第35話 俺に贈られたもの
「――まさかの大番狂わせ! 勝者は……『
街頭のモニターがせわしなく試合結果を伝えている。
それを眺める男は、意外そうに声を漏らした。
「……へえ。本当にできちゃうもんかい」
コートとサングラスで身を隠したシルバは画面に背を向け歩き出す。
「怖いもんだな。マジでもう、会わないようにしないと」
周囲では、すでにその少年の噂が渦を巻いていた。
「……すげぇ! 本当に、あの『エレナ』のような動きだった!」
「いや、下手するともっと疾くないか!?」
「あの、相手の行動を読んでるような動きはなんなんだ!? 予知!?」
「俺、アリーナで見たけど、さらにとんでもない次元に行ってる気がするぞ!?」
「『
「消えたようにすら見えたぞ!? もはや光……光速だ」
「『
「さっそく記事を書け! これはアクセス稼げるぞ……!」
本人すら知らぬところで、情報の火はつき、どんどん大きくなっていく。
「ハハ……これは、まだまだこれから苦労するんじゃないかね?」
シルバは心底から他人事のように息を吐き、楽しそうですらあった。
そうして彼はこの街から、姿を消した。
***
ゴルロワは敗れた。
彼は己の賭けに従い、会社と地位を手放すことになった。
経営者が突然辞めることになるのだ。普通なら困惑もあるところだろう。
しかし、そうはならなかった。
エレナが生配信の中で、ゴルロワの悪事をすべて暴いたのだ。
つまりゴルロワの働いた悪事……彼が命令し、その部下が街で人々を襲い、さらっていたのも、全部映像が残っているのだ。
もちろん普段、運営がそのすべてをチェックして防犯しているわけではないけれど。
告発されれば、運営も調べざるをえない。
いや、今までなら運営はゴルロワをかばって、きちんと調べはしなかっただろう。
しかし運営はゴルロワの悪事を認めた。
つまり……ゴルロワは
だから、戦ったことに意味はあった。勝たなければこの結果はなかった。
エレナはひとまず、勝利を手にしたのだ。
……ということを、俺はずいぶんな時間が経ってから地下室のベッドで聞いた。
いやまず、この結果を聞き出すだけでも大変だった。
「シュウ、ぇ、うぇ、よかった、シュウ……!!」
俺がひさびさに目を開けてすぐ、涙目のエレナが抱き着いてきて、彼女は言葉もまともに話せなくて会話にならず、落ち着くまでに数十分。
「……エレナ様、その、いくらなんでもそれは密着しすぎで、その」
横に立ってるアリサはエレナを止めようとするけど、なんだかその勢いも弱弱しく、ちゃんと止められていなかった。
「まったく……目を覚まさなきゃよかったのに」
アリサはそんなふうに憎まれ口を叩いて、ぷいと横を向いた。
しかしそのまま、一秒、二秒、三秒。
「でも……あなたが負けたら……エレナ様はここに戻って……これなかった」
ぼそぼそと、小さな小さな声。
「……ぁりがとぅ」
消え入るようで、ほとんど聞こえなかったけど、たしかにそう言った。
「ぅわぁぁぁぁあああん、よかったっすねぇぇぇぇ」
そのさらに後ろでは、エレナにもらい泣きしたのか、ルカがわんわんと声をあげて涙をこぼしている。
そんな調子なので、俺がゴルロワの顛末を聞けたのは、それから一時間くらい経ってからだった。
「……本当に、よかった」
落ち着いてから。エレナはもう一度、そう言った。
部屋には俺とエレナの二人になっていた。他のメンバーは快気祝いの準備をするんだとか。俺、そんなに重篤な状況だったんだろうか。
「そんなに心配だったの?」
「そ、そりゃあ! ……えっと、現実的な問題よ!? シュウはもう私たちのチームに、欠かせない戦力なんだから!」
エレナはとりつくろうように手を振った。
「ゴルロワを倒して終わりじゃないもの! ゴルロワの裏で支援してた運営もいる。運営はいま、派閥争いで闇にまみれてる。本当に『楽しい』ゲームを取り戻すために、倒す相手なんていくらでも……!」
「……そっか。まだまだ働かないとかな?」
俺は笑った。単純に、エレナのためにこれからも戦えることが嬉しかった。
でもそれを受けて、エレナはなぜかしゅんと下を向いた。
「……うぅ」
彼女は年相応の子どもじみた顔をして、
「ごめん。まだ戦ってはほしいけど……でも、それでも」
少女はこちらを向いて、瞳をうるませた。
「もう、無理はしないで」
「……わかりましたよ、女神様」
そんな顔をされては、拒否はできない。
実際、もう倒れるのはごめんだしね……。
「私たちはね」
エレナが、あらためて口を開く。
「まだ世界を変えられてないの」
そうだ。エレナが俺を誘ったのは、世界をひっくり返すため。
それは、まだ終わっていないのだという。
「たった一人倒すだけで世界は変わってくれない。魔王がすべてを支配してるような、わかりやすい世の中じゃないんだから」
だから――と、エレナはこちらを向いて、薄く笑った。
「私と一緒に、世界を
それを聞いて……ああ、俺は。
たまらなく嬉しかった。
俺は答えて、彼女の手を取った。
「もちろんさ」
だって。君にもらった力で戦って、最高にゲームを楽しむ、この日々が。
俺にとって、何よりの
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