第34話 決戦を遊ぶ(10)

 ――「神々の時計クロノスワークス」LEVEL.3〈リバースドライブ〉


 瞬間。俺の身体のまわりを、プログラムコードのような文字列が走り抜ける。

 エレナが言っていた。『神々の時計クロノスワークス』はK.T.Oキルタイムのサーバーに直接アクセスすると。

 その処理が高速で動いているのだろう。


 さらに、そこからこの〈リバースドライブ〉は……恐ろしいことをする。

 K.T.Oキルタイムは、この世界で起きたことを、すべて録画しているらしい。

 運営のサーバーには、すべての場所、時間の記録が残っているということだ。

 だからプレイヤーは、何日前の出来事であっても、自分の身に起きたことなら、ボタンひとつでSNSにアップできたりもする。


 〈リバースドライブ〉はそれを利用する。

 K.T.Oキルタイムに残っている、数秒前の記録。それをこの場に再生して、現実にしてしまう。


 まあ、このように原理はなんだか難しい。

 俺だってエレナの説明の半分も理解できた気がしない。

 ただ、結果として起こることは簡単だ。

 要するに……時間が巻き戻る。一度起きたことを『なかったことにする』。

 つまり……。


 レオンの爪は、まだ俺に当たってない!!


 俺は少しだけ身を沈めてその爪をかわす。ほんのわずかな、さっき起きた現実との違い。しかしその違いが、未来を変える。


「な……んだと!?」


 ゴルロワが驚く。それはそうだろう。

 確実に当たるはずだった……いや、現実に当たっていた・・・・・・・・・攻撃が、かわされたのだ。

 俺は頭上に手を伸ばす。レオンの前足をつかむ。

 そして相手の勢いを利用して、その巨体を、投げる!


「ギャ……ギャオオォォオオン!?」


 あれほどの巨体を振るえば、当然遠心力はものすごい。その力をそのまま使って、投げ飛ばしてやる。どこへ?

 もちろん……飼い主のところへだ。


「あ……き……貴様ァアアアッ!?」


 予想だにしなかった攻撃に、ゴルロワはガードも間に合わない。

 巨大化したレオンの超重量が、隕石のようにゴルロワに衝突する。

 派手な音を立てて、闇の帝王は後方の壁に激突した。


 ――静寂。


「や……った……」


 二秒ほどして。俺は声を出した。

 ほんの少し前まで、ギフトすら持たなかった俺が。この世界の、持たざる底辺が。

 頂点にいた男を、打ち砕いた瞬間だった。


「やったぞ……エレナ……俺は、俺は……ッ!?」


 俺は歓喜に身を震わせた。のと、同時。

 ぐらりと視界が揺れて、床が垂直に立ち上がった。

 遅れて、ずぐん、と、目の奥が脈動するような頭痛。


「ぐ…………ッ」


 膝をつく。頭が重く、持ち上がらない。

 これがエレナが「死ぬかも」とまで言った反動か。

 危ないところだった。なるほどこれは一度までだ。

 でも。結果はもう出た。やったんだ。エレナ。もう大丈夫だ。

 俺はそれを伝えたかった。なんとか顔を上げた。エレナを探す。そして声を。


「エレナ、やったぞ――」

「……シュウ!!」


 言い切る前に、エレナが叫んだ。

 歓喜の声、ではなかった。

 悲痛な叫び。


「――え?」


 バチ、バチと。

 不気味な火花の音がする。

 どこかで聞いた音。電気のような。


「私が……この私が……」


 低い声。吹き飛ばされた壁際で、ボロボロになったゴルロワが立つ。


「お前のような劣ったガキなんぞにィィ……!!」


 自慢の金の鎧はあちこち砕け……特に左腕が目立ってひしゃげて――

 ――ガードしたのか。左腕で。


 金獅子はまだ倒れていない。そして俺の、ところには。

 顔の横が明るくなった。俺は光を感じて横を見た。だが遅かった。

 全身からバチバチと電撃を放つ、ライオンがそこに迫っていた。


 思い出す。

 ルカはゴルロワに襲われ、さらわれた。彼女の「ビッちゃん」も奴の研究材料になった。

 ゴルロワは、研究材料も、自分の「レオン」に取り込んで……!

 バチッ、と、俺の顔にレオンがぶつかる。電気が体に流れる。あの電気に触れると、


 動け、ない。

 そしてそのまま、レオンは俺の頭に噛みつき――!




 ――俺は。

 結局のところ運が良かったんだと思う。

 たいした才能も持たずに生まれて、K.T.Oキルタイムのギフトも与えられなくて。

 何も起きない生活に絶望して。


 でも、俺のところには、エレナが来た。

 人生まるごとふてくされてた俺の手を引いて、ここに連れてきてくれた。

 そしてこんな俺に、最高の贈り物ギフトを与えてくれた。


 それからアリーナで戦って、勝って、一生分くらい褒められて。

 最高の気分だった。こんな日が、人生にあるのだと知った。

 エレナは本当に俺にとって……女神様だったんだ。

 だから。そんな彼女を外道の手に渡さないためだったら、俺は。




 ――「神々の時計クロノスワークス」LEVEL.3〈リバースドライブ〉




 禁じられし「二度目」が発動した。

 時間が巻き戻る。俺の首は無事。電撃もくらってない。

 俺は駆けた。痛みを感じる前に。まだこの身体が動くうちに。


「シュウ……!?」


 声がする。俺は聞こえないふりをした。

 レオンの脇を駆け抜け、ゴルロワのところへ。奴も立つのがやっとだ。

 俺が床を蹴って跳ぶ。ゴルロワが反応する。

 だがガードするより、俺のほうが速い。足を伸ばす。


「バ……カな。ふざけるな! ふざけ、ふざけふざけ……!」


 信じたくないのだろう。ゴルロワはわめくが、その顔面に。

 俺の渾身の右足が、めりこんだ。


「アアアアアア……!!」


 断末魔。

 今度こそゴルロワは崩れ落ちた。

 間違いないように、俺はこの目でそれをしっかりと確認した。

 でも、もう、俺もそれ以上立っていられなかった。


「シュウ! あなた『二度目』を……シュウ!? やだ!」


 悲痛な声と、足音が近づいてくる。


「やめてって言ったのに! 一度だけって言ったのに!」


 ……涙の混じってる声だった。なんでだよ。勝ったんだよ? 笑ってよ。

 俺はそう言いたかった。声に出したかったけど、もう口も動かなくて。

 とりあえず俺は笑った。伝わるといいな。ねえ、エレナ。


 ――俺は、楽しく遊んだよ。


 相手の反応を見る余裕はなかった。視界がひっくり返る。声もよく聞こえない。

 そして。


 そのまま、俺は意識を手放した。

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