第4話 『神の眼』と来訪者(2)
俺と少女は格闘ゲームの筐体を挟んで向かい合う。
「三本先取でいいかしら」
「ああ、こちらは何でも」
ルールの提案に応じ、椅子に座る。
キャラクターを選び、そして……試合が、始まった。
「見せてもらうわ、あなたの力」
少女は実際のところ、強かった。
何より反射神経が鋭い。
最速のスピードでキャラを操り、コンマ以下の動きにも対応してくる。
だが、俺にはわかる。
ジャンプ、回転蹴り、着地から中段。次は――
「下段蹴り」
「えっ!?」
俺はカウンターでゲージ技。
――K.O.!!
まず、俺が一勝。
「……まだよ」
「もちろん」
二本目。彼女は飛び道具で牽制、距離を取って俺を誘う。
俺は誘いに乗って接近。すると少女は待ってましたとばかりに――
「投げ技、だよね」
「……うっ」
また、彼女は俺の言った通りに動いた。
俺は一瞬止まる。投げ技は空振り。その隙にコンボを叩き込む。
――K.O.!!
「二勝、と」
「……次よ!」
三本目。少女が中段パンチから仕掛けてくる。
それに合わせて、俺は口を動かす。
「キック、下段、ジャンプ、ガード、飛び道具……」
俺の言葉にわずかに遅れて、少女のキャラが同じ動きをする。
そして、俺はそのすべてに、的確に反撃した。
「な……! こ、これが」
体力ゲージをゴリゴリ削られながら、少女は驚愕する。
「神里柊の『神の眼』……!」
――K.O.!!
「はは、久しぶりに聞いたかも、それ」
俺は息を吐いて席を立った。
「ええと……三本取ったね」
「予想以上……だわ」
格闘ゲームで最も重要な要素の一つに「読み合い」がある。
ジャンプ、通常技、飛び道具……いくつもある選択肢から、次に相手が何を選ぶか?
それを一瞬で予測し、自分はそれに対応する動きを取る。
何百試合もこなすうちに、俺の予測はどんどん正確に、そして速くなっていった。
一瞬よりも短い時間で、相手の未来の姿を
俺のその様子を、この店に通う格闘ゲーマーたちは『神の眼』と、そう呼んだ。
「流石ね……『外の世界』のトップゲーマー」
席を立ち、スカートの埃を払いながら、少女はそう言って少し笑った。
「もちろん勝てるとは思っていなかったわ。でも……私も、格闘ゲームを少しは勉強してきたつもりだったのにね。動きをすべて読まれる……なんて」
「……ま、まあ」
「いや、それでこそ期待通り、か……。やっぱりあなたは『こちら』でも確実に通用する」
負けた彼女は、なぜか悔しがっている様子はなかった。
ただ、それはそれとして、何か言いたいことがあるようだった。
「でも……ひとつ、いいかしら」
少女は真剣な表情で、こちらに問いかけた。
「今の
「……え?」
「なんか勝ったわりにスカッとした顔、してないし」
「そう……かな。確かに喜んだりはしなかったけど……」
言われて振り返ってみる。昔ほどスカッとしてない……のかな。
どうも最近は心にクモの巣がはったみたいになってて、いろんな感情が薄味になってる。
それが、目の前の少女にはわかったというのだろうか。
「気を悪くしたなら申し訳ないわ。ただ、もし、あなたが『ゲームを楽しめない人間』だったなら――」
彼女はそこまで言って、少し黙った。
「そうか、おかしい……な」
俺はつぶやいた。
「俺は、ゲームが好きなはずなのに。それしかないはずなのに」
「好き……? 本当に?」
そこにも、少女は疑問を投げかけてきた。それに俺は少しだけムッとした。
「好き、だよ」
むきになって少しずつ思い出しながら、自分の考えを口にする。
「俺は勝とうとして、勝った。『勝ち負けを気にして必死にやってる』時点で、それはもうゲームが好きってことだと……思うんだ」
「…………」
「今、俺はそれをやった。だから……」
ゲームは食事や睡眠とは違う。
生きるために必須のものではない。
じゃあ、なぜゲームをするのか?
勝てば嬉しい。負ければ悔しい。
それだけのために必死になって工夫もするし、努力もする。
そんなことに時間をかけてしまう。貴重な人生が簡単に吹っ飛ぶ。
それでも、なぜ?
――好きだから。それ以外にないじゃないか。
「確かに最近、ちょっと腐ってるけど……俺は、ゲームを愛する『ゲーマー』なんだ」
「……ふふ」
すると。俺の言葉を聞いた美少女は、さらにもう一度笑った。
「やっぱり、あなたしかいないわ」
意外な言葉が返ってきた。俺しかいない? 何が?
「ごめんなさい、ここに来た目的……あなたと戦うため、だけじゃないの」
美人はこちらに一歩近づき、俺の手を取って目を見つめた。
えっ近い。鼓動がわずかに跳ねる。
彼女の息づかいまで伝わる。少女は呼吸を整え、その真意を口にした。
「神里柊……あなたを誘いにきた」
「ん? 俺を? 何に?」
「私と――〈キルタイム・オンライン〉に来てほしいの」
「……へ?」
少女の申し出に、俺は一瞬脳が停止した。
「いきなりかもしれないけど……ね、一緒にさ!」
少女が細い両手に力をこめる。手のひらから熱が伝わる。
だからそういうのは慣れてないんだって! 脳みその中から思考が奪われる。
と、とにかく何かリアクションしなくては。
「キルタイム……って、あの?」
「そう。ゲーマーたるもの、さすがにご存知よね?」
少女は微笑んでいる。もっともだ。ゲーマーを名乗る者ならご存知のはずだ。
が、俺としては軽々しく聞ける話でもない。
「そりゃ、もちろん知っては……いる……けど」
〈キルタイム・オンライン〉。知っている、どころではない。
忘れもしない。何をどうしても勝てなかった過去。
自分が「持たざる者」にすぎないと、突きつけられた場所――。
「一緒に……って、それでいったい何をするのさ」
「んー。来てみてのお楽しみ……じゃダメかな?」
「だ、ダメじゃないかなあ!? 誘っておいてそれは!」
「ふふ。確かにそうね――」
絵礼奈ははぐらかすように笑い、両手を後ろ手に組んでくるりと回った。
スカートがふわりと浮かんで花のよう。可憐な仕草に思わず目を奪われる。
が、彼女はそれすら計算に入れているように思えた。
「というか、ごめんなさい。私、名前すら言ってなかったわね」
「そう、それもそうだし……」
「――
「え?」
「私の名前です。えれな、とでも呼んでもらえれば」
「な……んだって……?」
彼女がただ名前を言っただけで、俺は言葉を詰まらせる。
それには理由がある。
「
ゲームの名前と、彼女の名前。
この二つの名が結びつく場合、ひとつの意味を持つ。
「
「……あはは」
目の前の少女はまた笑った。肯定か、否定か?
本当ならば、俺としては一大事だ。
アバター名「エレナ」。それは
最速の
圧倒的な
俺にそうとまで思わせた雲の上の存在、それが「エレナ」。
俺の疑問に対し、天堂絵礼奈は声のトーンを落とし、真剣にこう言った。
「そうね。その通りよ――」
「!」
「――と言ったら、あなたは信じる?」
おいおい、と俺は拍子抜けした。
「まだはぐらかすのかよ!?」
「そうとしか言えないの。
彼女は考えるように顎に指を当て、
「でも、今の私には、証拠がない。名前くらいしか言えないもの」
だから――と、絵礼奈はまっすぐにこちらを見た。
「その名前を信じてもらうしかない……んだけど」
「うーん」
「あえて大げさに言おっかな。元アリーナ一位、最速の
「…………」
「『外の世界』の伝説――『神の眼』神里柊! 私と来て!」
俺は圧された。
彼女のきらきらした瞳、張りのある声、美貌、カリスマ性のあるオーラ。
信じてもらえるかもわからない自分の肩書を、自信たっぷりに言い切る度量。
もし。もし本当の本当に目の前の少女が「エレナ」で、俺を誘っているのだとしたら。
そんな胸躍る話はない。ついさっきまで動画で試合観戦してたヒーローだぞ?
だけど――
「キル……タイム……」
口をついてこぼれる、ゲームの名。
俺には簡単にOKできない理由がある。
「俺は……」
あそこは俺の場所じゃなかったから。
見ないようにすることで、忘れようとすることで今までなんとかやってきた。
他のゲームで、俺はやっていける。なけなしの自信はそこで保てばいい。
頑張って見ないようにしていたものを、今さら目の前に出されても――どう受け止めればいいかわからない。
「あれれ。意外とすんなり承諾してくれないのね。何か問題あるのかしら」
「そりゃ、いきなりすぎるし……それに俺は……」
もぞもぞと躊躇う。突然目の前に現れた選択肢をどう選んでいいかわからなくて、俺は――
「あ、そうだ」
そういえばまっとうな理由を思い出した。
「店長の許可なしには、難しいんじゃないかなあ」
「……店長?」
「店長……俺の母さんだけど。
「――わかりました」
「ん?」
絵礼奈は顔を上げてまっすぐ前を見た。結論が出た顔をしている。
何がわかったって?
「お母様に会わせてください」
「えっっ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます