最終話:最終決戦

 攻略のヒントをつかみ、ムシュフシュの初撃を繰り返し繰り返し動画で観た。どうやったらブレスから逃れられるか。その道筋を検討し、脳内シミュレートする。


 何度も何度もブレスを喰らっては脳内をリセットし、そのたびに少しづつタイミングや動きを変えてシミュレートを繰り返す。


 そんなことを一週間は繰り返した。そしてそれももう限界だ。実戦でないとこれ以上の詰めはできない。


「そろそろ動くか」


 そうは言ってみたものの、今から実践しようとしていることを結衣やリーンゲイルに見せる気はなかった。特に結衣には見せたくない。


 好きな女に負けるころを見せたくないのだ。これくらいの我侭は許されるだろう。



 そんなこんなでムシュフシュの出現ポイントまで転移し、誰もいないことに胸をなでおろす。


「出てこいや!」


 フィールドに足を踏み入れ、勇ましく叫び声をあげて気合を入れなおす。早速ムシュフシュが湧き出てきた。見つけた隙は一瞬だけだ。まずはそのタイミングを掴む。


「今!」


 ムシュフシュがのけぞった瞬間を狙ってダッシュした。方向は敵の正面。あと一歩でぶつかるというところで、思い切りしゃがみ込み、首の付け根に向けてスキル【ハイジャンプ】。


 タイミングはバッチリだった。脳内シミュレートどおりだ。


「良し!」


 首へとしがみついて第一段階は成功。しかし次が難しい。ムシュフシュがブレスを吐きはじめる前に、奴の後ろへ回り込む必要があった。


 飛びついた勢いを殺さずに横に逸らし、腕をムシュフシュの首に絡めて振り子の要領で後背に回り込む必要がある。ただの【ジャンプ】では勢いが足りなかった。だから【ハイジャンプ】でまだ上昇の勢いがあるうちに首にしがみついた。


 腕がもげるほどの勢い。それをなんとか耐え抜ぬこうと声が漏れる。


「うをぉぉぉ!」


 結果は失敗。勢いを殺しきれずに、振り回された首の力も相まってムシュフシュの後方に投げ飛ばされてしまう。地面に落ちた直後にブレスを浴び、気がつけば復活の神殿に飛ばされていた。


 しかし成果もあった。ブレスと同時に出る超音波による気絶効果は、ブレスに当たらない限り発生しないことが分かった。一応耳栓はしていたが、飛びついた衝撃でそれが外れても気絶しなかったのだ。


「でも、あそこて離しちゃダメだよな」


 腕力が足りなかったというよりは、力をうまく逃がせなかった。もっと体を首に寄せ、掛かる遠心力を小さくしなければ。


「もう一度だ」


 神殿を出て公園のベンチで休んだ。その間にも時間を惜しみ、戦いの経過を反芻する。もうイメージはできていた。あとはそのとおりに体を動かすだけだ。


「よし、そろそろ行くか」


 結局この日は四回も挑戦し、イメージどおりに体を動かすことはできなかった。しかし、第二段階が思いのほか高難易度だと分かったことは収穫だといえるだろう。



 翌日からはやらなければならないことを整理し、スケジュールを組んで目標を立てた。当面は第二段階を成功させること。そして【破魔のトゲ】の補填だ。


 午前中は狩りをして【破魔のトゲ】を集め、午後からは三回の挑戦を行う。失敗し続けて精神的に参らないように、小さな目標を積み重ねて体の動かし方を洗練させていった。



「しゃぁ!」


 ひと月かかった。結局、【ハイジャンプ】を使った方法は変えざるを得なかったが、その修正もなんとかできた。


 何回もくじけそうになった。そのたびに結衣に会って彼女成分を補給し、気持ちを奮い立たせてきた甲斐があったというものだ。


 ついに最終段階をクリアした。ムシュフシュの開幕ブレスをしのぎ切ったのだ。だからといって気を抜いたりはしない。


「さぁこれからだ。きょうはトコトン付き合ってもらうぞ」


 ブレスを吐ききり、すでに次のモーションに入っているムシュフシュの動きを慎重に見切る。【破魔のトゲ】はすでに九十九個持っているが、今回は使わない。撃破をより確実にするためにこの戦いは捨てるとすでに決めているからだ。


 なぜか?


 本番は撮影させると約束していることもあるが、初回挑戦時には最後の最後でボディコントロールに失敗したからだ。ムシュフシュのどんな動きにも対応できるように訓練しておくべきだろう。それになんといっても、やっぱり勝利の瞬間は結衣とともに味わいたかった。


 だからポーションが尽きて毒の回復ができなくなるまで、何時間でも粘ってやる。


 そう決意して臨んだ練習バトル。結果的には三時間ほど粘ったところで、ポーションを使いつくす前に集中力が切れてしまった。しかし練習は十分にできたし、自信もついた。うぬぼれではない。確固たる自信だ。




 本番当日、朝一でグローリーのクランハウスまで歩き、到着するやいの一番に結衣を呼び出してもらった。


「今日ムシュフシュに挑む」

「本当に大丈夫なの?」


 心配そうな顔で彼女は聞いてきたが、決心は鈍らなかった。それに、彼女にこんな顔は似合わない。いつもどおりの笑顔になってもらわねば。


「ああ、昨日十分に練習できたし、どんな動きにも対応できるだけの自信もついた。だから結衣には安心して見ててほしいんだ」


 虚栄心から出た言葉ではない。己惚れているわけでもない。確固たる裏付けと、ゆるぎない自信。そしてなにより、彼女と交わした約束を成就させたかった。


「おお、おお、熱いねぇ」

「からかわないでください。俺は真剣なんです」

「分かる。分かるぞぉ。若者はそうでなくちゃな」


 まったく分かっていない。ニヤついた顔がそれを物語っている。でも構わない。これは彼女との問題だ。幾ら親しくて恩義があるといっても、彼は他人だ。言わせておけばいいさ。


「じゃぁ行いこうか」

「うん」


 いつのまにか周りにはグローリーのメンバーが集まってはやし立ててきたが、それにかまうことなく結衣を連れて転移した。もちろんムシュフシュの出現ポイントに向けて。


 先客は無し。準備は転移前からすでに終わっている。いつでも行ける。でも撮影の約束だけは守らなければならなかった。それが契約だからだ。


 リーンゲイル達グローリーのメンバーも続々と転移してきた。しかもほとんどフルメンバーだ。前回の時よりも多い。それでも気後れはなかった。それだけの練習を積んできたし、すでに恥じらいはない。


 この青い全身タイツにももう慣れた。いや、恥ずかしくないといったらウソになるが、そんなことはもう気にしていられないのだ。


「いつでもいいぞ」


 撮影の準備が済んだのだろう、高島竜二からOKのサインが出た。ガヤガヤとうるさかったギャラリーが静まり返る。


「結衣、俺の戦いを見ていてくれ」

「うん、頑張って」


 その言葉を聞いてフィールドに足を踏み入れた。ムシュフシュが浮き出てくる。さぁ本番だ。この見慣れた光景もこれで見納めかと思うと、なぜか寂しさを感じてしまう。そんなことを思いながらも腰を落とし、タイミングをはかる。


 ムシュフシュがのけ反った。今だ。【超速】を唱えると同時にダッシュ。敵の真下から自力でジャンプして腹を足場に顎下の首に手を回す。そのまま勢いを殺さず、振り子の要領で首の後背に抱きついた。第一段階成功だ。


 以前は【ハイジャンプ】で飛びついていたが、後背に回り込むときの難易度が高すぎた。加えて【超速】を発動させるタイミングがワンテンポ遅れる。時間にしてコンマ数秒だが、これが致命的で、ブレスを躱しきることができなかったのだ。


 だから【ハイジャンプ】を使わず、自力でムシュフシュの体を駆け上がるという荒業が必要になった。しかし実際にやってみると、これができてしまうから面白いのだ。


 ムシュフシュが首を振り回し、エリア全域にブレスをまき散らす。そのブレスを首の後ろの死角でやり過ごし、遠心力を利用してムシュフシュの斜め後背に着地を決める。第二段階を無事、成功した。


 そしてこのポイントが第二の死角だ。


 ギャラリーからのどよめきが「おおおお」と聞こえてくるが、惑わされることなく次の動きに移る。最初に放たれたブレスが目の前で消え始める。それを確認するのと同時にムシュフシュの周囲をバトルフィールドの外周に沿って走る。


 眼前のブレスが消えていくのを追いかけるような感じだ。背後からは吐かれたばかりのブレスが迫ってくる。安全地帯の幅は一メートルほどしかなく、高速で回転するように移動していく隙間に合わせて走らなければならない。


「っしゃぁ!」


 着地点からフィールドの外周に沿って一周と少し。なんとか無事に走り切った。敵の斜め前で停止し、モーションを待つ。ここで焦って攻撃したら今までの頑張りが無に帰す可能性が高い。


 ムシュフシュが翼を広げた。ついている。電撃のモーションだ。【雷神の冠】で無効化している隙に【破魔のトゲ】を投げ、800ダメージ。レベル差も防御力も関係なく固定ダメージを与える【破魔のトゲ】様様だ。


 サソリの尾が上がった。刺突の攻撃モーションだが、中腰に構えて待つ。頭上から突き刺すように尾が降ってきた。勾玉を逆さまにしたような鋭い針先がくっきり見える。引き寄せられるだけ引き寄せ、すんでのところで体を開くようにして躱す。


 今日は敵の攻撃がよく見えている。初対戦のときとは雲泥の差だ。ふみつけを飛び退いて躱し、炎攻撃を転がりながら回避する。


 ギリギリで避けているように見えるかもしれないが、次の行動を考えたうえでベストな位置取りになるように動いた結果だ。三時間もコイツと渡り合った結果、体に叩き込んだベストな動きができている。過信ではない。経験的にそう感じるのだ。


「おらぁ!」


 電撃が来て【破魔のトゲ】を投げる。刺突を回避し、カミツキ攻撃を躱して態勢を整える。ムシュフシュの攻撃を躱し続けているうちに、HPが許容ラインを割り込んだ。


 以前の教訓から、毒のスリップダメージを八回喰らったところで行動を回復モードに切り替える。刺突、炎、刺突、カミツキ、カミツキときて電撃のモーション。すかさずポーションで回復し、攻撃モードに切り替えた。


 ズサッズサッとフィールドを蹴る音。尾を振り降ろすときの風切り音。カミツキが空振って鳴リ響く硬質な牙どうしがぶつかる音。攻撃を躱した時に感じる風圧。炎が大気を焼く熱波。どんどん神経が研ぎ澄まされていくのが分かる。


 ゾーン。


 きっとそんな状態だったのだと思う。気がつけば戦闘が終わっていた。


 ムシュフシュが砕け散り、結衣に後ろから抱きつかれた。顔が見えなくても彼女だと分かる。


「真治」


 名を呼んでくれた結衣は、人目をはばからずにワンワンと泣きだしてしまった。彼女に向き直り、そして抱きしめる。


「勝ったよ結衣」

「うん、うん……」


 しばらく二人で抱き合っていると、間をおいてギャラリーが騒ぎだした。盛大な拍手と絶叫があたりを埋め尽くす。


「いやぁ、スゴイ戦いだったね。ここまで見に来たかいがあったよ。それに、すごく感動した。おめでとうシンジ君」

「俺からもおめでとうを言わせてくれ。真治君、君のバトルセンスには脱帽するよ」

「いやぁ、良いものを撮らせてもらいました。この戦いは後世まで語り継がれるでしょう」


 アルベルトやリーンゲイル、それに高島竜二も賞賛してくれた。しかし今現在、ものすごく恥ずかしい恰好をしていることを思いだした。


「あのぅ、リーンゲイルさん、褒めてくれるのは嬉しいんですが、一旦サンシティに連れて行ってもらえませんか?」


 一にもに二も無く了承してくれたリーンゲイル達と共に、サンシティに【転移】し、コートを纏って復活の神殿へとダッシュする。もちろん、【ポーション】でHPを回復しながら。そうしないと毒が回ってしまう。そして、レミーアのところに駆け込んだ。


「レミーアさん、お願いがあります――」


 訝しい表情になったレミーアに事情を話し、なんとか理解してもらえた。彼女に頼み、ムシュフシュを倒して得たお金のほとんどを使って【スプリンタースーツ】と【デビルリング】の呪いを解呪してもらった。もちろん、コートを羽織ったままで。彼女の前でスッポンポンになる度胸はない。







 あれから一年経った。念願の【成長の扉】を入手したが、今もレベルは変わらず、1のままだ。


 高レベルモンスター相手の調査役という需要が、ことのほか多かったというのがその理由であるが、恥ずかしい呪われた装備や、レミーアの機嫌を損ねることを除けば、案外レベル1でも充実したゲーム世界ライフを送れることが大きかったのかもしれない。


 恥ずかしい動画が今でも増殖し続けているのはいただけないが……。


「真治、明日はどこに行こっか」


 結衣が楽しそうに俺の横を歩いている。


「久しぶりにスライムでも狩りに行こうか――」





  ―― 完 ――

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【青い稲妻】変態挙動請負人【スピードスター】~レベル1のまま単独攻略・ゲーム世界でハードライフ~ 九一七 @kuina917

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