第5話 『神の眼』と来訪者(3)

 ――その後。俺たちは店の奥へとやってきた。

 関係者オンリーの、事務とかをするための部屋だ。

 そこにこのゲームセンターの店長、すなわち俺の母がいるわけだが。

 その母は、今。


「しゅ……しゅ、しゅしゅしゅしゅしゅ」


 機関車みたいな声を出しながら背後へうろたえていた。何? 発車するの?

 原因は、これである。


「――柊が、女の子を!?」


 うん、まあ気持ちはわかるよ。

 小、中、高と、女の子と会話することすら珍しかった俺である。

 一度も女友達のいなかった息子が、いきなり美少女を連れてきたらビビるだろう。

 俺もまだちょっとビビってるくらいだ。


「……始めまして、天堂絵礼奈です」


 が、絵礼奈はまったくビビっていなかった。


「いきなりですみません。今日は、お願いがあって来ました」


 彼女は完全に落ち着き払った様子で、椅子に腰を下ろす。

 そして単刀直入に、手短に用件を、伝えた。


「――息子さんを、私にください」


 そう、きわめて簡潔に、用件だけを……え?


「え?」


 俺は思わず反応した。


「ええええええっっ!?」


 母さんは、より激しく反応した。そりゃあな。

 え、あの、うん。落ち着いた物腰から勘違いしていたのかもしれないが。

 絵礼奈このコ、もしかしてすごい常識知らずだったりします!?


「つまり――」


 絵礼奈は気にせず説明を続けようとした。なんだコイツとんでもねえぞ。


「ちょっ、待て! 一回落ち着こう」


 結局、俺が間に入らざるを得なかった。

 同時に、母さんが俺を問い詰める。


「な、なによ柊! こんなコがいたなら何で今まで言わなかったの!?」

「いたもなにも、さっき会ったとこだよ!」

この家ゲーセンからほとんど外に出ない息子だから心配してたけど……こんな可愛らしいを捕まえてくるなんて……!」

「どちらかというと俺が捕まったんだけど……」


 それから、やむなく俺たちはここまでの流れを説明した。

 絵礼奈が「神里柊」を訪ねてきたこと。ゲームで対戦し、俺が勝ったこと。

 そして――


「つまり、柊さんにK.T.Oキルタイムで戦う『戦神ストライカー』になって欲しいと――そういうことなんです」


 最終的に絵礼奈はこのように言い直した。


「――戦神ストライカー?」


 俺はぽつりと復唱した。


「ちょっと待って、K.T.Oキルタイムに行くってそういう話だったの?」

「そうよ。K.T.Oキルタイムで、戦ってほしい……私のもとで、その専門家になってほしい。あなたの『眼』を使ってね」

「……え」


 戦神ストライカーK.T.Oキルタイムにおける、eスポーツ選手にしてプロゲーマー。俺の憧れの職業。

 その誘いが、目の前にある。

 いや、俺なんかに務まるとは思えないけど……。俺はなんとなく迷いながら、とりあえず思いついた懸念を口にする。


「でも、それはつまり、ここの店番ができなくなる……ってことだよね?」

「まあ、そのくらいゲームに専念してもらうのが、前提になります」


 俺の問いを絵礼奈は肯定した。

 母さんはそれを黙って聞いていた。

 もしそうなれば、店員は母一人ということになる。


「俺一人だって、店員が抜ければ、この店は困るんじゃ……」


 俺は心配を口にした。しかし。

 そこに、絵礼奈が致命的なツッコミを入れた。


「――お客さんの呼びかけに答えないで動画見てたのに?」

「あ、それ言うの」

「ほお。柊、また店番サボってたわね」


 俺はちょっとうろたえる。母が口を歪める。

 絵礼奈が追い打ちをかける。


K.T.Oキルタイムの戦闘動画ですよね? アレ」

「まあ」

「お好きなんですね? 『不可視の天使インビジブル』……」

「た、たまに見るだけだよ。たまたまだ――」

「ふふ。興味あるんじゃないんですか? 戦神ストライカー。何か迷うことでも?」

「…………」


 俺は口をつぐんだ。

 俺が戦神ストライカーに憧れてたのは事実だ。

 だがしかし、彼女の言う通り、まさに俺には迷う要素がある。


「……そうだな。これは、言っておいた方がいい」


 俺は絵礼奈に向きなおる。


「絵礼奈……さん? 俺のゲームの腕を買ってくれてるのかもしんないけど……俺はK.T.Oキルタイムで上手くやれない理由がある」

「え?」

「俺は……K.T.Oキルタイムに登録したこともあるんだよ」

「あ、あるんじゃないですか。それなら話が――」

「でもダメだった。だって、俺は。俺には」


 若干、言いよどむ。

 そりゃそうだ。俺にとってはトラウマみたいな話だ。だが、言わねば。


「『ギフト』が……ないんだ」

「え? 無い……って?」


 信じられない、といった顔で絵礼奈は口元に手を当てた。


「そのまんま、無いんだ。〈エンプティ〉とだけ書いてあった」

「そんな……ことが」

「もちろんギフトもなしで勝てるはずもない。というか、勝てなかった」


 俺は話を続ける。これを知れば、彼女も諦めるかもしれない、と思いながら……。


「だから俺はK.T.Oキルタイムを、やめたんだ。戦えないんだよ。そんな俺でも……誘うっていうの?」

「……なるほど」


 絵礼奈は事実を受け止め、ぱちくりと両目で瞬きをした。

 少し、考えるように彼女は動きを止めた。だがそれも二、三秒のこと。

 彼女はすぐに口に当てていた手をパーからグーに変え、考えるポーズのまま言った。


「確かに、それが本当なら……ギフトの提供はK.T.Oキルタイムのシステムの根幹そのものだもの。どうにかできるものではないわ」

「ほら、やっぱり――」

「――私以外の人間には、ね」

「……は?」


 俺は唖然とした。まるで、絵礼奈ならなんとかできるような言い方だが?


「私には……方法があります。あなたを戦えるようにする方法が」


 あまりにありえない内容を、絵礼奈は平然と言い切った。


「いや……そんな……ことが……」


 普通に考えて、信じろっていうほうが無理だろう。

 そりゃあ。すべて彼女の言う通りだったら、どんなにいいだろう。

 だが現実そんなはずはない。素直に信じられるほど俺はポジティブじゃない。

 才能ギフトのない人間が、生きていける世の中じゃないのだ。


「ふう……ん」


 ところが、そこで声を漏らす人間がいた。母さんだ。


「口を挟んでごめんね。何やら迷ってるようだったから」


 母さんは親子なのが信じられないくらい明るい顔で言う。


「あなたがK.T.Oキルタイムを欲しがった時にね、何て言ってたか。母さんは全部覚えてる。だから思い出してほしいと思って。あの時の気持ちを」


 言われて、記憶を呼び起こす。あの頃の俺は、目を輝かせて――。


「店のことを心配してくれるのも嬉しいけど……まず考えるべきことは、一つじゃない?」


 母さんは指を振り、俺に選択を迫った。


「――そもそも戦神ストライカーになりたいのか、なりたくないのか」


 それは、俺があえて目を背けていた選択だった。

 ……人は、「理想」を前にすると、かえって尻込みすることがある。

 憧れて、なれなくて、距離を置いていたものが、突然また目の前に現れて。

 まして、誘ってくれているのは俺の理想そのもの、最強の「エレナ」を名乗る少女。

 それで混乱した俺はすぐ返事できず「店長の許可が」とか言ってしまった。

 素直に受け入れられなかったのだ。

 じゃあ、そういう気持ちを取り払って。ただ素直に考えたら、どうなる?


「……そりゃあ、俺は……」


 俺が本当にやりたいことは何だ?

 俺が本当になりたいものは何だ?


「俺は」


 そんなの、決まってるだろう。


「俺は、戦神ストライカーに、なりたかった――」


 声に出した。言葉にした。


「ギフトが無いとか、店の人手がとか! 何の制限もしがらみもなければ、全てを賭けてなりたかった」


 そうしたら、後から後から、想いがこぼれて止まらなくなった。


「俺にとっての夢。『そのためだけに生きたい』存在モノ。それが、戦神ストライカー……だったんだ」


 言い切った。全部言った。

 久しぶりかもしれない、こんなに喋ったのも。

 心の中のクモの巣が、少しずつ晴れていく気がした。


「よし。ちょっと歯切れが悪いけど、よく言った」


 すると母さんは笑って、手でマルを作った。


「自分の人生でしょう。やりたい事やらないでどうするの?」


 それから母さんは絵礼奈のほうをちらちらと見つつ、


「おまけに、こんな可愛い子に必要とされている。……なら、応えなきゃ」

「なんで母さんが嬉しそうなんだよ」

「とにかく、なりたいという意思があるのなら。しかもそこに誘われてるなら! 踏み込まないなんて、ありえないでしょ」


 母さんは晴れやかに言った。


「店は私に任せて――行って、きなさい」


 まったく、物分かりが良すぎる。さすがはゲーセンの経営者で……俺の親、か。


「……でも、ありがとう」


 俺が礼を言うと同時、絵礼奈もうん、と頷いた。


「よかった、断られなくて」


 彼女は軽く髪を整えると、何やら改まったように


「『ゲームは楽しむもの』でしょ? そんなあなたにこそ……頼みたかったから」


 絵礼奈はまたしても正面から俺を見つめ、手を取った。


「私たちは新たな……そして、強いゲーマーを求めている」

「うん」

「あなたには、戦神ストライカーになってもらうわ。――それも、最強の」

「最強……」


 静かに答えつつ、心の中は疑惑半分、ワクワクも……半分。

 なれるのか。マジでなれるのか?

 ……戦神ストライカーに!

 絵礼奈は、決意を秘めたまなざしで俺に言った。


「私が、あなたを最強にする。あなたに能力ギフトを与える――女神になるの」

「ギフトを……与える?」

「ええ、与えます。くわしくはゲームの中で」

「そんな上手い話が……本当に……?」


 絵礼奈は笑った。母さんも笑っていた。

 俺だけがなんか微妙な顔をしていた。


「いやー良かった良かった。……ところで、話を最初に戻してもいいかしら」


 母さんが、ハイ、と手をあげた。


「ん? 最初?」


 俺と絵礼奈はピンとこない。母さんはニヒヒと笑い、話を続けた。


「息子は、あなたが貰ってくれるのよね?? 母さん覚えたわよ」

「「えっっっ」」


 さ、最初ってその話か!


「あ、あの、それは……しまった、そういう話じゃなくてですね、そそその」


 しどろもどろになりながら、絵礼奈が手をぱたぱたさせる。

 お前もしかして今さら自分の発言の意味に気づいたのか?

 最初の落ち着きはどこいったんだよ!?


「大丈夫よ、お母さんは応援するからー」

「わわ私にはそういうのはまだ……ちょっと柊さん!? 助けて……」

「あー、そうなると母さん強引だから。頑張って」


 俺はなんだかそれが面白くて、わざと関わらないように目をそらした。




 ……いずれにしても。

 こうして俺は、K.T.Oキルタイムで、戦神ストライカーになることになった――

 らしい。

 俺には「ギフト」がない。

 本当にない。

 絵礼奈はそれを問題ないと言ったが……。

 どこか俺はフワフワと現実感のないまま、流されるように、夢の職業に挑む決断をしていたのだった。


 ――「あなたに能力ギフトを与える――女神になるの」


 彼女は言った。

 本当だったら最高だ!

 ウソだったら最悪だ。

 まさしくこの日も、俺にとって運命の日だったのだろう。

 俺は彼女に運命をあずけることになった。

 いったいどうなるんだろう。

 果たしてこの少女……女神か、駄女神か?

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