第9話 目覚めし「神」アリーナを無双する(1)

「……メイドさんがいる」


 メイドさんがいたので、俺はそんな反応をしてしまった。そのまんまですまない。


「はじめまして、ワルツですっ」

「ソナタと申します」

「……私は、セレナーデ」


 それぞれ背丈も、髪形も、メイド服のデザインも違う。

 三者三様のメイドさんは、揃ってスカートの端をつまみ、行儀よく挨拶をした。


「どう? シュウ。私の自慢のスタッフよ。よろしくね?」


 そして隣で自慢げにしているのは、エレナだ。

 私たちのホームへ案内するわ――そう言ってエレナが俺を連れてきたのは、街はずれのレストランの地下室だった。


 余談だが、このゲームにもレストランという施設はある。

 食べ物は回復アイテムとしての効果もあるし、何より、味がする。最新技術の凄いところだ。

 地下室はテーブルとソファの置かれたミーティングスペースのほか、何やらものものしい機械類なども見える。

 ごてごてした機械をいじっているメイドさんというのは、ちょっと不思議な光景だった。


「三人は、表向きは上のレストランのウェイトレスってことになってるけど……本業、ゲームチームでの役割は、私をサポートするエンジニアってとこね」

「エンジニア……? 戦神ストライカーじゃないのか?」

「まあ、詳しくは後で話すわ。戦神ストライカーも、一人いるんだけど……」


 エレナがそう言いかけた、ちょうどそのタイミングだった。

 部屋の奥から、ぱたぱたと駆ける音が近づいてくる。

 その音は徐々に、バタバタという派手な足音に変わり……。


「エ……エレナ様ぁあああ~~~~~!」


 何やら必死な声ともに、現れた人影がエレナに飛びついた!


「……アリサ!」

「ご、ごぶっ、ご無事でしたかぁぁ!?」


 アリサと呼ばれた少女(この子もメイド服だ)は、涙目でエレナに縋りついている。


「敵はきませんでしたか!? それに……ご、ご体調は!」

「もぉ~。大丈夫だってば」


 エレナは取り乱すアリサを落ち着かせるように頭を撫でながら、俺のほうをチラリと見た。こっそりと片目を閉じて、人差し指を口元へ。

 ――言うな、ということだろう。

 ふむ、仕方ない。確かに「まさに今さっき襲撃されて、エレナは無理やり戦って体調を崩しました」などと言ったら、穏やかじゃなさそうだ。


「本当ですか? どこも問題ないですか? 頭は? お腹は? 胃は? 心臓は? 肝臓は? 膵臓は? 脾臓はっ」

「ちょっとアリサ、ゲームの中で内蔵の名前連呼しないでよー。キモいってば」


「え……ッ。き、キモい……ですか?」

「うん。キモいわね」

「え、エレナ様にキモいって言われたぁ~~……」


 さんざん慌てたあげく、アリサはしょんぼりとこうべを垂れた。何なんだこの子。


「というわけでシュウ。紹介するわ。この子がウチのもう一人の戦神ストライカー、アリサよ」

「あ、やっぱこの子が戦うのか。……ん? メイド服、アリサ……」


 そこで俺は思い当たった。


「『天界の掃除人ヘブンスイーパー』アリサ。有名人じゃないか」


 記憶にある。なにしろ俺は戦神ストライカーたちの戦いは動画で見まくっているんだ。

 ホントはもっと早く気づいてよかっただろうけど……いや、普段はこんな落ち着きのない女の子だとは。


「……はい? エレナ様……この人は?」


 顔を上げたアリサは、ようやく俺の存在に気づいたらしい。

 エレナしか視界に入ってなかったってとこだろうか。マジかよ。


「言ったでしょ。『外』に戦力を探しに行くって」

「え。じゃあ……」

「そうよ。この人が『神の眼』よ!」


 エレナは嬉しそうに手を叩き、背後から俺の両肩に手を置いてピョンと跳ねた。


「あー、うん。俺はシュウ」


 やけに上機嫌なエレナに紹介されながら、よろしく、と俺は手を出そうとした。

 のだが、それより先にアリサが動いていた。

 彼女は俺のことをじろりと一睨みしつつ、どこからかホイッスルを取り出し……

 それを思いっきり、吹いたのだ。

 ピピーーーーーーーーッ!


「ちょっとあなた! エレナ様に近づき過ぎです! 離れて! 離れてくださいっ!」


 アリサは鬼の形相でピー! ピー! と甲高い音を鳴らしながら、俺とエレナの間に入ろうとした。


「おいおい、今のはエレナのほうから近づいてきたんだけど!?」


 ピピー!


「エレナ様を呼び捨てしないでください! 不敬です!」

「なんだなんだ!? 地雷多いなこの子!」


 どうすんだ、会話にならねえぞ。

 俺がどうしたもんかと困っていると、エレナが前に出た。


「ちょっとアリサ、私が名前で呼ぶように言ったんだけど? それに、あなたたちだって『エレナ』って呼んで構わないのよ?」

「そそそそそんな恐れ多いことできません!」

「別に私は、王様でもお姫様でもないんだけどなぁ」


 エレナは困ったように頬に手を当て、そう言った。


「俺には、女神になるって言ったクセに」

「あ、女神ではあるわよ?」


 俺がツッコむと、彼女は楽しそうに笑う。女神様ごっこは気に入っているらしい。


「とにかくね、アリサ。シュウとも仲良くしてもらわないと困るわ」

「えー」

「えー、じゃない。何しろ、彼は……」


 ここでコホン、とエレナはひと呼吸置いた。そしてあらためて、


「これからこのチームの、新メンバーになるんだから」


 宣言した。

 その瞬間。


「――はい?」


 アリサはきょとんとして、手にしたホイッスルを取り落とした。

 ワルツ、ソナタ、セレナーデ……奥にいた三人のメイドさんも固まっている。

 そんでもちろん、俺も固まった。


「そんな話、聞いてないんだけど!?」

「え? うん。さっき決めた話だし」

「……エレナ。初めて会ったあたりから思ってたが」


 俺は一言申すことにした。


「なに?」

「君は何もかも話が急すぎる」


 そんなことだから、母さんにいきなり「息子さんをください」とか言ったあげく勘違いされるハメになるんだぞ!


「それじゃあ仲間だって納得してくれないよ。だから――」


 なので、当然の要求をさせてもらう。その権利はあるはずだ。


「ちゃんと説明してくれ」

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