第25話 決戦を遊ぶ(1)

「ここが……金獅子城」


 俺とエレナ、アリサ、そしてルカの四人は、都市部の巨大なビルの前にきていた。

 目の前で見ると、想像していたより遥かにでかい。


「このビルがゴルロワのオフィス……ってのは知られてるのよ。問題は、警備も厳重で、中も迷路って言われてること。ゴルロワと面会にきた人間が、帰り道がわからなかったっていうくらいなのよ?」


 エレナが慎重にあたりを見回しながら言う。「エレナ」とバレないよう、丈の長いローブを着た変装姿だ。


「だから、このビルはわかっても、奴の居場所はわからない……ずっとそうだったんですのよ!」


 アリサが強調した。ゴルロワは、なかなか用心深い相手のようだ。


「大丈夫っす!」


 が、ぴょこんと立った小柄な少女が、どんと胸を叩いた。ルカだ。


「あたしたちは……ゴルロワさん……じゃないや、あんな奴、もう『さん』じゃないので、ゴルロワの! 部屋までのルートに目印があるのを、教わってるっすから」


 たった一晩で、ルカはすっかり俺たちの味方になってくれた。

 元々ゴルロワのやり方が嫌だったのもあるんだろうけど。

 臆病さが目立ってた昨日と比べて、彼女の本来の明るさみたいなものが見えてきて、ちょっと嬉しい。


「とりあえず、最初は正面のエントランスから入って大丈夫っす。隠しエレベーターにご案内しますんで」

「そっか。ありがとう」


 俺はルカに続いて歩きながら、聞いてみる。


「ルカがやる気出してくれて、本当によかったよ。昨日の今日だしさ」

「いえいえ! シュウさんは仲間に入れてくれた恩人っすから」

「恐く……ない? 何しろ相手はあのゴルロワだからね……」

「へ? そそそそそりゃもう、よよよよ余裕っす!」


 怖いかと聞かれた途端、ルカの口調がガッタガタになった。

 あー……我慢してただけか。まあ、そりゃそうだよね。


「ままままま負けないですよねシュウさん!? 負けないでくださいね!?」

「ま、まあ頑張るよ……。ゴルロワは許せないし」

「でででで出来れば二秒くらいでお願いしたいっす! 長引くと心臓がもたないので!」

「に、二秒は苦しいかなあ……!!」


 俺は苦笑した。うーん、この子を安心はさせてあげたいけど……。


「ちょっと、シュウ」


 俺がどうしたものかと首をひねっていると、エレナが肩をつついてきた。


「ごめん、突入する前にひとつ、伝えておくことがあるの。……あなただけにね。ちょっと離れたとこで、いい?」

「あ、ああ」


 俺はエレナに言われるがままにその場を離れる。ルカはブルブルと震え、アリサに抱き着こうとして、引きはがされていた。

 が、頑張らないとなあ……。




 そうして、すべての準備を整え。

 俺たちは、やや緊張しつつ金獅子城のエントランスロビーへ侵入した。

 ここは一般人も訪れるエリアだ。まだ安心である。

 ……はずだったのだが。


「……?」


 まず、エレナが違和感に気づいた。


「おかしい、ですわね」


 アリサも同調した。


「えっ? あれ……いつもと……」


 ルカが疑問を呈する。最後に、俺がその違和感を言葉にした。


「静かすぎる」


 誰もいない。

 ここは普段なら多くの人が往来する場所だ。不自然すぎる。

 だだっ広いロビーに、しんとした空気。

 不気味にもほどがある。俺はあたりを見回す。


 ――空気の、動く感触がする。


「…………っ!?」


 俺は咄嗟にガードした。防御が、必要だった。

 鋭い蹴りが上空から襲い来た。

 バカな……どこから? 上を見る。天井からか!

 ドッ、と鈍い音。同時に蹴りの主が口を開く。


「……あーあ」


 どこか気の抜けた、残念そうな声。


「今ので仕留められれば、楽だったのにねえ」


 エレナたちが急いで身構える。

 襲撃者はそれに応える様子もなく、やれやれと頭を掻いた。

 相変わらず、飄々として雰囲気が読めない。

 俺は相手の名を呼んだ。


「――シルバ」

「どうも」


 奇襲に失敗しても表情の崩れる様子がない現・三位の戦神ストライカーは、うっすらと笑いながら着地した。


「完全な不意打ちの、最初の一発で、一番やっかいな奴を潰す――完璧な作戦だと思ったんだけどな」

「あまりに静かすぎたんで、ギリギリ警戒できたよ」

「あー、一般人を排除したのがマズかったと。ま、反省は今後に活かそうかね」


「……俺たちが来るのが、わかってたっていうのか」

「そのくらいの想像力は働かせないと、悪の組織ってのは務まらねぇもんで」

「……っ」


 こいつ、自分を悪の組織と言い切った。

 自虐だろうか。自分のやってることが悪いと知っているのだ。


「悪事とわかった上で……あんな暴力を命令してるのか」

「まあ常識的に考えれば、悪いよな。キミタチも『悪』って言ってただろ?」

「じゃあなんで、そんなことを……!」

「いいねえ、善悪に素直で。おじさん羨ましくなっちまうな。正義の味方かい」


 言いながら、シルバは後ろに飛びのいて距離をとる。


「正義なんかじゃ、ないよ」


 俺はまっすぐ対峙して言った。

 エレナの言葉を思い出す。


 ――「『正義』なんてものがいるかは、わからないわ。多分いないかも」

 ――「でも『悪』はいる。本当にいるの」


「俺は……俺たちは」


 今ならわかるよ、エレナ。こいつらに心の底から怒りを覚えた今なら。


「ゲームから『楽しさ』を奪う奴を。許せない奴を、ぶっ倒しにきただけだ」

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