第14話 目覚めし「神」アリーナを無双する(6)

 時の流れが鈍化する。敵の動きがゆっくりと見える。

 俺は相手を観察し、『神の眼』と組み合わせて、未来の景色を視て――!

 そして、ぶったまげた。


「な、なんじゃこりゃあ……!」


 俺の見た未来。それは、俺のいる場所にモップで八連撃を繰り出すアリサだった。

 攻撃をかわされた直後に、まったく態勢を崩さず、しかも八発て!


「は ぁ ぁ ぁ あ あ !」


 ゆっくりとアリサの声。連撃が始まる。見た以上、対処しなくては!


「う……うおおおおお!」


 かわす。かわす。かわす。次は顔面――

 全部をかわすのは無理だ!

 顔狙いの一撃を、横から叩いて捌く。

 そして、かわす。かわす。かわす。残り一発!

 間に合わない。両腕をクロスしてガード!


「――っぷはぁっ!」


 俺はいったん『神々の時計クロノスワークス』を解除した。くらっ、と一瞬、意識が揺れる。

 よろけた足で踏みとどまる。長く発動すると脳への負担が大きいのは本当らしい。


「これで……倒せないですって……!?」


 アリサが目を見開いて驚いている。しかしその攻撃は確かにすさまじかった。

 これが戦神ストライカー・アリサの強さのひとつ。

 そもそも棒術使いとしてめちゃくちゃ強いのだ。

 アリサはまだギフトを使っていない。

 あのモップも「装備系」のギフトというわけではない。

 あれはただのアバターの持ち物。装飾パーツだ。


「――わかりました」


 アリサが一度、動きを止めた。目がシリアスになっている。怖い。


「な、何がわかったのかな……?」

「本気を出す必要がありますわね」


 俺は警戒する。アリサは首にかけていたホイッスルを、口に咥えた。

 あれは……! ギフトが、くる!


「あなたは……フルボッコ決定ですわ!」


 ピピーーーーーーーッ!

 甲高い笛の音が響く。それは、ギフト発動の合図。

 同時にアリサが飛び出す。またしても〈ギャロップ〉。

 そして攻撃を繰り出す。両手に、二本のモップ・・・・・・で。


「う……おおお!」


 俺も慌ててギフト発動!

 ――『神々の時計クロノスワークス』! 〈コンセントレイト〉!

 相手の動きが遅くなる。よく見て、しゃがんで攻撃を回避する。

 しかしその直後。俺はまだ未来を視る。

 モップ十六連撃――!


「そっかー! そりゃ倍になりますよねー!」


 かわす、かわす、かわす、捌く、かわす、かわす、ガード、かわす、かわす、捌く、ガード、かわす、捌く、捌く、捌く、ガード!

 よし!!

 ゆっくり動く時の中で、俺はガッツポーズしてからカウンターを仕掛ける。

 攻撃を終えた相手の頭に、威力二倍の左フックを――!


「そ う き ま す の ね !」


 しかし。アリサにはそれも見えていたようだった。

 笛を咥えたまま器用にしゃべり、彼女はもう一度ピピッ、とそれを吹いた。

 三本目のモップが現れ、俺のパンチを受け止める。


「つ、強い……!」


 これが、アリサのギフト〈マテリアルサーカス〉。

 物体をコピーし、しかも操る。

 かなり複雑で使いこなすのは大変なギフトだが、応用範囲は広い。


「こ う な っ た ら !」


 アリサが身構える。俺はその動きを観察する。

 ゾクリとした。未来を視るまでもなく・・・・・・・・・・ピンときた。

 次に彼女が、何をするのか。


 ピッ。ピッ。ピッ。

 ホイッスルの音が鳴り始める。細かく、速く、何度も何度も。

 ピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピ……。


 そのたびにモップが増える。

 それらは宙に浮き、組み細工のように絡み合い――


「これは、生で見ると……冗談じゃないな」


 そして最後に、ピーーーーー!! とひときわ大きな音が鳴り。

 見上げるほどの、巨大な木のバケモノが。

 怪獣のようなモップの津波が。

 猛スピードでこちらになだれ込む――!

 これが『天界の掃除人ヘブンスイーパー』アリサの必殺技〈アトミック・スイープ〉。


「終 わ り で す わ!!」


 アリサが叫ぶ。

 幅の広い攻撃範囲。闘技場をまるごと押しつぶす大質量。

 この技を対処できる戦神ストライカーは、ほぼいない。

 それゆえに彼女は六位にまでなった。あらゆる敵を押し流す掃除人として!

 ――でも。


「でもね」


 俺はつぶやいた。アリサがはっとした顔でこちらを見た。

 予想外の方向から声がしたはずだ。彼女は驚きを顔に出していた。

 だって俺は、アリサの真後ろにいたから。


「ごめん、知っているんだ、このパターンも」


 そう、知っている。

 そもそもさっきから何で俺が、やたら詳しくアリサの技を解説できているのか。

 そりゃ――オタクですから。

 動画配信を見まくってる、戦神ストライカーオタク。


「な……! この技を初見で、かわすですって……!?」

「いつも、見てたからな」


 〈マテリアルサーカス〉を発動してモップを分裂する。連打やガードでモップを徐々に増やしていき……大技の〈アトミック・スイープ〉に繋げる。

 この流れは、アリサの必勝パターンとしていくつも動画が残っている。

 だから「未来を視るまでもなくピンときた」。

 そして対抗するには、これしかなかった。


 強力な範囲攻撃である〈アトミック・スイープ〉が絶対に当たらない場所。

 それはどこか?

 ――決まっている。アリサ本人のいる場所だ。

 だから『神々の時計クロノスワークス』の超スピードで移動した……ついで

に後ろをとった。


「あんたも、俺の憧れの一人だったんだよ」


 言いながら、その憧れの背中に攻撃を叩き込む。

 なるべくなら、一撃で決めたかった。あまり無様を晒してほしくはない。


「こ の ……!」


 アリサがこちらを目で追いながら何か言いかける。瞳から涙が流れる。

 彼女のHPはゼロになっていた。

 俺が『神々の時計クロノスワークス』を解除すると、時間が加速し、アリサは前のめりに倒れた。

 間髪入れず、K.O.の表示。


「どうだ。勝った……ぞ!」


 そう、俺の、勝利だ!


「――ずいぶん喜んでくれますのね」


 足元で、「ダウン」状態となり動けないアリサがこぼした。


「そりゃ……嬉しいよ! 言った通り、憧れの相手だったんだ!」

「……そう。そうね」


 アリサは少し悔しさをにじませながら、しかし、こう言った。


わたくしは、自信がありました。仮にも、このアリーナの六位。わたくしは、強い! ……はずなんです」

「そ、そりゃあ当然、すごく強かった――」

「でも! なのに……手も足も出なかった……!」

「…………」


わたくしに負けは許されないのに……。エレナ様の背負っているものも知らない者に……!」

「そ、それは、あの子、教えてくれないし……」

「エレナ様のお側にいるには、半端な者では許されないということですわ」


 アリサは倒れてなお、目に力を宿したまま言った。


「だから……覚悟なさい」

「え?」

「これから。この先。負けることは許されませんのよ」

「つまり、それって……」


 アリサはそこで少し、ひと呼吸の間をとった。

 ためらうように息を止める。でもすぐに、続きを言った。


「認めます。エレナ様のお側で、力になりなさい。わたくしを倒したあなたには……その資格がある……!」


 驚いた。正直、負けてもアリサは認めてくれないんじゃないかと、少し思っていた。


「そのかわり、骨になるまでエレナ様に尽くすんですのよ!?」

「あはは」


 ほっとしたようで、俺はちょっと気が抜けたように笑った。


「初めから馬の骨、でしょ? 俺は」

「……訂正しますわよ。シュウ、あなたは天下一の――名馬です」

「馬じゃん」


 くすり、と、アリサの笑う声が聞こえた。

 そこでようやく緊張の糸が切れて、俺たちは仲間になれた気がした。


「あはは」

「えへへ」


 この子は負けて……その悔しさを認めた上で、俺の存在を許した。

 何気に凄いことだと思うんだ。

 強者は、相手の力を認める――。彼女には、その品格があった。

 そんなアリサと笑い合って、俺はちょっと嬉しい気持ちになった。

 ――ならば。

 今がいいだろう。


「さて。じゃあ……やってみようかな」


 アリーナで勝てたらやると決めていたこと。

 俺は、客席に向けて腕を振り上げて……勝利を示す。

 憧れの戦神ストライカーが……『不可視の天使インビジブル』エレナが、勝利のアピールでやっていたように。


「「「お……オオ……ウオオオオオオ!!」」」


 観客たちは猛烈な歓声で、それに応える。


「一日で、トップ10を破っ……た!」

「『不可視の天使インビジブル』や『金獅子』以来の快挙か!?」

「で、伝説の再来だ……! アリーナに新しい時代がくるぞ……!」


 俺は。

 K.T.Oキルタイムという舞台で。


 憧れのトップ戦神ストライカーという存在に、今、なったんだ。

 そういう生き方が、これから、できるんだ……!

 感慨で身体があつくなる。拳にもつい、力がはいる。

 グッ、と固くにぎった右手の中に汗をかく。


 その汗に、二年ぶんの悔しさと、鬱屈と、諦めきれなかった夢が……

 全部、詰まっていた。

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