第15話 「私はね。悪い奴らをブッ潰したい」(1)

 解釈違い、という言葉がある。

 いや、突然めちゃくちゃオタク用語ですまない。


 でもまあ、意味はわかってもらえると思う。

 憧れたり、好きだった人なりキャラクターなりの行動が、自分の理解と違った時とかに使う言葉である。

 なんで急にこんな話をしたのかというと、今まさに俺の目の前にそんな感じのことが起きているのだ。

 具体的に見ていただきたい。


「すごい……! すごかったわ! シュウ!」


 戦いを終えた俺たちはアリーナを出て、拠点のレストランに戻ろうとしていた。


「あなたはいつも、私の予想を超えるのね!」


 エレナはすっかり舞い上がってしまっており、なんか足取りもどこかフワフワしていた。

 とても、実戦で俊敏な動きをする人間とは思えない。この人本当に強いんだっけ……?


「私、本気で嬉しいのよ! いくら有名な『神の眼』とはいえ、外から人を連れてくるのは実際バクチだったもの!」

「そ、そりゃどうも……」


 まあ、俺としても褒められるのは嬉しいんです。

 でも隣でアリサがものすごい目で睨んでくるので、リアクションはほどほどにしておく。


「ね! こんなに感動したのもひさしぶりよ!」


 エレナはぴょん、と小さく跳ねてこちらに向きなおった。そして――


「ほんと、シュウがきてくれてよかったー!」


 笑顔で手を広げる。

 ――瞬間。

 俺の『神の眼』が彼女の次の動きを伝えた。

 彼女の重心の移動。足の動き。満面の笑み。そこから予測できる動作は――


「……う、うわっ!?」


 前方への飛び出し。つまり。

 投げ技……じゃないね。でも、そのくらいの密着度。

 そう、エレナは――めっちゃ抱き着こうとしている! 強めに!


「え、エレナ!?」


 俺は反射的に、格ゲーで鍛えた反応でかわそうとする。とっさに半歩下がる。

 そこにエレナは……ピタリとついてくる!

 流石は不可視の天使インビジブル!! 見事な足運びだ。


「ちょっと、逃げないでよー!」


 元アリーナ一位のスーパー戦神ストライカーは、前方へ加速して俺をとらえた。

 片手を掴まれ、逃げを封じられて……。

 そのまま、ぎゅうっとハグされた。


「へへっ、捕まえた」


 そんな格闘技術を使ってまでやることですかね!?

 エレナは俺とくっついたまま、嬉しそうにくるくると回った。

 感情まかせに好き放題動いてる、って感じだ。

 周りも見えていないだろう。


「グッ……エレナさまァァ……」


 だってほら、アリサが紅い涙を流してこっち見てるのにやめないし。

 すごいなあ、K.T.Oキルタイムのアバターって血涙も流せるんですね……。


「エレナ? いつまでこれやるの??」


 この時の俺の心情を説明すると。

 第一に「えっ女子が、じょじょ女子が女子が来てるんですけど!?」が半分。

 第二に「えっ俺が二年越しで憧れてた、最速にして最強のクールな天使って、実はこんなんだったんですか……?」が半分といったところだろう。


 ええと、半分です。半分だよ。ホントだってば。

 それにしても意外だった。

 そりゃ、俺の見てたバトル動画にはプライベートの様子なんか入ってませんけど。

 でも、その、イメージってあるじゃないですか。


 長い銀髪をなびかせて、敵の攻撃など歯牙にもかけずにあしらい、無傷で華麗に葬り去る、白く美しい戦いの天使。

 それが世間的な『不可視の天使インビジブル』のイメージでして、あの、エレナさんマジでいつまで回ってるんですかね!?


「えへへへ」


 そうして十秒か二十秒か、数えちゃいないけどそのくらい経って、ようやく彼女は俺の体を離してくれた。

 子どもっぽく笑う様子は、十代の少女そのもの。

 それがどうしようもなく、可愛らしく……可愛らしいんだけど……。

 解釈が違うんですよ……!

 ああ、我ながらめんどくさいオタクですね。万歳。


「……満足した?」

「うーん。満足したことにしてあげる!」


 エレナは両手を後ろに回して微笑んだ。


「はあ」


 俺はやっと気が抜けて気を吐く。

 これが、不可視の天使インビジブルの真実。

 まったく、解釈が違いますよ。ぜんぜん違う。


 でも――。

 実際に会った「天堂絵礼奈」の姿を思い出す。

 あどけなさを残し、もうひとつカッコつけきれない、若々しい少女。

 今の振る舞いは、初めて会った時と比べても、さらに幼く見えるけれど……。

 きっとこちらが、自然体の彼女なのだろう。


「ん? どしたの? ボケっとして」

「えっ、ああ」


 心配したようにエレナがこちらを覗き込む。

 瞳がきらきらと瞬き、銀髪が流れるような光をまとって揺れる。

 解釈――し直さなきゃな。彼女という人間を。


「いきなり連戦で『神々の時計クロノスワークス』使ったから、疲れちゃった?」

「いや、それは大丈夫!」


 俺は笑ってみせた。エレナも笑い返した。

 いや、ごめん、解釈違うけど、可愛いわ。

 不可視だったはずの天使が……今、鮮明に見えてきた気がした。




 さて、拠点のレストランに戻ってきた俺たちは、座席に腰を下ろして会話していた。

 席には俺と、エレナにアリサ。

 店には他のお客さんもいて、「ワルツ」「ソナタ」「セレナーデ」の三人のメイドさんがウェイトレスとして、せわしなく動き回っている。

 けっこう客層は色々だ。いかにもファッションを楽しんでそうなライトゲーマーの集団がワイワイしてるかと思えば、いかつい雰囲気をまとったサングラスの男もいる。けっこう繁盛してるってことなんだろうか。


「すごいな、ほんとにピザの味がする」


 俺は初体験のK.T.Oキルタイムグルメに驚きながら、チーズを口からびろーんと伸ばしてみた。すごい。めちゃくちゃ伸びる。


K.T.Oキルタイムでは料理もプログラムですが……私たちエンジニアはそのプロですから」


 と、ソナタ。控えめに微笑むお姉さんメイド。


「ウチの料理はそこらとは違うってこと! K.T.Oキルタイムでもこのレベルはそうないんだからね」


 と、ワルツ。ハキハキと胸を張る元気っ娘メイド。


「デリシャスを感じなさい」


 と、セレナーデ。無表情を崩さない謎めいたメイド。

 彼女らの歓迎? を受けながらピザを食べるのは、なかなかどうして幸せな時間だった。


「どんどん食べてよね! シュウが正式にメンバーになったお祝いだから!」


 とエレナは料理を追加注文する。


「え、これ単なる歓迎会ですの? わたくしたちの今後の動きとか、話し合うんじゃ……」


 アリサは少し不満そうにつぶやいた。


「まあまあ、そのへんは歓迎してからでいいじゃない! 歓迎って大事なことよ? 仲間として受け入れます、ってちゃんと表明しなきゃね」


 しかしエレナはもっともらしいことを言って、飲み物を追加注文した。


「それともアリサは、まだ認められない? ……シュウのこと」


 エレナがアリサに聞いてみる。

 するとアリサはぷうっと頬を膨らませて、


「……わたくしを倒すほどの戦神ストライカーを認めないなんて、ありえないことですわ」


 回りくどい肯定をした。


「あはは……まあ、せっかく仲間にしてもらえるなら、仲良く、したいかな」


 俺はうなずいて笑いつつ――しかし、確かに、そろそろ本題に入りたい気もした。

 だから、踏み込んでみる。


「仲間としては……エレナの目的も、教えてほしいしね」


 さて、どうだろうか。エレナの顔をうかがう。

 そのエレナは――


「ほむ?」


 ピザのチーズをびょーーーーーーんと伸ばし、

 それをはむはむ、と口で巻き取り、

 思い切り頬張ってチーズの塊を味わってから、

 飲み込んで言った。


「ほんなに気になる?」

「……気になるよ」


 ずいぶんとのどかな女神様だ。最初に襲撃された時の必死さはどうしたんだろう。


「俺がここに誘われた理由でもあるんでしょ? 狙われてる、なんて物騒な話もあったし」

「そうね……実際、狙われているわ」

「大事なギフトまで俺にくれたんだ、それだけの何かがあると思ってるんだけど」

「うん」


 エレナはこっちをまっすぐ見て微笑み、それから俺に問いかけた。


「私がチームに誘った言葉、覚えてる?」

「ログインゲートの街の近くで言ってたやつ?」


 覚えている。


「私と一緒に――『この世界ゲーム』をひっくり返さない?」


 エレナは、そう言って俺をここに連れてきた。

 正直、今をもって、それが何を意味するのかわからないけど。


K.T.Oキルタイム全体を巻き込むような何かを……しようとしてる?」

「うーん、規模的にはそんな感じかな。でも、わかりにくいことは何もないの。私がやろうとしてることはね、結局のところシンプル」

「どういうこと?」

「私はね」


 その瞬間、エレナの表情が真剣なものに変わった。

 試合場に立つ、あの冷たく鋭利な『不可視の天使インビジブル』の顔。

 そして彼女は、「目的」を口にした。

 それは自身の言う通り、本当にシンプルな内容だった。


「悪い奴らを、ブッ潰したい」


 まるで子供のような、純粋で幼い願い。

 エレナは、普通ならちょっと恥ずかしくなるようなその目的を、いたって真面目に言い切った。


「悪い……奴ら?」

「そう」

「このゲームに、『悪』がいるってこと? 競争相手とかじゃなく?」

「その通り」

「そんな『正義』と『悪』なんて……勇者と魔王みたいな単純な話があるの?」

「『正義』なんてものがいるかは、わからないわ。多分いないかも」


 エレナの表情は変わらない。真剣そのもの。


「でも『悪』はいる。本当にいるの」

「…………」


 あまりに迫真な口ぶりに、俺もいったん、黙らざるをえなかった。

 少し経ち、それから、思いついたように質問する。


「エレナを狙っているっていう連中……それが『悪』?」

「悪の手先、ってとこかしらね。マズいのは黒幕よ」

「黒幕……ときましたか」


 俺は苦笑いした。まるでファンタジーだ。


「うん、その表現がぴったり」


 エレナは笑わなかった。彼女は続けた。


「私たちがスキルを作って、アリーナで腕を磨いて、力を蓄えているのは……倒さなきゃいけない相手がいるから。それほどに、強い相手が――」


 だが。

 彼女の話は、そこで中止しなくてはならなくなった。

 俺の視線の先――少し離れた別のテーブル。

 そこに座っていた客が突如立ち上がった。

 それを見た俺の『神の眼』が、たまたま察知したのだ。

 そいつ・・・の次の動き。俺の予測通りなら――!


「……危ないっ!」


 俺は飛び出した。

 すると……俺が「視た」通り。一瞬の後、そいつはパンチを繰り出していた。

 レストランの中で、別の客にだ! 常識的に考えられない!


「……ぐっ!」


 俺はギリギリで、その拳を受け止めた。間に合った。

 一秒後。店内は騒然となった。

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