道が不規則で読めない。

 これはルカが操っているわけではないだろう。この「ビッちゃん」が、自分で・・・動いているのだ。


 これは必殺系とも持続系とも、装備系とも違う。

 ほとんど所有者のいない、激レアのギフト。「召喚系」……!

 ビッちゃんは、旋回しながら体当たりを仕掛けてきた。俺は腕で受け止める。

 ――バチッ!


「うわっ!?」


 火花が弾け、俺はダメージを受けた。触れただけで!

 すると今度は、すぐ横に――


「よォし、偉い。よく隙を作った」


 声。シルバが再び、近くまで迫っていた。

 俺はその姿を視界におさめる。だがやはり未来は視えない!


「おらよ――食らえっ」


 シルバが、予知にない中段蹴りを繰り出す。

 俺は反射神経でギリギリでガードする。神の眼がなくてもこれくらいはできる。

 だが、蹴りが重い。吹き飛ばされると感じた俺は、自ら後ろに跳ぶことで衝撃を殺した。

 そして再び、敵から距離をとる。


「ふうー……」


 強い。

 得体の知れない動きをするシルバに、絶妙に邪魔な召喚獣のコンビネーション。

 ちょっと今までと同じことをしていても勝てなさそうだ。

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