第23話 新たな仲間と決意の茶会(4)

「でも――その話が本当なら、敵は運営とも関わりがある……ってことなんだよね?」


 俺は心配になって聞いてみた。「運営」は、その名の通りゲーム内においては絶対の権力を持っている。

 K.T.Oキルタイムを国に例えるなら、運営の人々は政治家であり警察だ。


「やつらの襲撃がゲームニュースに流れないのも、通報しても対処されないのも、運営に揉み消されてるから……だよね」

「うん、そう考えて間違いないわ」


「俺たちも今は、襲われたのを返り討ちにしてるだけだからいいけどさ。表立って奴らに反抗したりしたら……運営まで敵に回すってコト?」

「ふふ、もしかして恐い?」

「か、考えといたほうがいいことだろ」

「まあ、ね」


 エレナは俺を安心させるためなのか、にへへ、と笑った。


「私もね、アリーナ一位だった頃には、声をかけてくる運営の人って、何人かいたのよ」

「そうそう、さっすがエレナ様!」

「でしょ~。有名人だったし? で、その時にわかったコトなんだけどね」


 エレナは、すがりついてくるアリサの頭を撫でつつ、


「運営も、一枚岩じゃないの」

「……というと?」

「くっだらないわよね。派閥みたいなもんがあるのよ。私を誘うのに、『運営に入りませんか』じゃなくて『自分の傘下に入れ』って言い方をするの」


「なんか……夢がないなぁ」

「運営も人間ってことよね」


 エレナは悟ったように遠い目をして、つぶやいた。


「つまりね。ゴルロワに味方する『運営』がいたとして、それは運営のすべてじゃない。せいぜい一つの派閥よ」

「なるほど」

「一つの派閥が、おおっぴらに一ユーザーを贔屓したりしたら、他の派閥が黙ってないハズ。だから例えば、私たちがいきなり運営権限でBANされて永久追放とか、そういうことは無いの――」


「……待って」

「え、何よシュウ」


 俺はそこでエレナの説明をさえぎった。

 全体的には納得できる内容だった。よくわかった。

 でも――最後の部分に違和感を覚えた。


「ねえルカ。さっき言ってなかったっけ」

「え? あたしっすか?」

「ルカが俺たちの仲間になれなかったら……『BANされるかもしれない』って」

「あ」


 ――「そ、その、あたし今……路頭に放り出されたら、何されるかわかんなくて! 任務は失敗するし、シルバさんには捨てられるし、なのに余計なことは知ってるから、また取っ捕まって、最悪BANされるなんてことも……!」


 ルカはそう言っていた。

 単にビビりすぎかと思ったが、エレナの話を聞いた後だと……ある可能性がよぎる。


「ゴルロワは……特定のユーザーをBANできるのか!?」


 BAN、つまりユーザーアカウントの消去。

 K.T.Oキルタイムからの永久追放。


 ユーザーに対する、最上級の罰。このゲームにおける死刑。

 これは運営のみが持つ権限だ。ゴルロワ本人ができるはずがない――普通なら。


「…………」


 でも、ルカはそれを恐れていた。


「……最悪、ありえるって話っす」


 ルカはじっと下を向き、恐る恐る口を開いた。


「シルバさんたちから聞いた噂っすけど。ゴルロワ……さんは、社会的地位もあるし。しかもめちゃくちゃ強いし。運営の人から気に入られてて」


 まあ……それはそうだろう。


「しかも、あたしたちが『襲撃』して、一般人から集めた金を、運営の人に渡してて……!」

「えっ」


 俺は声を詰まらせた。ここまでの話の流れなら、ありえない話ではない……でも、信じたくなかった。そのくらい、汚い話。


「それでゴルロワさんは、功績を認められたっす。だから、おそらく……確か、二日後くらいに……」

「まさか」


 エレナが、つい口から言葉を漏らした。

 俺も同じ可能性が思い当たった。あまり、考えたくない可能性。

 つまり。


「はい。ゴルロワさんは、『運営』のメンバーになると見られてるっす」

「…………!」


 思わずエレナは口を押さえた。


「やられた」


 そしてはっきりと口にした。

 膝の上に置いた手が震えている。痛手、なのだろう。


「運営でないなら……ゴルロワのやってる襲撃なんて、チンピラが暴れてる程度のものよ。少しくらい運営が揉み消すことはあっても、私たちがゴルロワを倒してしまえば……運営はゴルロワを見捨てる。そう思ってた」

「エレナ様……」


 アリサが心配そうにのぞき込む。エレナは胸を押さえ、少し苦しげに続けた。


「でも、ゴルロワ自身が『運営』になっちゃったら……まず、戦わせてすらもらえない。逆らおうとしたら……運営権限でBANされる。みんな、あいつの言いなりになるしかなくなる……!」


「……っ、そんな! やられっぱなしじゃないか」

「予想よりずっと早かったわ。こんなことになるなんて……」


 エレナがぎり、と歯を食いしばった。悔しさがにじんでいた。

 その場の全員が、黙り込む。

 俺も何と声をかけていいかわからなかった。

 二日もすればゴルロワは「運営」サイドになる。


 おそらく奴らはまたエレナを狙って襲撃してくる。

 逆らう者はBANされ、抵抗すらできないままエレナは奴らのもとへ捕まってしまう。

 あと二日もすれば――。


「二日……」


 無意識に俺は、その単語を口にしていた。

 エレナが反応して顔を上げる。


「二日以内、ならば……」


 アリサとルカも、こちらを見た。


「それまでに、ゴルロワを倒せれば……!」

「なっ……何言ってるのよシュウ」


 俺は「可能性」を口にする。まだすべてが終わったわけじゃない。


「エレナ、言ってたじゃないか。今ならゴルロワはまだ、ただのチンピラなんだろ。今倒せば、BANはされない」


 それはただの、可能性だ。現実的かどうかなんてわからない。

 ただ、可能性は残っている。まだ、残っている


「ど、どうやって戦うのよ。奴らの居場所だって……」

「いや、それもなんとかなるかも……ねえ、ルカ」


 俺はルカを見下ろした。小柄な少女はぴくっと反応した。


「ゴルロワのいた場所、覚えてるよね?」

「はは……そりゃさすがに、わかるっすね……」

「そう。場所もわかる」


 状況が整っていく。俺は口に出して確かめる。


「二日後がアウトなんだとすれば、チャンスは明日だけ。明日……奴らの居場所を特定して、ゴルロワと戦って……勝てれば……!」

「ちょ、ちょっと」


 エレナが口を挟む。何か言いたげだが……しかし。


「それしか、ない……よね?」

「……奴らのところには、あのシルバだっているのよ。しかもゴルロワは、さらに上。それに勝たなきゃいけない」

「そうだ。勝たなきゃいけない。それしか方法がない」

「――はぁ」


 それに対してエレナは、ため息ひとつ。


「シュウって、もっと慎重なタイプかと思ってたけど」

「いや、まあ、それはその通りなんだけどね……。正直怖いし、自信だってそんなにあるワケじゃないし、シルバやゴルロワなんて、今までは戦うことすら考えられなかった雲の上の存在だし……なんなら昨日までは、ちょっと憧れてたし」


 俺は頭をぽりぽり掻きつつ、苦笑いした。


「……でも。でもね」


 しかし。それでも、恐怖に勝る感情がある。今の俺にはある。


「さすがに、ちょっと、怒ってるんだよ……こう見えて」

「……え?」


K.T.Oキルタイムは本当にすばらしいゲームなんだよ。ここで暮らしたいくらい見事な世界なんだよ。それだけのものが完成しているんだ。久しぶりにログインして、わかった。やっぱり俺はここに来れてよかった! ……それなのに」


 俺はこのとき、握った拳が震えるって経験を、初めてした。


「なんでわざわざこの世界を台無しにするんだよ。それも……この世界を作ってる、運営側の人間が。なんか……それが悲しくて、許せなくて」

「……シュウ」


 エレナは一度目を伏せた後、あらためてこちらを見る。俺はその目を見返す。


「そうだったわね。ごめん、私が初心を忘れるとこだったわ」

「エレナ」

「現実ばっか見てると、衝動を見失うからよくないわね!」


 エレナの目が、変わった。瞳に宿す光が強くなった。


「シュウ。『俺はここに来れてよかった』――そう言ってくれて、嬉しいわ。だって」


 彼女は笑った。


「私、やっぱりここが好き」


 それは、俺を連れてきた時に、彼女が言った言葉。


「うん。俺もだ」

「ふふ。……だから、もう一度言うわ」


 エレナは仰々しく手を前に出して、指を一本立てた。


「私と一緒に――『この世界ゲーム』をひっくり返さない?」


 俺にもようやく、その意味がわかった。彼女が相手にするもの。それは。


「くだらない襲撃をする連中も。ゴルロワも。そいつらから金を受け取るような運営も。全部全部。私は……悪を叩き潰す。最高のゲームを取り戻して、もう一度最高にする」


 エレナの綺麗な瞳に、意思がみなぎっているのを感じる。


「いずれやるつもりだったもの、それが明日になっただけよね」

「ああ。やろう」


 俺はうなずいた。


「エレナ、俺を……勝たせてくれ。最強に、してくれるんだろ?」

「そういえば、そう言って誘ったんだったわね。私は――」


 彼女は確かめるように言った。


「あなたに力を与える、女神様なんだから」


 ――そうして俺たちは覚悟を決めた。

 決戦は、明日。

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