第6話 神々の時計(1)
「ふぅ。随分久しぶりだ……けっこう街並みも変わってるなあ!」
俺はアバター「シュウ」となって久々にここを訪れていた。
そこへ少女のアバターが現れる。すごく気さくな感じで現れたが、その姿は、俺のよく知るものだった。
「『エレナ』……! 本物だったのか」
「嘘だと思ってた?」
長い銀髪。白を基調とした可憐な衣装。間違いなく、伝説の
「まあ、これで証明は済んだでしょ。ちょっと、着替えさせてもらうわね」
しかし伝説の姿を拝めたのもわずかな時間だった。彼女はすぐにアバター設定を変更すると、短い銀髪の簡素な女性アバターに姿を変えた。
「え、なんで着替えちゃうのさ」
「あ、ああ……へへ。このゲームは自由だからね。戦わない時くらい色々とオシャレ楽しんでも、いいと思わない?」
「なるほど、それもそうか」
「じゃあ……シュウ。早速だけど、案内したい場所があるの。ついてきて」
「はいはい、お任せするよ――『女神様』」
俺は彼女の後について歩く。
彼女は、俺のギフトが無いのを「問題ない」と言った。
そしてその上で、最強の
いったいどうするつもりなんだろうか?
「こっちよ」
エレナに手を引かれる形で、俺たちは歩き出した。
ログイン者がまず訪れるログインゲートの周辺は都市エリアとなっており、プレイヤーの往来も多く、活気にあふれている。早くも、俺のテンションも上がり始めたところだ。
「アバターの服屋に、スキル屋、武器屋かー! やっべ、見てると欲しくなるな」
「そうね、ショップも増えたわ。あと最近は、動画配信が流行ってるわよね」
街の中央にある巨大ディスプレイには、美少女アバターによる生配信が映し出されていた。ここでの放送を収入源にしているバーチャル配信者もいるくらいだ。
道端では、自作の音楽を流す作曲者、イラストを掲示する絵師、ダンスを披露するダンサーのアバターもいる。それぞれ、購入することでクリエイターの支援も可能だ。
何しろ
さらに俺の視界の端にはタイムライン画面があり、そういった動画やイラストが拡散されていく様子が、延々と流れていた。
「やっぱり来てみると、いい場所ではあるんだよなー! 楽しみ方も色々だし」
「でしょ? 誰もが、アバターで理想の自分になれる……そのための材料を与えてもらえるんだから」
エレナは楽しそうにくるりと一回転し、
「私、やっぱりここが好き」
ぽつりと、言葉を宙に浮かせた。
それが俺に向けた言葉なのか、この世界に向けたものなのかは、わからなかった。
「――そういえばさ」
ふいにエレナがこちらを向く。
「シュウは、戦いが上手くいかなくて
「あー……それはね。他のことに興味がなかったわけじゃないけど……やっぱり俺は、戦いたかったんだと思う」
「ふうん」
「ゲーマーの
俺は一言一言、確かめるように
「でも、ギフトがないとそれはできない」
自分の気持ちを、声に出した。
「だから俺にはこのゲームを『楽しむ資格がない』――そう思ったら、プレイするべきじゃないと思ったんだよ」
「ずいぶん、難しく考えるのね」
「まあ、こだわりだよ。楽しめないのにプレイするっていうのも、ゲームに失礼だろ?」
「そうね――少なくともあなたがゲームを大切に想ってることは、わかったわ」
エレナはふふ、と笑って歩みを進めた。
目を細め、花のように笑うその表情は、どこか嬉しそうだった。
彼女は一歩、二歩とスキップするように先を行き――
三歩目で、ピタリと止まった。
「…………!」
笑っていた目つきが、鋭いものに変わる。
「……うそ、もう……? 早すぎる」
エレナはぽつりとつぶやく。どこか緊張した声。
「どうした?」
俺が後ろから問いかけるも、返事はない。
ちょうど、喧騒あふれる都市エリアから出たあたりだった。妙に静かだ。
ガサ、ガサと、四方八方から物音が聞こえた、気がした。
「ここは私がやるしか、ない……か」
エレナが、再びつぶやいた。それと同時だった。
周囲から、複数の人影が飛び出した!
「エレナ……!」
俺が叫ぶ間にも、人影はエレナに接近し、包囲する。
「――間違いないな、『
「へへ、こいつァいい。コレを倒せば簡単に名が上がるんだろォ?」
人影は距離をとって動きながら話した。あまりガラの良さそうな感じじゃない。
八人はいるか? それぞれが武器を構えたり、オーラを右手に集中したりしている。
そして……同時に、前に出た!
「……かかれェ! ヘヘハァ!」
「覚悟しろァ!」
「なんだこいつら、バトルしようっていうのか!? こんな大人数で……!」
明らかに、敵意のある襲撃だった。エレナが、襲われる……!
しかし。その瞬間。
エレナの全身が、輪郭を残したまま一瞬、光る。
そしてその光がおさまると……。
彼女の姿は長い銀髪、白い衣装の戦闘天使に変わっていた。
俺は目を見張る。見覚えのある見た目だ。
「――『
姿を変えた少女は、何やら単語を告げる。すると。
エレナの姿が消えた。
「…………!?」
俺は目を疑った。襲撃者たちも同時にざわつく。
だがその時間は、一瞬だった。
「――ぐわぁッ!?」
悲鳴がした。襲撃者の一人が吹き飛ぶ。俺はそこに、なびく銀色の風を見た。
「ちくしょう、何だ!?」
「やれッ、倒すんだよ!」
二人目が刀を抜き、三人目が腕をやみくもに振り回す。
――だが、まるで間に合っていない。
「くらえ……っがぁッ!?」
「ぐ、あァッ!」
銀色の風が通り過ぎると、そこにいた男が倒れてゆく。まるで超常現象。
「お……おいおい、『エレナ』……」
思わず口から言葉が漏れた。俺はこの動きを、知っている。
「マジだ……動画で見た、そのままじゃないか……!」
圧倒的な速度で、誰よりも疾く、誰よりも美しく戦う。
彼女の動きは、目で追うことすらできないほどの神速。
触れることすら適わぬ、純白の少女アバターを、人々はこう呼んだ。
「『
俺の、憧れの存在。
最近は表舞台から姿を消し、伝説のように語られる噂となっていたが。
かつては「アリーナ」一位の座にもついた、
その紛れもなく疑いようもない本物が。目の前で。画面で見たのとまったく同じ動きをしている――!
「く……そ、がァッ!」
仲間を倒され悪態をつきながら、右手にオーラを集中していた男が構える。
彼は瞬時に、銀色の風の行く先に狙いを定め……。
「ハァッ!」
オーラを放つ。遠距離の相手を攻撃するギフトだろうか。
――しかし。
「残念ね」
エレナは既にそこにはいない。
男の背後にいる。
「バ……カな」
強烈なキックが入り、男もまた倒れた。これで四人――半数。
「はは、楽勝じゃねーか」
俺は見ていることしかできなかった。残る襲撃者たちもざわつき、一歩うろたえた。
のだが。
――その直後だった。
「さあ、あなたたち、いい加減あきらめ――ッ!?」
エレナの声が途切れた。
「――エレナ?」
ふらり、と脚が力を失うのが見える。
「ううっ…………くそッ」
彼女は片手で頭を押さえ、その場に膝をついた。明らかに異常だ。
それを見た襲撃者たちが再び構える。
なぜ急に、エレナがふらついたのか。
あの圧倒的な強さはどうしたのか。
そもそもなぜ、いきなり襲われているのか?
俺には何もわからなかったが……一つだけ、はっきりとわかった。
「なんかわからんけど……とにかくマズい! だろ!」
ということだ。だから考えるより先に、体が動いた。
俺はエレナのほうに飛び出していた。
うずくまった彼女を抱えこむ。……少女の体は、小さく震えていた。
その間にも、襲撃者たちはこちらへ襲い掛かってくる。
一番近くにいる一人が、足を振り上げるのが見える。危ない。
だが――瞬間、俺の頭にイメージが走った。右の下段。ローキック。
そうだ。俺には、こいつらが次にどう動くか……わかる。
俺には……『神の眼』がある!!
「……うおおおお!」
エレナを抱えた俺は敵の攻撃をかわし、ダッシュでその場を逃れた。
「な……にィ!?」
攻撃をかわされた敵が動揺している。今がチャンスだ。
俺は横へ逃げ、人目につかない路地に駆けこんだ。
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