第21話 新たな仲間と決意の茶会(2)

「ありがとう……シュウ。私も少し冷静になれたわ」

「うん」

「でも、そうだとすれば――えっと、ルカ?」

「はっ、はい」


 エレナが改めてルカのほうを向く。その目からは冷たさがいくらか失われていた。


「どうしてあんな連中と、一緒にいたの?」

「それは……簡単っす。あたしが、負けたから」


 ルカは思い出すだけでも恐ろしそうに話す。


「戦いをふっかけられて……負けて。『ダウン』状態になったとこを、連れ去られて」

「あいつら、そんな人さらいみたいな真似まで……!」

「気が付いたら暗くて広い部屋にいて。同じように連れてこられた人が、そこには沢山いたっす」


 驚いた。本当にどこまでも悪質なことを……。


「それから、アバターを色々調べられました……エンジニアみたいな人に。たぶん、あたしのギフトを……ビッちゃんを、解析したかったのかな。珍しいから……。それで」


 説明しながらルカは一度、心を落ち着かせるように息を整えた。


「それが済んだら、突然、人を襲ってこいって言われて……! 逆らった人は、目の前でダウンさせられて、金もポイントも全部奪われて。襲われた人たちみたいに……」


 わざわざさらってきたルカを、解析が済んだら、脅して前線に放り込んだのか。

 しかも、連れて退却することすらせず、捨て置いて帰った。

 まるで――もう用済みだとでも言わんばかりじゃないか。

 もちろん、そんなことはルカ本人には言えないけど。


「やっぱり……そうなのね。狙われてるのは、私だけじゃなかった……!」


 話を聞いたエレナはいっそう真剣な目になり、怒りをにじませた。

 ただ、その怒りはもはやルカに向けられてはいなかった。

 その怒りを、向けるべき相手は――。


「奴らが『召喚系』のギフトを欲しがったのは、間違いなく……あの男・・・のためね」

「――『金獅子・ゴルロワ』か」


 エレナと俺は、同時に確信した。

 ゴルロワ。

 エレナを狙っているという首謀者。

 シルバの去り際に、エレナがその名前を出した時、俺は驚いた。

 まさかあの「ゴルロワ」が関わっているなど、思いもしなかった。

 何しろ超がつく有名人だ。ゴルロワは……エレナより前にアリーナで「一位」だった男。

 K.T.Oキルタイムの初代チャンピオンと言っていい戦神ストライカーなのだ――!


 正直に言えば、もちろん俺も憧れていた時期がある。

 その彼のギフトは、ルカと同じく激レアの「召喚系」。

 全身から炎を噴き出す、巨大で俊敏な金のライオンを操るものだった。

 おそらく同じ召喚系のギフトを研究することで、自らのギフトの強化に役立てようとしたのではないだろうか。


「ふぅ。予想はしてたけど、ホントに『あの男』と戦わなきゃならないとはね」


 エレナはため息をつきながら髪をかきあげた。

 ん? 予想?


「……え。確信があったワケじゃないの? シルバにあんな堂々と宣言して……」

「カマかけてみただけよ。聞いてみなきゃ、当たってるかどうかわからないでしょ」

「えええ……」


 俺はちょっと驚いた。あの状況でたいした大胆さだ。

 このエレナという少女は時々……戦闘力とか技術力のほかに、常人離れしたものを見せることがある。


「とにかく……ルカ」

「はっはい」


 エレナはあらためてルカを見て話した。


「ごめんね、怖い顔して。あなたは……私の叩き潰したい『悪』じゃなかったみたい」


 なんとなくわかっていたが、エレナは、邪悪な意図をもつ首謀者をこそ「悪」としているようだった。

 エレナが「叩き潰したい」と言っているのは、そういう連中だということだ。

 そしてルカは、その「悪」ではない。


「だから……そうね。このまま解放して逃がしてあげても、いいかも」


 ようやくエレナは微笑みを取り戻した。

 はぁ、と横でアリサも安堵の息を吐いている。

 その場の空気が軟化し、俺もようやく少しほっとした。


 ちょっとは和やかな雰囲気になったかな?

 そう思ってルカを見た。

 のだが。


「――――っ!」


 少女は「解放」「逃がす」という言葉に反応し、よりいっそう肩をこわばらせた。

 ……なぜだろう? 違和感を覚える。

 ルカの唇がわずかに震える。まだ、何かに恐怖している。

 それで気が付いた。


「……エレナ、あのさ」


 俺は、時々。本当に、たまにだけど……。

 人の心が、読めているんじゃないかと思うことがある。


 俺は『神の眼』を持っていると言われてる。

 随分大げさな言葉だけど……要するに神の眼とは、戦っている相手の行動の先読みだ。

 相手が次に何をするのか、正確に予測することだ。


 でも、例えば一対一で向かい合って戦って、同じ局面になったとして。

 そこから何を仕掛けてくるかなんて、人によって違うに決まってる。

 自信家なら殴ってくる場面でも、慎重派ならガードや回避をするだろう。

 だから予測の内容は、相手によって変えないといけない。

 そう。相手の性格まで計算に入れないと、完璧な予測はできないのだ。


 俺は、いつのまにかそれが出来るようになっていた。

 たぶん俺は、対戦ゲームの経験を積むうちに、無意識に……「相手の心を読む」ことを身に着けていたのだ。


 もちろん「心の声が聞こえる」なんてオカルトチックなものじゃない。

 相手をよく「観察」して、そこから動きを「想像」する、ロジカルな能力。

 そこから俺は今、ルカと、それとエレナについて、想像できるものがあった。


「ひとつ提案なんだけど」

「ん? なに?」

「この子を……俺たちの仲間にできないかな」

「えっ……!?」


 その言葉に、ルカは驚くような反応をした。

 でも、肩の力はすとんと抜け、そして何かを求めるように、視線をこちらに向ける。


「い……いいんですか!? あの、その」

「そうしたほうが、いいような気がして」

「そ……その、本当に、いいんだったら……」


 ルカは安堵を隠し切れず、幼い顔を少しゆるませて言った。


「で、できればお願いしたいっす……!」


 少女は俺やエレナ、アリサをきょろきょろと見回しつつ、


「そ、その、あたし今……路頭に放り出されたら、何されるかわかんなくて! 任務は失敗するし、シルバさんには捨てられるし、なのに余計なことは知ってるから、また取っ捕まって、最悪BANされるなんてことも……!」


 すがりつくように、早口でぺらぺらと不安を吐き出した。


「きっと役に立ちますんで! かくまってもらえるなら、シュウさんは命の恩人っすよ……!」


 そうしてルカは立ち上がり、興奮したように目をきらきらさせて俺の両手をぎゅっと握った。


「え、ああ、うん、そこまで言われるとは」


 俺は一歩だじろいだ。

 だいたい予想通りだったけど、予想よりちょっと安心させすぎたみたい。


「ちょ、ちょっと、何を勝手に誘ってますの!?」


 隣ではアリサも驚いて怒りかけている。まあその反応もわからなくはないけど……。


「え、エレナ様……?」


 アリサが横目でエレナを見る。

 エレナはYESともNOとも言わず、じっと俺を見た。


「シュウ……あなた、本当に神か何か?」

「え?」

「いや、さっきまで敵だった人間の心を、こんな簡単に掴めるものかしらねって」

「いやあ。それはたまたまというか……とにかく、いいよね? 仲間」

「……悪くないわ」


 エレナは冷静さを保つように息を吐いて、


「それなら気兼ねなく洗いざらい喋ってもらえるだろうし……何より」


 そして、笑った。


「解放されたこの子が『悪』に狙われるなんて知っちゃったら、寝覚めが悪すぎるもの」

「…………!」


 ここでようやく、ルカの表情が完全に晴れた。


「な……なんすかここは? 聖人の集まりっすか!?」

「い、今まで悪人の集まりにいたからそう見えるんじゃないかな……」

「よ……よろしくお願いしまっす! よろしくお願いしまっす!」


 小柄な少女はあちこちにペコペコと頭を下げた。

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