第31話 決戦を遊ぶ(7)
「いい……だろう」
自ら手を下すことを徹底して避けてきた帝王は……いよいよその覚悟を固めてくれたようだ。すると。
「――ありがとう、シュウ。よく言ったわ」
後ろから現れたエレナが、俺の肩に手を置いた。
「……エレナ」
「アツい言葉だったわよ。本当に……カッコよかった」
「えっ」
「まあ、それはともかくね。シュウと、ゴルロワが……直接対決に合意した。これが大事なの」
「……どういうこと?」
「――ねえ、ゴルロワ」
エレナは俺の問いに答えず、ゴルロワに声をかけた。
我らが女神さまは敵のボスを前にしても、まったくビビッていない。
「何かね」
「この部屋……急に用意したわけじゃないわね。元々は、『試合場』でしょう?」
「――その通りだが」
「だから、丁度いいわよね」
確か、エレナはこの部屋に入った時に、何かに納得したようなリアクションをしていた。その「試合場」というものに、何か意味があるのだろうか?
エレナは、ゴルロワに言い放った。
「ゴルロワ。あなたに――『
その言葉は、この広い空間にゆっくりと響き渡った。
それに応える声は、ひとつ。耐えきれずこぼれる笑い声。
「クク……ククク。クハハハ……!」
ゴルロワは愉悦に目を躍らせて笑っていた。
「世間知らずのお嬢様か? お前、意味がわかって言ってるんだろうなァ?」
「――あなたの開催する違法賭博の情報は、私の耳にも入っているわ」
「そこまで知ってれば話は早い。わかっているんだな? 『
「ええ」
……『
俺がエレナから聞いていたのはそれくらいだ。詳しいことは知らない。
だが……そうだ。一階のエントランスで戦った連中が何か言われていたはずだ。負けると、BANとか――まさか!
「戦うのは、うちのシュウと、あなた。賭けるのは……私の人生」
「……何?」
「あなた、私の身柄と知識が欲しいんでしょう? こっちが負けたら、それをあげるって言ってるの」
エレナは妖艶な目で、すんなりと条件を口にした。俺は耳を疑った。
「――そんな! エレナ様!?」
アリサも初耳だったらしい。飛びついてエレナを止めようとする。
しかしエレナは、そのアリサの頭を軽く撫でて、おさえる。
「そのかわり。あなたにも人生を賭けてもらう。負けたら……この会社も、地位も、全財産も、何もかも捨てて、一人のプレイヤーに戻ってもらうわ」
そこまで聞いて、俺はエレナの意図を理解した。
そうか。ただ勝つのではなく、賭けの形で、確実に奴を失脚させる――!
「ここでそのまま戦って、野良試合みたいにあなたに勝っても、卑怯なあなたは逃げるだろうし、私たちが勝った事実も揉み消されるでしょ?」
エレナはそこまで考えていたのだ。
「だから。しっかりテーブルに載せましょう。あなたと私の人生をね。ついでに……この試合は、
「何……だとォ?」
そういえばエレナは言っていた。
一緒にログインした時に……最近は動画配信が流行っていると。
そうか。そこまでがエレナの計画だったのか。
果たして。その提案に、ゴルロワの反応は。
「ハハハ……何だそれは……クハハハ……! いいのかね!?」
笑いが止まらない、という様子だった。
「こちらに有利すぎる!! わざわざ、全プレイヤーに宣伝してくれるわけだ! 『
「……そちらが勝てばね」
「なんだそれは? 爆笑のジョークか? 負ける可能性などあるものか!!」
負ける可能性はない。この野郎……言い切りやがった。
「その『
ゴルロワは笑顔で快諾した。
「……後悔させてやる」
負けるわけにはいかない。何より……エレナの身柄が賭かってしまった。俺は気合を入れなおした。
――その番組はすぐに
情報はあっという間に拡散され、少し経つ間にはネットニュースになり、閲覧者は続々と増加していった。
アリーナの初期チャンピオンにして、最強のまま引退した実業家、ゴルロワ。
彼はその後、一試合たりとも表舞台で戦っておらず、復帰を望む声も多かった。
その彼が戦う姿が、再び見られるというのだ。
肝心の対戦相手は、同じく最強のままアリーナから姿を消した伝説的
かつてのエレナと同じ最速のスピードで動き、未来を見通す眼を持つ『神の眼』シュウ。
つまり……俺のことだ。
その二人が激突する。エレナは、己の身柄を賭けて。一方ゴルロワは、なんと己の地位と会社を賭けて。
そもそもこうした賭け試合は違法のはずだ。……隠れて行う場合。
特にゴルロワが自分のビルでこっそり賭け試合を行い、敗者をBANしていたなどというのは論外の違法賭博である。本来なら運営が黙っていない。
しかし今回の場合は、公開の場で両者が条件をしっかり承諾し、宣言してしまった。この場合、現在の運営にそれを取り締まる法はない。
「というわけだから……頼んだわよ、シュウ」
エレナはそう言って、いつもと変わらない顔で笑った。
「……エレナ」
俺は確かめるように声をかける。
思えば、出会った時からエレナには色々とはぐらかされてばかりで、なかなか本音を見せてくれない。
今、目の前の少女が、己の人生を賭けた上で笑っているのが、どういう意味なのか。それすら俺には、すぐにわからない。
だから、聞きたかった。
「初めから、こうするつもりだったの?」
「ん? 初めからって?」
「『自分は足手まといだ』とか言いながら、ここまで着いてきて……それは、自分の人生をエサに、ゴルロワに
「そうね。私の中では、そこまで作戦に組み込んでたわ」
「なんで、教えてくれなかったんだよ」
「そりゃあ、止めそうな子もいるしね。でも、すべてが上手くいった場合、これが一番確実に、欲しい結果が得られるでしょ?」
「それは……否定しないけど」
エレナは世間知らずなとこはあるけど、頭はいい。
それはこれまでの会話で分かっていた。だから彼女が立てた作戦も、おそらく間違ってはいないのだ。
だけど。
「そんな重たいことだけ考えて、戦うことないだろ」
「へ?」
言うべきではなかったかもしれない。作戦のために我が身を投げ出すことを既に決めている少女に、今言うことではないかもしれない。
でも。俺は今『ゲームをしている』んだ。
エレナの顔を――動画の中で、『
彼女が、そしてギフトを得てからの俺が、最高に楽しんだ〈キルタイム・オンライン〉を、俺たちは
「ごめん。いま考えさせるべきじゃなかったかも。でも……言っておきたかったんだ」
俺は伝える。自分なりの考えを。俺がやっていることの意味を。
「エレナは俺をここに連れてきて、人生変えてくれた恩人で。アリサたちにとってはリーダーで、精神的支柱で。それを賭けるのは、とんでもなく重いこと……だけど」
それでも、俺は。
「悪い。ちょっとだけ……いや結構……ワクワクしてるんだ。『あの』ゴルロワと、俺が戦うんだって。いやそりゃムカつく奴だけど、憧れてたのも事実で、だから、その……!」
観念した。シリアスな表情を保つのが無理だった。俺はちょっとだけ笑った。
「……ホント、病的なゲーマーね。シュウ」
俺の言葉に、エレナは呆れたように笑って横を向いた。
「今から言うこと、アリサたちには、言わないでよ」
彼女はまず、そう前置きした。エレナらしいと思った。
そしてそれから、小さな声で――
「私ね――怖かった」
エレナは言った。
「怖くないわけないでしょ。負けたら、私の嫌いな、あんな男のところで奴隷みたいに暮らすのよ。何されるかもわからない。人生全部終わる。負けたらそうなる……!」
ぎゅっと両手の拳を握って。目をうるませて。
「これしかなかった。だって、このゲームをこのままにしておきたくないから。でも、負けたら。考えたくないけど、負けたら……! そう思って怖かったの」
エレナは、だけど、そこから顔を上げた。もう一度俺のほうを見た。
「――さっきまではね」
そんで、軽いため息を吐いた。
「なーんかバカらしくなってきちゃった。シュウ、緊張感ないんだもん」
「……ねえ、エレナ」
俺は確認するように聞いた。もう答えはわかってたけど。
「楽しんできても、いいかな。俺たちが取り戻したいゲームって、そういうのだろ?」
「はいはい、そういうのよ」
エレナはニッ、と笑った。俺も笑顔で応えた。
「遊んできなさい、クソゲーマー」
「ああ、遊んでくる!」
そうして、俺は意気揚々と彼女に背を向けた。やっぱり、最高の女神様だ。
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