第7話 神々の時計(2)
俺は横へ逃げ、人目につかない路地に駆けこんだ。
運よく、見られずに済んだようだ。
「くっ……探せ! 手ぶらでは帰れんぞ!」
「『
敵が慌てている。俺は見つからないよう祈りながら、抱えたエレナを見下ろした。
彼女はかろうじて、意識があるようだった。
「ご……めん、ありがとう……」
呼吸が荒い。身体は熱く、目尻には涙も見える。
それほどリアルに、このゲームはプレイヤーの様子を反映する。
つまりこれは、ゲームの外にいる「天堂絵礼奈」本人の体調が悪いことを意味する。
しかし普通、アバターが運動したくらいで人間の息が乱れたりはしない。
まして彼女は、ひとつのダメージも受けていないのだ。これはいったい?
「やっぱり、持たなかった……かぁ」
エレナは中空に言葉を吐いた。
やはりその声には涙が混じっているように……俺には聞こえた。
「だ、大丈夫か? いったい何が起きたんだ」
「……私のギフト、見たでしょう」
「ああ。――ほんとうに本物、だったんだな」
「はじめっから、そう言ってるじゃん」
エレナは唇だけを歪めて笑った。だが、その口調には少しの余裕もない。
「『
彼女は苦しげに身を起こし、かろうじて話した。
「とても強力よ。ただし……代償があるの。発動時に、膨大な演算が行われて……その分、使用者の脳に大きな負荷がかかる。激しい疲労や……頭痛を伴ってね」
「じゃあ、今のはそれで……?」
「私は……ちょっと
彼女は哀しそうに目を伏せた。
路地の外からは、襲撃者たちの声がまだ遠く聞こえる。
「それで……どうする? あいつら、まだ俺たちを探してる」
「うん……ハァ、そうね」
エレナは時折苦しそうに息を吐きながら、悩んでいる様子だった。
だが――すぐに意を決したように顔を上げた。
「予定よりだいぶ早すぎるけど、やるしかない……か」
「え?」
エレナはその場に座り込み、俺の手を取った。
それから少しためらうように、ひと呼吸。
そして……意を決したように小さくうなずき、その手を強く引いた。
「エ……レナ?」
この体勢でそうしたらどうなる?
俺の身体はエレナに覆いかぶさる形になる。
大丈夫なの? これ大丈夫なのか!?
「……っ、逆らわないで」
そう言ってエレナはさらに手を引くが、その顔は横を向いて目を合わせてくれない。
「お、おい」
「密着しないと、バイタルサインが取れないのよ……! はやく、時間がないわ」
エレナは片手を引きながら、逆の手も俺の背中に伸ばした。
つまり……エレナは覆いかぶさる俺に、下から、思いきり抱き着いている――!
「……っ、これで、いいんだな?」
彼女の熱、やわらかい身体の感触。温かい吐息。さらに、鼓動。
リアルの肉体じゃあ一度も感じたことのないような感覚が全身を支配する。
少女の身体は時おり脈動し、アバターとはいえ生きているのだ、ということを定期的に伝えてくる。
逆に、俺の状態は彼女にも伝わっているということでもあるのだが。
俺がガチガチに緊張してるのはたぶんバレてるだろう。
「……はぁ、はぁっ……!」
が、彼女はどうやらそれどころじゃない。
無理やり抱き着いてきたエレナは、横を向いて目を閉じ、頬を赤らめながら、何か念じているようだった。
いったい何を――? そう思った瞬間だった。
最初に見えたのは光だった。
そして後に続くように、膨大なプログラムコードのような文字列が、エレナの身体からあふれ出す――!
「な、なんだこれは……!?」
俺が驚くのもおかまいなしに光と文字列はその場で暴れ続け、そして……。
勝手に、俺の身体の中に入ってくる!
「え、えええ?」
その状態はしばらく続いた。そして、それがおさまる頃――。
「――ふう」
一分ほど経っただろうか。エレナはようやくひと息つき、目を開けた。
「だ、大丈夫か?」
「そうね……結構複雑な処理だったから、ちょっと限界かも」
「突然、何をしたんだよ」
「私たちのアバターを結合して……少々、いじくらせて貰っ……た……」
「え? アバターを……? 何言ってるんだ、
「できるのよ。私には、その技術……が……」
言いながら、少女の頭がぐらりと揺れる。
俺はなんとか腕で抱きとめる。
「おい、これでどう状況を打開できるんだ? おいっ!」
エレナは本当に辛そうだった。が、それを言われずに倒れられたら終わりだ。
「うん。今、説明――」
エレナがかろうじて目を開けた。俺は彼女と目を合わせた。
だが。それと同時だった。
俺たち二人の身体に、影が落ちた。
「へぇ。この状況を、打開するってぇ?」
聞き慣れぬ声。さっきの襲撃者――!
男が一人、路地の入口からこちらを見ている。見つかった。
まずい。まずいどころじゃない。
「くそっ。万事休すか……!?」
俺はとにかくエレナをかばうように立った。
だが戦って勝てるとはとても思えない。
俺はギフトなし、ここまで全敗だ。時間稼ぎにもなるか怪しい。
「教えてくれよォ、どう打開するんだ? 足掻いてみろってェ!」
怪しい男が一歩踏み込む。俺は勇気だけで身構える。
男が右手を前に出した。何か来る?
くそっ。どうすれば。どうすれば!
「…………シュウ」
その時。後ろから、消え入りそうな少女の声。
「ギフトを」
俺は目だけで後ろを見た。座り込んだ少女が息も絶え絶えに、俺に訴える。
「ギフトを……使って……!」
――は?
俺は最初、その言葉が理解できなかった。
何言ってるんだよ。そのギフトがないんだからね!?
あるなら最初から――
そう思って画面右上のスキル欄を見た。
そこで俺は目を疑った。
「これは」
「オーィ、何もしねえのか? しねえならいいよな! 俺がもらうぜ『
男が前に出る!
そのタイミングで。俺は念じた。
――「ギャァァアーーーーアアァ!!」
奇声! それと同時、男が路地から吹き飛んだ!
俺は、前に出した自分の右脚を見た。確かに、キックが出せている。
男と俺の間には少し距離があったはずだ。こんな一瞬でキックが当たるはずがない。
だが、当たった。その一瞬で俺が接近して足を出したからだ。
普通そんなことはできない。当然不可能だ。それを可能にするものがあるとすれば。
――ギフトだ。
俺は視界の端を確認する。そこにはウィンドウが浮かび上がり、スキルの発動を知らせていた。
――「
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