第22話 新たな仲間と決意の茶会(3)

「うんうん」


 丸く収まったことで、エレナも満足げにうなずく。


「じゃあ、ルカ。さっそくなんだけど」


 そして、にこやかに切り出した。

 なんだろ。すぐに聞き出したい情報でもあるのかな?


「ハイ!」


 すっかり元気になったルカは勢いよく返事する。


「上の階にいた三人は見たわよね?」

「ハイ! メイドさんでした! かわいいっす!」

「そこにいるアリサも見えるわよね?」

「ハイ! メイドさんです! かわいいっす!」


「よろしい。では」

「ハイ!」

「あなたも着替えましょうか」


 ここで連続していた会話が、一度途切れる。


「……ハイ?」

「制服ってわけじゃないけどね。敵に狙われるなら、同じ服のほうが目立たなくなるし」


 エレナはうっとりと目を細め続ける。


「それに……きっとあなた、すごく似合うと思うの……。ボーイッシュな見た目と清楚なメイド服のギャップ……そこには可能性があふれているわ……」

「は、ハイイイイ?」


 急に口数が多くなったエレナは目を血走らせている。ルカがうろたえる。

 横でアリサが、「また始まった……」という顔をしている。

 えっ。もしかして、ここの女の子がみんなメイド服を着ているのって。

 ――エレナの趣味か!


「大丈夫! 服はこちらで用意するわ! アバターの着替えなんて五秒ですぐよ!」

「あ、あの、コレ断れないヤツっすか!? 何とかならないっすか!?」


 なんということだ。

 俺の信じていた女神さまが……おっさんみたいに鼻息荒く、年下の少女に手をかける!


「か……解釈違いだァ……」


 さすがに俺も呆然とした。


「え、エレナ? 服装くらい自由にさせてあげてもいいんじゃないの!?」

「そ、そうですわエレナ様! メイドならわたくしがいますし! こんなコに惑わされないで!?」


 結局、俺とアリサがなんか止める形になり、ルカの服装は守られた。

 エレナは不服そうだったけど。




「――さて。落ち着いたところで」


 エレナと俺、四人のメイドさんとルカがテーブルを囲む。


「今後の私たちの動きを考えるにあたって、ルカには色々教えてもらうわ」

「……ハイっす」


 そわそわしながらルカが返事した。

 が、エレナはもうすっかり真面目なモードに戻っている。


「まずは、あらためて私の目的を宣言しておきます。みんなもよく聞いて」


 エレナは毅然とした表情で、その場のメンバーを見渡した。

 そして、はっきりと言った。


「このゲームには、『悪』が巣食ってる」


 ……悪。

 エレナは一貫して、この分かりやすすぎる言葉を選んでいる。


 ゲームにおいて悪とは何か……? なんて、考えたらキリがなさそうな話ではあるけれど、確かに俺もその実例はこの目で見た。

 K.T.Oキルタイムは、バトル中心のゲームとはいえ、楽しみ方がそこに限定されてはいない。

 ただオシャレを楽しんでる人もいれば、理想のアバターの姿となって歌や踊りで活動してる人もいる。

 何もせず、アバター同士で友達を作ったり、恋愛したり、ただダラダラとたまり場でトークしてるだけの人もいるくらいだ。


 そういう人たちを、ヤツらは暴力で襲う。

 強制的にバトルして殴り倒し、金やランクを奪っていく。


 それは、他のゲームにおける、いわゆるPK(プレイヤーキラー)行為とは違った意味を持つ。

 ここは……K.T.Oキルタイムはもはやひとつの世界なのだ。経済がこの中で成立している。

 生活がこの中だけで完結してる人もたくさんいる。

 そこで貯めたものを奪われるということは『第二の人生』を失うということ。


 人から、人生をひとつ奪うということなのだ。

 いかなる目的があったとしても、それはここでは悪と呼ばれるものだ。


「その悪はね、なぜか『運営』にも対処されてない――いや、されるワケないの。だって、『運営』とも結びついてるんだから」


 エレナは悲しげに言った。言われてみれば、運営に咎められてもおかしくないのに何もないということは、そうなのだろう。


「だから――私が叩き潰す」


 彼女はそこで語調を少し強めた。力が入っている。


「私は正義の味方じゃない。裁判官でもない。私には何の権利も権限もないわ。罪を裁くことなんて出来はしない」


 でも――、と、彼女は意思の強い瞳を輝かせた。


「ただ個人的に、私が悪いと信じるものを……この最高のゲームから『楽しさ』を奪う連中を、倒したい。それだけだから」

「はは……血の気の多い天使だなぁ」


 つい、俺は苦笑いした。天使と呼ばれているのに、なんとまあ暴力的な。


「ふふふ。私は純粋で真面目だから、容赦ないの」

「モノは言いようだなあ……!」

「みんなも、自分が正しいと思うもののために戦えばいいわ。そして、それが私と同じだったら――力を貸して」


 そう言ってエレナは笑った。するとすぐにアリサが反応した。


わたくしにとっての正義はエレナ様ですから!」

「うん、もちろんそういう考えもアリよ~。よしよし」

「でへへ」


 うおお。あっという間にシリアスが崩れた。

 過激な目標を持っていながら、ずっと緊張しているわけでもない。確かに、それでは疲れてしまう。

 だからまあ、そういうのも、このチームのいいとこかもね……。


「で……それを前提としてね。私がここしばらく、『悪』じゃないかって目星をつけていた存在がいるの。それが……」

「『金獅子』ゴルロワ、か」

「そう」


 俺の返事にエレナが頷く。


「もともとアリーナで一位だった戦神ストライカーなのに、私が勝ち上がったころには引退してた。表向きは、スキルを開発・販売する事業に専念するため、ってことになってるみたいだけど」

「そうだよ。ゲーム内で会社経営してるんだよな。立派な人だと思ってたのに」


 実際ゴルロワは、健康的で爽やかな青年アバターで、アリーナで活躍してた頃も印象がとてもよかった。

 笑顔が印象的だったし、ファンも多かった気がする。

 が、アリサなんかは意見が違ったみたいで。


「そーぉ? 前からうっさんくさい男だと思ってましたわ」

「ねー。なんか作り物っぽい笑顔だったし。というかまあ、実際うさんくさかったのよ。不自然なこともいくつか起きてたし」


 エレナは説明を続ける。


「……不自然なこと?」

「彼のライバル企業に所属するプレイヤーが、次々に襲われたの。……たぶん、さっき見たみたいにね」

「…………!」


「まあ、ただの噂だったんだけどね。正式なニュースとしては流れてないし、しばらくは事実かどうかわからなかった。でも……その少し後に、私自身が襲われたから、もしかしてこれはマジかなって思って」


「そうか、それで……」

「もちろん、私は『運営』に通報もしたわ。でも『調査しておきます』みたいな、適当な返事しかこないの。そりゃそうよね、癒着してるんだから」


 エレナはふん、と不満そうな息をもらした。


「で、シルバの前で名前を出してみたら……本当にそうだった。とりあえず倒すべき相手が、はっきりしたわね」

「あの成金野郎、化けの皮はいでやりますわ!」


 エレナに同調するようにアリサもふんふんと気合を入れるのだった。

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