第26話 決戦を遊ぶ(2)

 シルバを睨む。ぴり、と空気が震える。


「……シュウ」


 後ろから、エレナのつぶやく声がした。

 彼女はうつむいて、ローブの下の口元だけですこし笑っていた。

 なんだろう、ちょっと嬉しそうだ。


「…………ふむ」


 対して、シルバは。

 睨む俺から視線をはずした。響いたのか、響かないのか。

 男は首だけで後ろを向いた。そして、その方向へ呼びかけた。


「だ、そうです」


 ん……? 誰かいるのか?

 このエントランスロビーは吹き抜けになっていて、二階からも俺たちの場所が見下ろせる。その二階に、人影が立った。

 人影は威圧的に言った。


「くだらん。それ以外に感想はない」


 見たことのある顔だった。画面越しには何度も見た有名人。

 ルカがびくりと震えた。アリサが険しい顔でモップを構える。

 そしてエレナが、怒りをあらわにして相手の名を呼んだ。


「ゴルロワ…………!!」

「まったく、わざわざ見に来るんじゃなかった」


 その男……ゴルロワは、不機嫌そうに顔を歪めた。

 いつもの、大衆に向けた笑顔とは明らかに違う。隠す気もないようだった。


「一発でそのガキがくたばったらスカッとするかと思って、貴重な時間を割いたんだろうが。なァシルバ」

「すみませんね。ホントに強いんですよ、そいつ」

「言い訳は聞かん。お前は今の奇襲で結果が出せなかった、それが事実だ」


 ゴルロワはあきれたように吐き捨てる。

 そこへエレナが、我慢できないというように叫んだ。


「ゴルロワ! あなた、自分のしてることがわかってるの!? 自分が一位にまでなったゲームを、自分で壊すようなマネをして……!」

「フン」


 が、この男はまるで興味がなさそうに一蹴する。


「弱者の泣き言は聞き飽きた」

「こ……の……!」

「シルバ、後はうまくやれ」


 この野郎……エレナには取り合わず、命令だけを下している。


「はいはい」


 シルバが答えた。戦うつもりか?

 俺は目の前の男に視線を戻した。シルバが腕を前に出す。俺は警戒を強める。

 視界の端で、何かがキラリと光る。


 ――え?


 ヒュオ、と、風が切り裂かれる音を俺は聞いた。

 遅れて、それが矢であることを、なんとか動体視力でとらえる。

 考える暇はなかった。普通のスピードではこの矢に対処できない!

 俺はギフトを発動する。


 ――「神々の時計クロノスワークス」LEVEL.1〈コンセントレイト〉


 時の流れが遅くなる。ようやく、俺は飛来する矢をしっかり見た。

 その軌道は、俺を目指していない。狙いは……!


「――エレナ!!」


 俺は叫び、ギリギリで矢を叩き落した。キィン、と硬質な音が床を跳ねる。

 そして即座にギフトを解除。使いすぎはよくないと、俺は経験から学びつつあった。特に今日は、ゴルロワを倒すまで万全で戦い続けなければならない。


「シュウ! ……ありがと」


 狙われたエレナが礼を言う。だが答えている暇はない。

 矢を放ったのはシルバではない。ゴルロワでもない。

 ザザ、と音がして、ロビーに新手の戦神ストライカーが三人、現れた。

 シルバが笑う。


「これで四対四、かな?」

「くそっ……なんで、あんなのに従う奴がこんなにいるんだ……!」


 俺が吐き捨てると、上からクハハ、と笑い声がした。

 ゴルロワ。ますます歪んだ笑みを浮かべて、見下ろしている。


「そいつらは『負け犬』だからなァ。人生を賭けた『真剣勝負シリアスファイト』に負けたんだ。本来ならBANを待つだけの身だが……」

「『真剣勝負シリアスファイト』……?」


 聞き慣れない単語だ。賭け、だって?


「まだそんな、汚い遊びをしてたのね……!」


 エレナがそれに反応した。


「金をエサにして、人の人生を食い物にして!」

「チッ。キャンキャンと五月蠅い。技術は欲しいが口はいらないな」


 やはりゴルロワはエレナを相手にせず、下の三人に呼び掛ける。


「『天使』を連れてこい! 他はいらん。成功したらBANは考え直してやるかもしれないぞ! せいぜいもがいてみろ! ハハ、ハハハハハ!」

「なっ……!」


 ゴルロワが笑う。命令された三人は無言で、俺たちを囲むように動く。

 まるで自分の意思などないかのように。

 他に選択肢などないかのように。


「そういうことだ。まあ俺たちと遊んでもらいますよ」


 シルバが構えたまま言った。

 ゴルロワは背を向けて去っていく。俺たちは、あいつに興味を持たせることすらできない……!


「……どけよ」

「無理ですな」


 短い会話。結果は決裂。シルバはあくまで命令に忠実だった。

 ここは戦って、押し通るしかない!

 俺も構える。アリサやルカも戦闘態勢に入った。


 ――シルバは四対四と言ったが、実際は違う。

 エレナはぎゅっと、悔しそうにローブの端を握った。


 体調の問題がある。彼女を戦わせるわけにはいかない。

 かといって、それを相手に悟らせるわけにもいかない。

 エレナを集中的に狙われるのが一番まずい。

 だから、俺が前に出る。


「いくぞ」


 ざわ、と空気が波立つ。その場の全員が殺気を交わし合う。


「一気に決める……!」


 俺たちは。ここに突入する前、作戦を決めていた。

 戦いになった時、どう動くか。

 エレナは戦えない。敵にはシルバという、飛びぬけた強者がいる。さらに、その他に何人いるかもわからない。


 その状況で最も早く確実に勝つには、どうすればいいか。

 まだ出会って日も浅いメンバーだけど……それぞれの力を活かす戦い方というものは、ある。


「覚悟しろ!」


 まず、俺がシルバに仕掛ける。

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