第12話 目覚めし「神」アリーナを無双する(4)

「い、く、ぜェェ~~~!!」


 タクマは前に踏み出しながら、腕を振りかぶった。早速狙っているのだろう。

 ――〈スマッシュ〉。

 ギフトにもいくつかの分類があるが、「必殺系」に属するスキルだ。

 他の「持続系」や「装備系」とは違い、発動を念じることで効果を発揮する、文字通りの必殺技。


 〈スマッシュ〉はその中でも特にシンプルな攻撃技だ。発動すると爆発的なオーラが拳を覆い、超スピードで一撃必殺級のものすごいパンチが放たれる。

 シンプルゆえに防ぐのは難しい。昔の俺はギフトなしでこれに挑み、色々試したが、ついに回避も防御もできなかった。

 俺の動体視力をもってしても、まともにやれば防げない。それほどに「ギフト」は明確に強力だということだ。


「安心しろよォ~~! 前と同じだァ、すぐ終わるからよ!」

「――そういうわけには、いかないよ」


 突進するタクマに対して間合いをとりながら、俺は答えた。


「俺は、前とは違うんだ」


 今にもパンチを撃ちたさそうなタクマを確認し、そして、俺も。

 ギフトを、発動した。


 ――「神々の時計クロノスワークス」LEVEL.1〈コンセントレイト〉


 瞬間、時の流れが鈍化する。

 あの時と同じ。周囲の動きがゆっくりになる。


「なるほど……あの時は咄嗟だったけど、こうして見ると……エレナの説明通りだ」


 試合前。

 俺はエレナから『神々の時計クロノスワークス』について簡単に説明されていた。

 いわく。「超スピードで動く」スキルだと思われがちな『神々の時計クロノスワークス』だが、周囲にそう見えているだけで実態は違う。


 その本質は、体感時間の操作。

 K.T.Oキルタイムのサーバー内時計にアクセスし、周囲にとっての一秒が、自分にとっては二秒になるよう変えてしまうというのだ。

 これにより俺は、相手の二倍考え、二倍動くことが可能になる。


「よし――『視えた』」


 そして……この力は俺の『神の眼』と合わせて使うことで、さらに化ける。

 俺の眼にははっきりと見えていた。

 タクマが、俺のいるであろう場所に向けて〈スマッシュ〉を放っている姿が。

 俺の鍛えた『神の眼』は、相手の動きを見て先読みする力。

 エレナのくれた『神々の時計クロノスワークス』は、二倍の時間をかけて相手の動きをじっくり見せてくれる。


 ゆえに、俺の「予測」は、もはや「予知」の域まで完成する――!

 ……実際のタクマはまだ〈スマッシュ〉を放っていない。

 俺は『神の眼』で見た〈スマッシュ〉の位置に当たらないよう動くだけでいい。

 ついでに相手の死角にまで回ってしまおう。


「く ら え ェ ェ ーーーーーーー!!」


 ここでようやくタクマがゆっくりと叫びながらギフトを発動。

 爆発的なオーラに拳が包まれる。

 だが。既に。


「――遅いっ!!」


 言っても、聞こえているかどうか。


「初めてだな、お前に攻撃を当てるのは。……いくよ」


 俺はタクマの真横から、急所のこめかみに拳を突き出した。

 こめかみは小さい。普通なら狙って当てられる場所ではない。

 だが、俺には「時間がたっぷりある」。しっかり狙って拳を出せばいい。

 加えて――同じ重さのパンチの、スピードが二倍だったらどうなるだろう。

 単純に考えて、威力は二倍になる。

 そうして俺は攻撃を命中させた。拳にヒットした感覚が伝わる。

 それと同時に俺は、ここで、ギフトを解除した。


 バ シ イ ィィ ーーーーー ン


 痛快な打撃音がアリーナに響く!


「――!? グワ……アァァーーーーーーーッッ!?」


 遅れて、タクマの悲鳴。何が起きたかすらわからないだろう。

 拳にオーラを纏ったまま、〈スマッシュ〉を空振りしたタクマが派手に倒れる。

 俺はその真横で、パンチを出した姿勢のまま静止。


「オ……オオオオオオオオオ!?」


 何が起きたか理解できない観客席に動揺が広がる。

 俺は視界の片隅で、相手のHPゲージがギュンと減り、ゼロになったのを確認した。

 顔を上げる。アリーナ内のディスプレイを見る。


 K.O.

 試合時間――二秒。


「え……?」

「終わっ……?」

「け、KOって……まさか、タクマが倒れてる……!」


 遅れて観客たちは理解したようだ。過程はわからなくても結果はわかるだろう。

 俺が、勝ったという事実が。


「や……やった! まさか圧勝なんて! 完璧じゃない! さすがシュウ!」


 エレナが心配を忘れたように小さく跳んで手を叩き。


「……! す、少しはやるようですわね」


 アリサは信じられないというふうに顔をしかめた。

 そんな二人の声も飲み込むように、客席のボルテージはどんどん上がっていく。


「え? ちょっと今どうなった? 見えなかったぞ!?」

「な、なんだ今の……まるで『不可視の天使インビジブル』じゃ」

「う、ウソだ、マジであの『持たざる者エンプティ』が……!」


 沸き上がる歓声に包まれながら、俺は感慨を噛みしめていた。


「俺が……この俺が……配信で見るだけだった、このアリーナで……!」


 三十位のランカーを破った。これで決定的だろう。

 俺は、なった。諦めていた戦神ストライカーに、なったんだ……!


「ウ……オオ……バカな……」


 足元から、声。


「ウソだ、ウソだアアアアア! そんなハズはない!!」


 倒れているタクマが行き場のない声をあげていた。

 HPがゼロになったアバターは「デッド」状態となりしばらく動けない。

 今のこいつにできるのは音声をぶちまけることくらいだ。


「俺様が負けるワケが! こいつに! エンプティ野郎なんかに……!」

「……ごめんな」


 その相手に。かつての俺に、トラウマを刻んだ男に。

 気が付くと、俺は声をかけていた。


「ハァ!? なんで俺が、お前なんかに、謝られて」

「昔の俺を知ってるんだもんな。そりゃ油断するよ。フェアじゃなかった」

「…………」

「俺は。もう、からっぽじゃないんだ。だから――」


 俺は言葉を続けた。


「いつか、もう一度やろう。前の俺がそうしたように、誰に何度挑んだっていいんだ」


 恨みがないわけじゃない。

 でも、俺もこいつも、ゲーマーであるのなら。

 それは許されるべきだ。何度でも戦って、何度でも、勝ち負けを決めよう。


「負けた時。うまくいかなかった時。心折れないで『どうやって?』を考えるんだ。それが次の勝ちに繋がる」


 俺は振り返った。過去の自分に別れを告げるように。


「それが――勝負ゲームを楽しむってことだと思うから」

「……ふん。綺麗ごと抜かしやがって」


 タクマは倒れたまま、不満そうにつぶやいた。


「本当にバカみたいなゲーマーだな、お前は」

「うん。まったく――その通りだよ」

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