第13話 目覚めし「神」アリーナを無双する(5)

 さて、三十位のタクマを倒したのを皮切りに、俺はその後もアリーナで連戦した。

 戦ったのは二十四位、十六位、十二位。

 以前の俺からすれば「雲の上」「次元が違う」としか思えなかった相手だ。

 普通に考えれば、ビビッて当然。というか正直ちょっとビビった。

 当たり前じゃん。昨日まで一般人だったんだから。


「でも――」


 でも。俺は試合前に一人、心を落ち着かせていた。


「怖くても、勝つ」


 心構えをあえて口に出す。

 臆病な自分に言い聞かせる。

 そもそも俺は、それはもう臆病な人間だと思う。

 昔から何もかも苦手だったから、何をするのも怖くなった。当然の流れ。

 だから――


「怖いまま戦うんだ。緊張したまま相手の技をかわして、こっちの攻撃を叩き込む」


 拳を握る。緊張で流れる汗も、自分の一部。


「俺は、ビビってても強い・・・・・・・・ぞ――!」


 そうして俺は、戦いに挑んだ。

 そして、勝った。


 ――二十四位は「装備系」のギフト使いだった。能力ではなく、特殊な武器を「ギフト」として与えられたタイプだ。

 シンプルなナイフに見えるその武器は、刃が伸びるし曲がる。どこまでも追いかけてくる刃を、切る・刺すだけでなく、手足に巻きつけるなどの使い方もしてくる。


「けど……伸びるより、俺のほうが、速い」


 刃が追ってくるより早く相手に接近し、一撃。これで一勝。


 ――十六位は「必殺系」のギフト使い。

 発動すると、彼の体の周囲十か所からレーザーが連射される。圧倒的な速さと密度の攻撃で、回避はまず不可能とされている。


「なら……撃つ前の『目』を見る!」


 俺はレーザーの発射前に相手の真横に移動。さっきまで俺のいた場所にレーザーが放たれるのを見送り、一撃。これで二勝。


 ――十二位は「持続系」のギフト使い。発動せずとも、常に効果を発揮してアバターを強化するタイプだ。

 彼のギフトは、持続的な「防御力強化」。地味だが、これは正直めちゃくちゃ強い。

 こちらも相手も武器はない。純粋な格闘の勝負になる。


「それなら……この速さにはついてこれない、だろ!」


 俺はタクマにやったように、相手に見えない速度で移動し、急所のこめかみに、一撃。

 だがその瞬間。相手の目線がこちらを向いた。


「――耐えたか!」


 相手が反撃してくる。でも、俺にはそれが全部「視える」。だから避ける。


「一発でダメなら……!」


 俺は一秒に二秒ぶん動く。俺のパンチは同じ重さで速度が二倍、つまり倍の威力。

 それを、連打で叩き込む!

 この連打は、観客席からは、色のついた竜巻にしか見えなかったそうだ。

 沸き上がる歓声を背に、相手が倒れる。防御を――貫通した!

 これで三勝。


「よし……だいぶわかってきたぞ、『神々の時計クロノスワークス』!」


 ギフト『神々の時計クロノスワークス』と、俺の『神の眼』。

 その組み合わせが俺に見せる「予知」の景色。

 俺は確信した。これはただのギフトを超えた力だ。

 上位の戦神ストライカーに、通用する力なんだ……!

 観客席からは、動揺と感動の入り混じった声がきこえてくる。


「嘘だ、たった一日でここまで駆け上がるなんて……! 前例あったか!?」

「たしか……一日でトップ10に勝ったのは『不可視の天使インビジブル』と『金獅子』だけのはず」

「そこに並ぶレベルだっていうのか……! いやでも実際、強い!!」


 いやあ、これはけっこう気分いいなあ。へへ。

 今までこんなに大勢の人から褒められたことはない。

 どうやら完全に、アリーナは俺を「強い戦神ストライカー」と認めたようだった。

 ――と、いうことは。

 ここでようやく動く、少女の姿があった。


「ふう。シュウ……でしたか。ただの馬の骨ではなかったようですわ」


 メイド服の戦神ストライカー、アリサが立ち上がった。

 隣でエレナが「おっ」という顔で見上げている。


「でも。教えてあげますわ……あなたが、ちょっと速いだけの馬の骨だということを」


 あ、ウマ認定は変わらないんだ。

 ともあれ、次の相手は決まったようだ。

 戦神ストライカー天界の掃除人ヘブンスイーパー』アリサ。

 アリーナ順位は――六位。



 闘技場で、俺とアリサは距離をとって向かい合う。


「わたくしを引っ張り出したのは、評価して差し上げますわ。でも――」


 アリサはじろりとこちらを睨みながら、片手につかんだモップでどん、と床を突いた。


「十位から上は、世界が違いますの」

「うん。聞いたことは……あるよ」


 俺は少し緊張を増して答える。

 アリサのまとう空気が……「ホーム」にいた時と違う。

 あのレストラン地下室での彼女は、エレナに心酔する落ち着きのない女の子だった。

 今は――。


「エレナ様のチームに入るということは、それだけの実力がなきゃいけないんですのよ。それを、エレナ様に認められた気になって……!」

「い、いやあ認められた気になんて――! いや、ちょっとなってたか」

「愚かですわ。求められるレベルがわかってない!」


 アリサはモップを両手でビュン、ビュンと回転させた。

 それだけでもわかる。武器の扱いの熟練度。このモップは彼女の身体の一部だ。


「あなたはここまでですわ。帰りなさい」

「……素直にハイとは、言えないな」


 俺も構えをとりながら、なんとか言葉を吐く。

 アリサがぴく、と眉を上げる。


「エレナは恩人だ。本当に俺に、ギフトをくれた。戦えるようにしてくれた。俺に、ゲームの楽しみをくれた……!」


 そうだ。俺はもう、たくさんの恩を受けた。だから。


「そんなエレナが、俺の力を求めるなら……応えられるように、ならなきゃいけない」

「……っ!」


 アリサは答えなかった。試合開始が近い。

 会話が止まると、闘技場は静かだ。

 観客席も唾を呑んで静まり返る。

 視界に「READY」の文字が浮かぶ。

 そして――その文字が「FIGHT!」に変わった瞬間。


 アリサがもう、目の前にいた。


「――いっ!?」


 しまった、先手を取られた!

 油断した。会話に緊張して忘れていた。戦神ストライカー「アリサ」の必勝パターンのひとつを。


 これは彼女のギフトではない。「アクワイヤー」を使ったのだ。

 たったの「一歩だけ」脚力を強化する〈ギャロップ〉という補助スキル。

 ギフトに比べればなんてことはないモノだ。

 だが、さすがは六位ランカー。それを効果的に使ってくる!


「はぁっ!」


 アリサは間髪入れずにモップを突き出した。

 俺の『神の眼』はギリギリで、その狙いを先読みする。

 ――みぞおちだ!


「うおっ!」


 俺は後ろに跳んで回避する。ゾクリ、と背中が震える!


「さすが有名戦神ストライカー。ギフトを使わずこの強さ……!」

「へえ。今のを避けるんですのね」

「な、なんとか。それに……」


 危ないところだった。あまりに突然のことで、発動を念じる暇すらなかった。


「ギフトを使ってなかったのは……俺もさ!」


 使わずに負けたんじゃ話にならない。見せてやる。




 ――「神々の時計クロノスワークス」LEVEL.1〈コンセントレイト〉

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