第2話 何も贈られなかった少年(2)

「……は?」


 専用機器のゴーグルをつけたまま、思わず声を漏らした。


「どういうこと?」


 目を閉じて、開く。同じことが書いてある。

 ステータス画面を一回閉じる。開く。ギフト欄を確認する。

 ――〈エンプティ〉。変わらない。ちょっと意味がわからない。


「そ……そういうギフトなのかな……?」


 イヤな予感がした。背中を冷たい汗がつーっと流れた。

 ギフト欄には、スキル名の他に、効果の説明などがあるはずだ。

 その説明スペースは――空欄だった。まっさらだった。

 ゾッとした。血の気が引く感覚。だが逆に体温はドッと上がった。


「うそ、何かのバグ……? じゃないよね……?」


 いやいやいや。ありえないでしょう。ウソだろう。

 俺はこの後、運営にも問い合わせてみたのだが、なぜかハッキリとした返事はもらえなかった。

 身体を動かしてみても、能力の発動を念じてみても、ウンともスンともいわず、恐ろしいほど何も起こらない。まるで超能力ごっこをする少年のように。

 ――とにかく、何をしても結論は変わらなかった。

 まさしくこの日は俺にとって運命の日だった。

 信じられないことだが……俺には。

 ギフトが、なかったのだ。




 最初、俺は認めなかった。認めたくなかった。

 だって当たり前だろう? あれほど何か月も楽しみにしていた、俺だけの才能。能力。

 これからはそれを頼りに生きていくんだと思っていたものが、欠片もなくて――。

 俺はわけもわからないままフィールドにダイブし、アバター同士のバトルに挑んだ。

 他にできることがなかったから。

 だがそこで負けて、負けて、負けて、負けた。

 強力な戦闘スキルであるギフトを使ってくる相手に、丸腰では手も足も出ない。


「オラ、何度やっても同じだよ! ギフト発動……〈スマッシュ〉!」


 すさまじいオーラをまとった拳を叩き込まれ、俺は転がった。

 ギフトの瞬間、拳のスピードも威力も、常識を超える。

 回避も防御も、できるはずがない!

 わかっていたことだけど、俺は挑むたびに負けた。

 ……そして、そのたびに嘲笑された。


「一回も攻撃できてないじゃないか」

「行こうぜ、タクマ。こんなの相手してもしょうがねぇよ」

「もう来んなよ、サンドバッグと試合しても面白くねぇからさあ!」


 ぐっと、唇を噛みしめる。

 ああ、ちくしょう、なんてことだ。

 勉強もできなくて、運動もできなくて、絵も音楽も、コミュニケーションもできない、何のとりえもない神里柊は。

 たったひとつ好きだった、ゲームの中でさえ――「持たざる者エンプティ」だったのだ。

 ああ。ああ。

 拳を握る。許したくなかった。

 「俺に何もない」っていう、人生で一度認めたはずのその事実を、ゲームの中でも認めるなんて……どうしても、許せなかったんだ。

 そんなことがあるか。あってたまるか。


「ちくしょう、ちくしょう。ふざけんな」


 口をついて言葉がこぼれた。どうしても我慢ができなかった。

 嘲笑するプレイヤーたちに見下ろされたまま、俺は呪詛を吐き続けた。


「なんでだよ。どうしてだよ。ただ一つの才能が贈られるんじゃないのかよ。それで戦えるんじゃなかったのかよ。俺は、俺は……」


 俺はK.T.Oキルタイムが好きだったんだ。素晴らしいと思ったんだ。

 このゲームに希望を感じたんだ。光を見たんだ。

 なのに。なのに――


「俺は、戦神ストライカーになるハズじゃなかったのかよ……!!」


 渾身の言葉。

 しかしそれも、今は空しく響くばかり。

 それに返されたのは……さらなる嘲笑だった。


「ギャハハハハ!! 笑わせるぜ」

「野良バトルで一勝もできない奴が、戦神ストライカー?」


 侮蔑の言葉。ほとんど混乱したままの頭で、俺は何かを言い返そうとする。


「ま、まだ分からないじゃないか。決まったわけじゃないじゃないか。いつかお前らを倒すことだって、できるかも――」

「倒す? お前が、俺を?」


 だがその次の言葉が、この時の俺に一度、とどめを刺した。


「どうやって?」


 この言葉に、俺は何も返すことができなかった。


「決まってない? ハハハァ、決まってるだろ。どう見ても、無理なんだよォ!」


 その通りだった。今現在、俺がこいつを倒す方法は、存在しない。

 無慈悲。不条理。現実リアルと何も変わらない、冷たい事実。

 それが「持たざる者」の、情け容赦ない現状だった。




 ――こうして心折れた俺は、あれほど恋焦がれたK.T.Oキルタイムから距離を置くことになった。

 なんてことだろう。取りつかれたようにお金を貯めてた日々が遠い昔に感じる。

 しばらくログインはしていない。というか、触れてもいない。

 見なくてもいいように、せっかく買ったセットを棚の奥にしまって。

 締め切った押し入れに背を向けて、俺はわざと違うゲームをやった。

 音ゲー、格ゲー、シューティング……K.T.Oキルタイムを忘れるために、思い出さなくてもいいように、逃げるようにのめりこんだ。

 諦めるしかなかった。いくらため息をついても、ギフトが手に入るわけでもない。

 悲しくて、悔しくて、けれど、どうすることもできなくて。

 憧れの戦神ストライカーたちの試合を動画で観戦するのも、なんだか胸が痛くなって、しばらくできなかった。

 どうしてあそこに、俺がいないんだろう――そんな気持ちが頭をよぎる時、ズキンとどこかが痛む。

 そうして、持たざる俺はみじめな諦めの時を過ごし続けていた。特に救いはなかった。

 一年経ち、二年経ち……身体が少しずつ腐っていくような日常を、俺は受け入れ始めていた。


 だが、そんなある日だった。

 もう一度、運命の日がきたのだ。

 南風の強い、春の暖かな日のことだっただろうか。


 ――天堂てんどう絵礼奈えれなが、俺の前に現れたのは。

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