第8話 神々の時計(3)

「ギフト……! 俺に……ギフトが……!?」


 この時の俺の感情を説明するのは難しい。

 喜び、驚き、混乱、心がバラバラにあちこち動いて、グルグル回った。

 ……何より敵は、感慨に浸る暇など与えてはくれない。


「――何だ!?」

「見つけたのか!」

「一人やられただと!? 奴は消耗していたハズ……」


 残る敵は三人。あっという間にこちらへ集まってくる。

 くそっ、路地から出るしかない。動けないエレナを狙われたら終わりだ。

 ――襲撃者の視線が、俺に集まる。


「……何だ? 自分から出てきたぞ」

「『不可視の天使インビジブル』だけ逃がされたか? それなら追わなきゃならんぞ、面倒臭ぇ」

「なら、そいつを捕まえて尋問すりゃいいだろ。人質としても使える」

「なるほど、確かに」


 彼らはそのように会話をかわし、それから俺に呼びかけた。


「おい、お前。『天使』を渡せ」


 高圧的な態度だ。俺は目をそらさず、言い返してやる。


「言われて渡すと思ってるのか? ……突然襲ってくるような奴らに?」


 ――正直、虚勢だ。

 敵はカチンときたようで、怒り混じりの笑いを浮かべた。


「あァ!? ……ハハハ、おいおい。随分ナメた口をきくじゃねーか」

「『天使』の後ろで棒立ちしてたガキが。調子に乗るなよ」

「お供のザコが、まさか三人相手にやるつもりかァァ?」


 三人の敵が身構えた。来る。


「「「ぶっ潰してやるぁァァ!!」」」


 やるしかない。俺が。もう一度……!

 そして俺は、ギフトの発動を念じた。


 ――「神々の時計クロノスワークス」LEVEL.1〈コンセントレイト〉


 その瞬間。時の流れが鈍化した。

 周囲のすべてが、スローモーションで動く。


「な……るほど」


 俺は地面を蹴って駆け出す。ゆっくりな景色の中、俺だけが普通に動く。

 俺の身体の周りには、プログラムコードのような、不可思議な文字の羅列が走り抜けていた。

 それは超速で駆ける「不可視の天使インビジブル」エレナと、まったく同じエフェクト。

 まさに俺だけが今、世界の時の流れから切り取られた存在――!

 三人の敵は、俺が動いたことを察知し、それぞれに動き出している。

 その姿を視界に入れた瞬間。

 俺は、未来の景色を見た。


「これは――!」


 一人目は双剣を抜き放ち、十字斬を繰り出す。

 二人目は全身を岩で覆い、ゴーレムに姿を変える。

 三人目は竜人だ。大きな口からファイアブレスを浴びせる!


 もちろん、今こうなっているワケではない。俺が実際に見たのはその予兆。

 だが。予兆を見れば何が起こるかはわかるんだ。

 ――「眼」を鍛えた俺には!


「わかるぞ。どこを攻撃すればいいか……!」


 俺は黒い疾風となって、三人の間を縫うように動いた。

 そしてブレーキをかけながら停止。続けてギフトを、解除した。

 時間が、戻る。


「「「「グ……グワアァァーーーーーッッ!?」」」」


 直後! 三人の断末魔が重なった。

 一人目は双剣を抜くことすらできず両手を破壊され、

 二人目は全身を岩で覆いきる前にみぞおちに打撃を叩き込まれ、

 三人目は炎が口から出る前にアゴを蹴り上げられた。


 行き場を失った炎が、口の中で爆発する――!

 ――BOMB!!

 派手な爆発音とともに、三人の倒れる音が響いた。


「ハァ、ハァ。出来た……!」


 言いながら。俺はどうしようもなく高揚していた。

 確かに、今までも相手の行動が読めることはあった。

 だがこれは違う。周りの時間がゆっくりになったことで、より完璧に未来を視た・・・・・


「な、何だこいつは? つ、つつ強すぎる――!」

「これじゃ『天使』より速いじゃねえか! どうなってやがる!?」

「な、なんでこんなのが二人もいるんだ! 聞いてない!」

「む……無理だァ! 逃げよう、逃げるしかねえよォ!」


 まだHPが残っていたか。しかし、力の差は理解してもらえたようだ。

 最初に倒したのも含めた四人は急いで起き上がると、大慌てで逃げ出していった。

 エレナが倒した四人も、すでにいないようだ。先に逃げたか?


「おい、待……っ」


 俺は呼び止めようとした。何で襲われたのかすら、まだわかっちゃいない。

 だが……それ以上、言葉が出なかった。視界がぐらりと揺れる。


「――っとぉ!?」


 フラッと足元がよろめき、身体が傾く。なんだ、これは……?

 重力に逆らえない。倒れかかった俺の頭は――少女の胸元に抱きとめられた。


「……そこまでにしとこう! 無理しないで。お疲れ様」

「……エレナ」


 いつのまに起き上がったエレナが、すぐそばまで来ていた。


「すごい……すごいわ。信じられないよ」


 彼女は少し興奮気味に、息をはずませた。

 少し休んだからか、多少は元気になったようだ。


「まさか勝っちゃうなんて……渡したギフトを、いきなりあんなに使いこなすなんて!」

「お、おいおい。そんな興奮して大丈夫なの?」


 エレナの胸に抱かれているのが恥ずかしく、慌てて離れる。そして、確認する。


「やっぱり……そうか。エレナ、あの時俺にギフトを……『渡した』?」

「うん……そう」

「そ……そりゃいきなりだね」


「私の『神々の時計クロノスワークス』を……引き継いでもらった。ぶっつけだったけど、上手くいったね」

「まだ信じられないよ。そんなこと、できるもんなの?」

「そうね……私は、あなたがいうところの『K.T.Oキルタイムの仕様に詳しいエンジニア』を超えてるみたいだから」


「え? そんなの初耳――」

「言ったでしょ? 私以外には無理だ、って」


 エレナは得意げにウインクした。


「はは。無事勝てたからよかったけどね……」

「無事、どころじゃないよ!!」


 俺の言葉に、エレナはさらにテンションを上げて反応した。


「私ですら、相手に攻撃されてから、かわしてたんだよ? それを……攻撃すらさせずに、先手で潰した! いったいどうやったの!? 未来が見えてるとしか――あ」


 そこまで言って、彼女は気が付いたのだろう。


「『神の眼』……!」

「うん。……手ごたえは、あったよ」


 俺は感慨深げに手を握ってみせた。


「いきなりだけど、楽しかった……なあ。ははは。これがギフトを使った戦闘……!」


 すると、俺を見るエレナの瞳がうるんだ。


「私の目は間違ってなかった。やっぱり……やっぱりあなたは『強いゲーマー』だった!」

「そんなに、かよ」

「そんなにだよ!」


 エレナは力強くうなずいた。


「『神の眼』の噂を聞いた時、この人なら、と思った。慣れてるゲームとは勝手が違うだろうけど――『読み合い』は特定のゲームによらない、あなた本人の力だから」


 胸の内が少し暖かくて、なんだかむずがゆい。

 そうだ。自分の力を認められるっていうのは――こんなに、いいものだったんだな。

 俺はずっと「持たざる者」だと、そう思っていたから。


 ――無駄じゃ、なかったんだ。

 K.T.Oキルタイムから目を背けて腐っていた、長い長い時間。

 俺にとっては時が止まっていたようなあの期間は。

 いつのまにか俺に『眼』という力を与えてくれていたんだ。

 あの「不可視の天使インビジブル」に称えられるほとの力を――!


「やっぱり、あなたに頼むしかないわね」


 彼女はあらためて力強く言った。


「頼む? 俺を戦神ストライカーにするっていう、あの話?」

「そうね……それもあるけど、それだけじゃない」


 エレナは歩き出しながら、楽しげに指を振る。

 あ、もう体調はいいのかな。それならいいのだけど。

 エレナはこちらを振り向き、目を細めて笑いながら。


「ねえ。シュウ」


 俺に、手を差し出した。


「私と一緒に――『この世界ゲーム』をひっくり返さない?」


 周囲は、無音。乾いた郊外の風が、少しの砂埃を巻き上げる。


「は? そりゃ、どういう――」


 遅れて、なんとか俺はそれだけ返事した。


「そのままの意味よ」


 風がエレナの美しい銀髪をなびかせる。

 そう、この世界では風すら吹く。そこまでリアリティを追求された「第二の世界」。

 そこに立つエレナという美少女は、現実と同じように……いや、ひょっとすると現実以上に存在感のある輝きを放っている。

 彼女の恍惚とした笑みに、思わず見とれて引き込まれそうになる。


「強さ、モチベ、ゲームに対する姿勢……申し分ないわ。あなたなら『奴ら』も怖くない」

「奴らって?」

「おねがい! ギフトも渡したことだし……よろしく、ね?」

「ひとつも質問に答えてもらってないんだけど……?」

「そうと決まれば、着いてきて! 私たちのホームへ案内するわ」

「あ、これ話聞いてもらえないやつだな? ちくしょう」


 エレナは先ほどの消耗が嘘のように歩き出し、俺はそれに続いた。

 着いていくしかないだろう。何しろ俺はもう――力を得たんだ。

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