第29話 決戦を遊ぶ(5)

 ルカに案内された隠しエレベーターに乗り、オフィス階から隔離された、金獅子城の最上部へと向かう。

 エレベーターを出た俺たちを迎えたのは、高級感ある黒塗りの廊下だった。


 今さらだが、K.T.Oキルタイムではゲーム内の通貨でゲーム内の土地を買うこともできるし、そこに好きな建物を建てることもできる。エレナたちのレストランのように。

 もちろん建物の中はエディット機能で好きに変えられるし、当たり前だけど工事費や時間なんかもかからない。模様替えも何度でもやりたい放題。ゲームだからね。

 だから、そういうのが好きなプレイヤーは内装にもこだわる。今までのゲームにあったマイルーム機能の超すごいやつみたいなものだし。


 ……とはいえ。

 こんな、黒光りするメタリックに金の刺繍が入った壁紙というのは見たことがない。たぶんデザイナーに発注して、オリジナルで制作したのだろう。いくらするんだ?

 それだけでも、ゴルロワという男の実績と財力の格が違うことがわかる。


 アリーナ一位という時点で、かなりの額は手に入るだろう。なにしろ戦神ストライカーのトップだ(たぶんエレナもけっこうもらってる)。

 だが奴はその地位を捨てて、ゲーム内の会社経営に専念するためといって、アリーナから退いた。このビルも表向きはその会社のオフィスだ。


 誰もがうらやむ、しかし批判する余地のない、まっとうで完璧な成功者。

 それがゴルロワだった。そういうイメージを奴は作り上げていた。

 その裏で、暴力を使って汚い金を集めていたなんて、誰も知らない。

 ――だから、ここで止める。俺たちが止める。


「こっちっす! もう近いっすよ!」


 ルカは迷いなく進んでいく。

 決戦の時は近い。俺は緊張を高める。

 あのシルバが、明らかに「格上」として語っていたゴルロワ。俺はそいつに勝たなくちゃいけない。


「この六十六階に、ゴルロワの『第七社長室』があるっす……一から十まである社長室のほとんどはフェイクだったり、『表』の商談でしか使わないけど……この『第七』こそが、奴の真の執務室っす」


 そ、そこまでしてるのか……。まったく半端じゃないことで。


「奴が『裏』の命令を下すのは『第七』だけ……だからたまたま攫われた、あたしにも場所はわかるっす」


 ルカは、黒い壁に描かれた金色の模様を確認し、右に曲がった。

 迷路のような廊下だが、この模様に暗号が仕込まれているというのだ。


「さあ、あとはここをまっすぐ抜ければ……!」

「……いよいよか」


 拳を握る。視線の先に、ひときわ大きなドアが見えてくる。

 何の文字もない、中の情報を何ひとつ示さない真っ黒な扉。


「……開ける、ぞ?」

「…………うん」


 俺はエレナ、アリサ、ルカに目配せし、そのドアに手をかけ、そして押す。

 巨大で、重い。その扉の重さだけが、この部屋の重要さを物語っていた。

 だがここへきて躊躇う理由はない。


 俺はそのドアを押し切って、完全に開く――!

 その先に見えた、景色は……。


「――あれ?」


 疑問の声がした。ルカだった。

 ルカにとって予想外だった景色がそこにあった、ということ。

 つまりここは俺たちの目的の場所ではなかった、ということ。

 少なくとも――どう見ても社長室では、ない!


「う、うそ……違う、あたしが知ってる部屋と違うっす! えっ、そんな」

「何だ? 何の部屋だ?」


 ルカがばたばたと大慌てする。俺はあたりを見回す。

 広い。それが第一印象だった。

 左右にも広いし、奥行きもある。天井も高い。三次元的に空間が広い。

 例えるなら、アリーナの闘技場くらいの広さは余裕である――。


「ああ……ここは、ここは……!」


 横で足を止めたルカには、思い当たる部屋があったらしい。

 彼女の臆病さが顔を出している。怖がるような場所、ってことか。


「……なるほど、ね」


 さらにエレナも、理解したようにうなずいた。

 ……俺は、具体的なところはわからない。

 ただ、この部屋の景色からひとつ間違いなく言えることはあった。

 この部屋は――戦うための部屋であるということ。


「――ッハッハッハッハ! クハハハハ……!」


 その時。部屋の上のほうから聞き覚えのある笑い声がした。

 その男の姿は、壁の高い位置にあるモニタに表示されていた。

 どこかからの中継だろうか。高そうな椅子に深く腰掛け、優雅にワイングラスで何か飲みながら、耐えられないといったように爆笑していた。


「……ゴルロワ!!」


 そう、現れたのは俺たちの目的。このビルの支配者。


「いや、すまん。平静を欠いたな。だが、どうしてこんなに楽しいんだろうなァ、愚かなバカどもが思い通りに動いてくれた時ってェのは!」


 ゴルロワは「表」で見せるような清廉潔白なスマイルを完全に捨て去り、また俺たちに一階のロビーで見せたような冷徹な悪のリーダーの顔とも、さらに違う顔をしていた。

 それは……つまり……自分以外の弱者を見下す、邪気に満ちた本音の顔。


「お前らシルバから聞いただろう!? 私はお前らが来ることを知っていたわけだよ。ルカには社長室の場所もバレてたワケだ。それで? なんで私が? 何の対策もしないってコトになるんだか!!」


 支配者は手を叩いて嘲笑する。わざと俺たちの気持ちを逆撫でするように……!


「全部教えてやろうか? リフォームだよリフォーム、今まさに・・・・模様替えしたんだよ。このビルは私の所有物なんだから、壁だろうが部屋だろうが、私が好きにエディットできる。K.T.Oキルタイムのプレイヤーなら皆知ってることだろうが!?」


「……っでも! 中に人間プレイヤーがいる状態での建物のエディットは、危険だから禁止されてるハズですわ!」


 たまらず、アリサが言い返す。だがゴルロワにはまるで響かない。


「ハッ、庶民のルールは知らんなぁ。そんなプロテクトは、ウチのエンジニアなら余裕で外せるし……そもそも、リアルタイムで動く愚民どもが、壁に挟まって泣いたりしないように、ちゃあんと気にしてエディットできる人間が操作すれば何も問題ないわけだよ!」


 増長して早口になったゴルロワは一気に言った。

 しかし……信じがたい話だ。このビルの中で動く多数の人々を計算に入れながら、壁や部屋を動かして、思い通りの形に作り直す……。


 ヤツは、それをやったと言っている。

 とてつもない、明晰な頭脳だ。問題は、そのさがが悪であることだけ……!

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