第5話:スライムの丘――上

 昨日はメシを食うのもわすれて、ムシュフシュに関係する情報をあつめていた。解呪アイテム【成長の扉】を手に入れるためには、そうする必要があった。別に急いでいるわけじゃないが、調べはじめたら止まらなくなったというのが実情で、それが性分なのだから仕方がない。


「まぁ、調べ物も楽しいんだけどな」


 おかげで、ゲーム世界二日目の朝は最悪だった。なにしろ、キリリと痛むような空腹に起こされたのに、朝メシの時間までまだ一時間もあったからだ。今から外に出るのも疲れるからと、空腹を紛らわすように再びネットでムシュフシュの情報をあつめていたら昼になっていた。


 なんとも間抜けな話だが、空腹も過ぎると胃袋がマヒするらしい。宿屋では昼メシが出ないし、けっきょく外に出てメシ屋を見つけ、やっとのことで胃袋を満足させることができた。


「すきっ腹で食うメシは美味いというが、過ぎるとさすがに堪える」


 そんなことがありながらも、三日目まではネット三昧の引きこもり生活を送ることになった。我ながら、あきれた集中力だと自画自賛してみるも、なんだか虚しく思えてくる。しかしその甲斐もあって、ムシュフシュ博士と呼ばれてもいいほどの知識を得ることができたのである。


「もうムシュフシュ調査は当分いいか……イヤイヤ、まだだな」


 ところで、たかがイベントボス一匹の調査に、ネットという現代兵器を使ってこれだけの時間がかかるのかといえば。それはムシュフシュが【成長の扉】という、最強になるためには必須のアイテムをドロップするからである。


【成長の扉】は解呪アイテムではあるが、レベルを強制的に10引き上げることがメイン効果になる。それと同時に、レベル上限も10引き上げられる。一般的に見れば解呪効果はおまけなのだ。未だにこの世界では最初のレベル限界であるレベル100に到達した人物はいないらしいから、レベル上限引き上げの恩恵にあずかった者はいない。


 そんな価値ある【成長の扉】を落とすボスモンスターが弱いはずがないのだ。むしろ反則的に強い可能性の方が高い。だからムシュフシュについて分かっていることはすべて知りたいのだ。


 ムシュフシュの情報は、腐るほどネット上に上げられていた。そんなわけで、攻略法も玉石混合だがいくらでも見つけることができた。しかし、欲しかったのは高レベルの者が使用する必勝定石ではない。そんなものは毛ほども役に立たないのだから。


「ネットが使えるってのほホント便利だ。ココがゲーム世界でよかったよ。本当の異世界だったらこんなことできないし」


 そもそもムシュフシュのレベルは50であって、しかも、予想通りなかなかにえげつない攻撃をしてくる難敵として知られている。低レベルハンターが手を出していいモンスターではない。


必勝を期すならば、開発された必勝定石を使ってレベル60以上で臨むことが推奨されている。したがって攻略法も、それに必要な武器や防具、アイテムなども高レベル者が使うことが前提なものばかりである。


 そんな知識は、初期レベル攻略ではほとんど役に立たない。かといって、すべてが無駄というわけでもなかった。作戦を立てる上でのヒントや、使えるアイテムなども、ごく一部ではあるが参考にはなるのだ。幸い、攻略法以外にも、攻撃の種類や頻度、攻撃の威力、特定攻撃の発動条件なども詳しく調べ上げてあった。


「さて、めぼしいところはほとんど調べつくした。あとは計算と計画だ」


 今まで調べてきた知識を使って、レベル1のままムシュフシュを倒すための作戦を、二日かけて考案してみたつもりだ。まだ穴があるかもしれないが、それなりの作戦はたてられたと考えている。必要なものも一覧表にしてまとめあげた。五日目はその一覧表をもとに行動計画をたて、いよいよ六日目から、本格的なゲーム世界ライフに突入したのである。


「ふぅ、ようやっと終わった」


 この五日間はメシと生理現象以外で部屋の外に出ることがなかったのは仕方あるまい。五日間のニート生活とはこれでサヨナラだ。


「さてと、そろそろ出発するか」


 宿屋で朝メシを食い、メシ屋を探すついでに見つけておいた武器防具屋に向かう。もちろん武器と防具を買うためなのだけれど、少ない手持ちなので贅沢はできない。


 今日までの宿代はすでに払い込んであるので、現在の所持金は七万四千円。そのうち武器と防具にまわせる予算は五万円である。残ったお金でHP回復用の【ポーション】を買う予定だ。


「ここかな」


 古びた木製のドアを開けて武器防具屋に入る。据えた独特な匂いが満ちる店内で品物を物色し【ショートソード】と【皮の軽鎧】を購入した。すこしでも経費を抑えたかったので、価格交渉を持ち掛けてみたら、この世界では価格交渉はできないということだった。なんでも、システムが決めた価格が絶対らしい。


 続いて薬屋でポーションを十個買ったら所持金は一万九千円になった。その後は銀行に行って残金をすべて預けてきた。銀行を出て大通りを東に歩く。そのまま街を出るとそこには丘陵地帯が広がっていた。道から外れ、丘陵地帯を東南に向かってさらに歩く。


 目的地はサンシティの南東にある『スライムの丘』だ。そこは、名が示すとおりレベル1のスライムばかりがポップする場所で、はじめてバトルを実践するモンスターハント初心者のためのエリアである。


「最悪だ。失敗した」


 宿屋を出るときに予定していた行動を、ひとつすっぽかしてしまった。それはレミーアの姿をこの目に焼き付けておくことだった。たかだかそんなことか、と、邪険にしてはいけない。これからはじまる地獄の稼ぎ作業を耐え抜くためには、心の安らぎが必要なのだ。


「まぁ、それはさておくとしようか」


 いろいろ調査した結果、スライムの丘でスライムを狩るのはレベル1からレベル3までの駆け出しハンターと、ハンター志望ではないが、生活苦のためにスライムを狩る一般市民だけらしい。つまり、スライムは素人でも狩れる最弱モンスターなわけだ。レベル1から上がることができない俺は、このスライムの丘が当面の狩り場となる。


 これからスライムを狩りまくるつもりでいるが、当然ながらそれは、もしかしたらレベルが上がるかもしれないという、淡い期待を抱いてのものではない。まぁ、ほんの少しだけは、もしかしたらという想いがあったことは否定しないが。


「そんなことより」


 今の装備と実力ではスライムくらいしかまともに倒せるモンスターがいないということもあるが、ココで戦う真の目的。


 それは、スキルポイントとお金を稼ぐためだ。今日から当面の間、ココで地味な戦いを続ける覚悟を決めよう。それが最初の関門なのだから。

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