第10話 目覚めし「神」アリーナを無双する(2)

 ――というわけで、ちゃんと説明してくれることになった。

 地下室のテーブルを囲む形で、俺とエレナ、アリサ、三人のメイドさんが座る。


「改めて、うちのチームだけど」


 そうして、エレナが説明を始めた。

 なぜか、眼鏡をしている。フレームをくいっと上げてレンズを光らせている。

 当然アバターに視力の差なんてもんはないのだが、雰囲気だろう。


「さっきも言った通り、ワルツ、ソナタ、セレナーデの三人はエンジニアね。彼女たちは私と一緒に、スキルの開発などをしているわ」

「ああ、『アクワイヤー』の開発かな?」


 このキルタイム・オンラインにおいて、最初に与えられるギフトが重要であるのは言うまでもないが、ギフト以外にもスキルを使うことはできる。

 後天的アクワイヤー、と呼ばれる、後付けで装備するサブスキルだ。

 アクワイヤーはギフトほどの強さはない。ダメージを与えるようなものはほぼ無く、移動や防御に使われることが多い。RPGでいう補助呪文といったところだ。

 それらは効果も構造も単純で、プレイヤー自身で開発・改造することもできてしまう(運営からも許可されている)。

 だから戦神ストライカーの中には、スキル作成に詳しい技術者エンジニアを雇っている人も多い。

 彼女たち三人は、そういった立場なのだろう。しかし……。


「つまりね。『神々の時計クロノスワークス』も、彼女たちと、私の作品なの」


 問題はそこだ。


「ち……ちょっと待って。『神々の時計クロノスワークス』はアクワイヤーじゃない。ギフトだろう?」

「そうよ」

「それを……作るだって?」

「厳密には改造ね。私の元々のギフトを作り変えて、この性能にした」


 エレナは平然と言ってのけるが、これは尋常なことではない。

 ギフトは、アクワイヤーよりも複雑で強力。それをいじれるエンジニアなんて聞いたことがない。

 まして『神々の時計クロノスワークス』はそこらのギフトよりさらに超強力なシロモノだ。

 そして彼女はそれを作るだけでなく俺に「渡した」。

 当然、普通、ギフトを譲渡するなんてありえない。

 何もかもが、前代未聞の話なのだ。


「どう? 凄いでしょう」

「凄い……で済む話なのか? このメイドさんたち、とんでもないんじゃ……」

「いえいえ、私たちなどはただのアシスタント……言われた通りに作っただけです。この複雑なギフトを設計したのは、エレナ様なのですよ」


 俺が驚いていると、横から「ソナタ」と呼ばれていたメイドさんが補足した。


「そうです! エレナ様はご自身のギフトを、チート級に改造してしまったんですから! 天才なのですっ!」

「……まじリスペクト」


 ワルツ、セレナーデと呼ばれたメイドもそれに続く。

 どうやら「エレナ」は、俺の知る最速の戦神ストライカーというだけでなく、もっととんでもない人物であったようだ。


「もぉ~みんな私のこと持ち上げてぇ~。そんなこと言われたら、愛しちゃうよぉ~!」


 ……目の前のエレナは、メイド三人をまとめて抱きしめてデレデレしているが。


「うッ……エレナ様……! うらやましい……ッッッ」


 そしてその横では、有名戦神ストライカーであるはずのアリサが涙目でハンカチを噛んでいる。

 うーん、独特な空気だ。


「まあ、とにかくそういうワケでね。私たちは戦うだけじゃなく、スキルの作成には自信があるんだけど」

「うん……そうみたいだね」

「……最近どうも、私の技術を狙ってるヤツらがいるみたいなのよね」


 ――なるほど、と思いつつ俺は黙った。

 さっき襲撃されたことは言っちゃいけないんだったな。


「下手に外に出れば襲われる。たぶん、私を攫って何か……自分たち専用のチートスキルでも作らせるつもりなのかしらね?」

「おっかないなぁ」

「だから、私はあんまり表舞台に出るわけにはいかなくなった……。身体のことも、あるしね」


 後半を言いながら、エレナは哀しそうに目を伏せた。

 やっぱり、彼女としても憂鬱なことなんだろう。深くは触れないでおく。


「それで最近はアリーナにも出てなかった、ってことか……」

「そう。でもね、私たちの目的……のために、活動をやめるわけにはいかない」

「目的……? アリーナでトッププロとして活動すること?」


「そうね。戦神ストライカーとしてトップになること……そうやって資金を集めることにも意味があるわ」

「……なんか、他にもありそうな口ぶりだな」


「ま、まあね! 追い追い話すわよ」

「そういうの多いなァ……」

「いきなり全部喋っても理解が大変でしょ! ……それより!」


 取り繕うようにエレナは眼鏡を持ち上げて光らせた。


「そのために必要になるのが……新たなメンバー。シュウ、あなたよ!」

「……そこが急なんじゃないかなあ!?」


 俺は抗議の意を込めて一歩前に出た。

 が、エレナは意に介さない。さすがは伝説的戦神ストライカー。ずぶとい。


「私は実力者を仲間にしたかった。でも、K.T.Oキルタイムの有名プレイヤーは、だいたいすでにどっかで雇われてるものよ。だから――『外部』から即戦力を連れてこようと思った」

「それで目をつけられたのが、俺……?」

「その通り! 『神の眼』を持つアナタよ!」


 エレナはパン! と両手を合わせた。


「ここに来る前にも話したけど……私はもう、長時間は戦えない。私のかわりに『神々の時計クロノスワークス』を使う人間が必要なのよ」


 彼女は得意げにメガネをクイッと上げ、


「直接ゲームで勝負して、そして会話して感じた。あなたの能力と、ゲーマーとしてのスタンス……私、感動したの!」

「そんな大げさな」

「私は正直に言ってるだけよ。このゲームチームは、あなたの力でさらに強くなる!」

「…………」


 俺は。

 最初は、ちょっとびっくりした。

 そりゃそうだろう。こんな美味い話があるもんか?

 ずっと動画で見てた戦神ストライカーのチームで、認められて、メンバーになるなんて。

 いくらなんでも引き受けちゃいけないんじゃないか? そんなことも思った。

 だが。そこで、母さんの言葉を思い出した。


 ――「まず考えるべきことは、一つじゃない?」

 ――「なりたいのか、なりたくないのか」


 なりたい。

 そりゃなりたいさ。だから、結局のところ答えは一つなんだろう。


「……わかったよ」


 俺はエレナに向きなおり、応えた。

 対するエレナも笑顔でこちらを見ている。まったく、無垢で眩しい笑顔だ。


「そちらさえ良ければ、やらせてもら……」


 ――ピピーーーーーーーーーッッ!!


 俺の言葉は、最後まで言わせてもらえなかった。

 甲高い笛のに遮られて。

 続けて、涙の混じった叫び声が響いた。


「良くな~~~~~~~~い!!」


 メイド戦神ストライカー、アリサがものすごい形相で、俺とエレナの間に割って入った。


「何ちょっといい感じになってるんですか!? 不潔! 不潔です!」

「ちょっとアリサ、落ち着きなさいよ」


 エレナがなだめるが、アリサは納得がいかないようだった。


「これが落ちちゅいてらりゃれますの!?」

呂律ろれつがぶっこわれてるじゃない。よしよし」

「でへへ」


 エレナが頭を撫でると、アリサはぐにゃんと崩れた。

 ……が、すぐ元に戻った。


「じゃな~~い! ゴマかされませんわ! こんなどっかの馬の骨を仲間になんて」

「人間だったわよ? 私、リアルで見てきたもの」

「そういう話をしてるんじゃないですわ!? とにかく、わたくしは認めま……」

「……わかったわよ」


 ここで、エレナがため息をひとつ吐いた。ん? どうすんの?


「そこまで言うなら、あなたが確かめてみればいいじゃない」

「「……へ?」」


 俺とアリサは、同時に疑問を浮かべた。確かめるって?


「アリーナよ。戦えばすぐにわかるわ、シュウの資質が」


 エレナは名案だ、とばかりにふふんと鼻を鳴らした。


「なるほど……わかりましたわ。ぼっこぼこにして差し上げればよろしいのね……」


 アリサは真っ黒い顔になってゲヘヘと笑っている。君、わりとキャラがブレるな。


「アリーナ……か」


 しかし俺も、その案はいいと思った。

 チーム云々は別にしてだ。

 アリーナ。戦神ストライカーたちが競い合う闘技場。憧れの場所のひとつだ。

 単純に、そこで戦ってみたかった。

 今の、ギフトがある俺なら、どこまで戦えるのか……?

 ワクワクしてくるじゃないか!


「うん。行こう。戦ってみたい……!」


 そうして、俺たちはアリーナへ行くことになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る