第24話 世界の裏側、あるいはその頂点で

 シュウたちが決意を固めた地下アジトから、少し離れた場所。

 K.T.Oキルタイムの世界でも最大の都市部、その中心街。

 そこにひときわ高くそびえるビルがある。


 人々はそこを「金獅子城」と呼んだ。

 城とはいうものの、あくまでここは巨大ビル。

 しかしそこが、ある男の支配する城のようなものであることを、誰もが知っていた。


 ――『金獅子』ゴルロワ。


 元・アリーナ一位の戦神ストライカーにして、今はスキル販売会社の社長。

 ……というのが、表の顔。

 その裏で行われていることを、知っている者はほぼいない。


「……ククッ、ククク」


 階下を見渡す吹き抜けのバルコニーで、その男は笑いを漏らす。

 長身のスーツ姿。K.T.Oキルタイムの誰もが知る憧れの有名人。

 しかし今、彼の表情……その歪んだ笑みだけが、人々の知るものと違う。


「――笑いにも、種類があるんですね」


 コツ、と靴の音がした。

 ゴルロワの後ろから話しかけた男がいた。


「シルバか」

「すみません、戻りが遅くなりまして」


 話しかけた青い目の男――シルバは、適当に形ばかり頭を下げる。


「笑いの種類とは、どういう意味だ?」

「いや、レアなもん見たなと思いまして」


 ゴルロワの問いに、シルバはニヤニヤと返した。


「いつも、皆さんの前で貼り付けてる笑みと違うでしょ、その『ククク』は」


 その飄々とした物言いに――ゴルロワの目が鋭くなる。


「悪いね。私は本来、あまり品が良くないんだよ。成り上がり者なんでな」

「なるほど」


 ゴルロワは、視線を階下に向けたまま動かさない。

 階下の広間では――戦闘が行われていた。一対一の。

 そこは、あの「アリーナ」を模した空間だった。ビルの中とは思えぬ造りだ。


「また賭け試合ですか」


 シルバがまた口を開く。


「そのまま賭け試合、と呼ぶと品がないのでね。私は『真剣勝負シリアスファイト』と呼んでいる」

「……アナタは品がないんじゃなかったので?」

「表向きは、品があることにしてる」


「左様で。楽しいですか?」

「クク、ク……そりゃあ楽しいさ」


 ゴルロワは歪んだ笑みをこぼした。


「彼らは人生を賭けてるんだ。クハハハ、負けたらBANだぞ、BAN! ゲームの中でしか金を稼げない、それしか能のない戦神ストライカーが、世界ゲームを追い出されるんだ。そりゃア必死にもなる。楽しいぞォ、無様でな。負けそうになるほど笑える動きをする!」


「……なるほど、そいつは品がない」

「あァ?」


 愉快そうに笑っていたゴルロワは、その瞬間、一変して後ろを振り向いた。


「人に言われると腹が立つモンだな。なァ、シルバ。お前、任務失敗しておいてよくそんな口が聞けるなァ? 『不可視の天使インビジブル』はどうしたんだ」

「報告は上がってるでしょう。厄介なガキがいたんですよ」


「そういう邪魔者を倒すために大金でお前を雇ってるんだろうが。仕事しろよ、なァ」

「……俺でも倒せないレベルの厄介なガキが、いたってことです」


 シルバは馬鹿正直だった。ゴルロワはそれを不服そうに睨む。

 ゴルロワは一度息を吐いて自らを落ち着かせ、会話を続けた。


「――それで私が納得すると思っているのか」

「言い訳のネタがないもんで。素直に話してみました」

「お前のそういうところは嫌いだよ。次、下で私と戦ってみるか? なァ」

「そりゃあ勘弁してくださいよ」


 シルバが一歩下がった。

 彼は――アリーナ現・三位の強者は、当然のように言い切った。


「勝ち目がゼロですから」

「わかってるじゃないか」


 ゴルロワが頷いた。シルバは肩をすくめる。


「で。そいつらはここへ来るのか?」

「はい。たぶん明日にでも」


 話題が移った。彼らは「厄介なガキ」がここへ来ると認識していた。


「ルカのやつが逃げそびれまして。この部屋の場所がバレます」

「まったく、ギフトのデータ以外は役に立たない愚図だったな」

「すみません、俺の不手際ですな」

「ああ、その通りだ。だから」


 ゴルロワは階下へ視線を戻し、シルバに背を向けた。


「ガキどもはお前で始末しろ。ここまで来させるな。私の手を煩わせるなよ」

「……承りました」

「とりあえず『ダウン』させておけ。人をBANするのは楽しいが、そのたびに運営のジジイに頭を下げるのは耐えられん。あと二日もすれば、私自らBANしてやろう。クハハ、第一号だ!」

「楽しそうでいいですねえ」


 言いながら、シルバはバルコニーを後にした。

 金払いが良いからと雇われたが、やはりこの雇い主は趣味がよくない。


「参ったねえ。俺より強いガキがいるってのに」


 シルバはビル下層へ向かいながら、どうやってシュウを迎え撃つか考えていた。

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