第32話 決戦を遊ぶ(8)
金獅子城ビル、六十六階。
ここに観客はいない。静かなものだ。
とはいえ配信のコメント欄は、すでに大いに盛り上がっているようだった。
もっとも、俺たち対戦者には、そんなものを気にする余裕はない。
距離をとって、俺とゴルロワが向かい合う。
「ふん……再びこれを着ることになるとはな」
ゴルロワはいつものスーツ姿ではなく、アリーナでの戦いで、いつも身にまとっていた黄金の鎧を身に着けていた。これが『金獅子』と呼ばれる由来のひとつだ。
第一線を退いて、おそらく一年以上。
これまでの行動を見る限り、なるべく自分では戦わないようにしてきた男。
普通に考えれば、かなりのブランクがあるはずだ。
戦闘への自信を失ってもおかしくはない。
だが。
「デザインは気に入ってる鎧だが、着心地はそうでもないな。長くは着たくない。そうだな――」
ゴルロワは表情をいささかも変えず、俺を睨む。
「一分だ。それ以上かけるつもりはない」
――この、圧倒的自信!
傲慢なる帝王は、宙に浮いた配信カメラに向かってにこやかに言った。
「皆さま、お久しぶり。私のブランクを心配される方がいるかもしれないので、言っておきましょう」
本性を知っていると、ぞっとするような甘い声だ。
「私の頭脳は完全です。身体の動き、ギフトの使い方、すべて理性で制御できる。よく感覚が錆び付くなどというが、私にそれはありません。戦いの組み立ては全部私の頭の中にある。つまり――」
ゴルロワは断言した。
「私の強さは現役時と一切変わりありません」
瞬間、配信のコメント欄が溢れかえる。
もはや俺の勝ち目など一切ないかのようだ。
そうしてゴルロワは俺の方へ向き直り、表情を作り直した。
真剣な、戦闘者の顔へと。
「…………っ!」
俺は圧された。これだけでもわかる。紛れもない……強者!
息を整える。雰囲気で呑まれるのは一番良くない。戦う前に「格付け」されるべきではない。
俺には『
構える。視線を交わし合う。
視界の真ん中に、「READY」の文字が浮かぶ。
――始まる。
集中力を極限まで高め、そして。
文字が「FIGHT!」に変わった。
と、同時。
俺は、ギフトを発動する!
――「
時の流れが鈍化する。その中で、俺は相手の姿をしっかりと捉える。
最初が肝心だ。どう仕掛ける? 相手は何をしてくる? それに何を返す?
高度な「読み合い」の中で、俺の眼は、相手の未来の姿を視る。
……『神の眼』!
そこで見た映像に、俺は度肝を抜かれた。
「な……いきなり……っ!」
急接近したゴルロワが、長い脚を器用に使って、竜巻のごとき十六連脚。
前を見る。神の眼で視た映像の通りに、ゴルロワが突撃してくる。
〈コンセントレイト〉で二分の一の速度になって、なお速い!
「速いっ! け……ど」
蹴りの狙いは俺の頭部付近に集中している。本当に短時間で決める気だ。
「見える……っ!」
しかしそれは、頭の位置を大きくズラしてしまえば当たらない、ということ。
俺は大きく身体を沈み込ませ、しゃがみ状態から手をついて、相手のがら空きの胴体へ両足を伸ばした。
「な……にィ……ッ!?」
あのゴルロワが。初めて、信じられないという顔をした。
「ガハぁ……ッ!!」
腹部にドロップキックが命中する。体重の乗った一撃だ。
無様な悲鳴をあげ、後方へ飛ばされる。なんとか尻もちはつかず着地。
「こ……の、ガキ……!」
「ど……どうだ」
いける。勝負になる……! さすが、エレナのギフトだ。
エレナとゴルロワは直接対決の経験がない。どちらもアリーナ一位だったが、戦ったらどちらが強いのかは、ファンの間でも議論が尽きない。
だから。俺が証明する。『
俺は再び立ち、構える。するとゴルロワが、尊大な口を開いた。
「――ハァ、わかったよ。もうやめよう」
「……? 何をやめるっていうんだ」
ゴルロワは表情を自信家のそれに戻していた。
「戦場で油断すべきではないな。お前を弱いと思うのを、やめる」
「何……?」
俺は返事をした。それがすでにゴルロワの罠だとも知らずに。
背中に、熱いものを感じた。続けて、空気の焦げるにおい。
「な……後ろ……!?」
「常套手段だろう。勉強不足だな」
俺の『神の眼』には一つはっきりした弱点がある。当たり前だが、目で見えないものは先読みできないのだ。だから死角が文字通り死角になる。
普通に、旧式の格ゲーをやっているだけなら、画面に死角はなかった。
でもここは
俺の背中から襲い掛かったのは、炎のたてがみを持つ金色のライオン。
「噛み殺せ、レオン」
ゴルロワを一位たらしめた「召喚系」ギフト。ライオンの「レオン」……!
俺は首を横に倒し、大口を開けたレオンの牙をなんとか回避。
しかし今度は正面から、ゴルロワの未来の姿が俺の眼に映る。
かわした俺の顔面を横から殴りつける、右フック!
「くそっ……だが……見えてさえいれば!」
俺は左腕をしっかり構えてガードする。
「……バカな」
ゴルロワがありえない、という顔をする。
俺はそこへ、お返しの右ストレート。……命中!
「ガァ……ッ!!」
再び吹き飛び、ゴルロワが下がる。俺は背後のレオンに注意しながらその場をのがれ、ゴルロワとレオンが両方とも視界に入るよう注意して立つ。
「ふぅーーーっ」
一度、長く息を吐く。一秒たりとも気を緩めてはいけない。
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