第4話:ようこそプレジャーガーデンへ――下

 時間はまだ午前中。街に繰り出していろいろなもの、たとえばかわいい女の子とか綺麗な女の人とかを見て回りたい煩悩を抑え、これからのことを考えていた。


 もちろんフィールドに出てバトルしてみたい。武器や防具を見てみたい。魔法をぶっ放してみたい。という至極健全な煩悩もないわけではない。


 しかし、今は解呪アイテム【成長の扉】についていろいろと調べ上げるべきだ。それを入手するまでは、雀の涙のような初期ステータスで戦わなければならないのだから。まずは行動計画をたてようと思う。


 メニューと念じると、ちょうど胸の前あたりにA3サイズほどの半透明スクリーンが浮かび上がる。まずはそのなかのアイテムの項目にタップして切り替え、目的のものを探す。すると、確かにそれの存在が確認できた。


「なになに」


【成長の扉】――イベントモンスター『ムシュフシュ』のドロップアイテムであり、流通はしていない。使用するとレベル上限を10上昇できる。成長停止系の呪いを解呪できる。『ムシュフシュ』を倒した時に一度だけ100%の確率で入手できる。譲渡不可であり『ムシュフシュ』を倒した者しか使用することができない。


「成長の扉はボスドロップアイテムか……」


 入手方法はイベントモンスタームシュフシュを倒すこと。それがこの時点で判明したことは、ツイていると考えるべきなのだろうか? それとも……。


 ネガティブ思考に陥る前にムシュフシュについて調べてみるべきだろう。落ち込むのはそれからでも遅くはない。


 一旦メニューに戻り、確認されているモンスター一覧の中からムシュフシュを探すと、すぐにそれを見つけることができた。その姿は頭部が毒蛇、体がネコ科の猛獣、下半身が鳥、そしてサソリの尾をもつキメラ型のモンスターだった。


「うをっ!」


 そのステータスをかいま見て目まいを覚える。が、鋼の意思で文字列を直視した。眩しい、あまりにも眩しすぎるムシュフシュのステータスはこうなっていた。


『ムシュフシュ』――レベル50、HP65535、MP655、力45、魔力48、素早さ24、……。


 HPだけを見てもLv1の800倍以上、全てのステータスが大幅に上回っていやがる。もはやそのステータス差はネズミと猫だ。


 ムシュフシュがイベントモンスターだと知ったときに嫌な予感はしたが、これほどの差があるとは考えていなかった。己のステータスと比べれば、かつて遊んできたいくつものコンシューマ型RPGのラスボスクラスじゃないか。


 しかし、しかしだ。昔取った杵柄よろしく、コンシューマ型RPGを初期レベルでクリアした経験がなんどもある。それだけが心の支えになった。


 そしてこう考えた。初期レベルを保つために経験値を回避する必要が無いじゃないか。そう、どれだけ敵を倒してもレベルが上がることは絶対にないのだ。


「これは案外楽かもしれない」


 そう思ってしまうところが、初期レベルクリア系の縛りプレイにどっぷりハマりこんだ証だろう。


 そもそも、コンシューマ型RPGで初期レベルクリアをする場合、レベルアップすることなく敵を倒していく必要があった。


 クリアするために経験値の回避ができないゲームもあったが、その場合でも理論上の最低経験値を目指すのがお約束だ。この経験値回避こそが初期レベルクリアをするうえでの大きな足かせになるのだ。


「場合によっちゃザコの方が強いからなぁ」


 エンカウントしたら全滅確定。ストーリー中盤以降はそんなザコ敵がわらわら出てくるのが、初期レベル攻略の難しさなのだから。


 もちろん、理論上の最低レベルでボスを倒すことが難しいというか、一般的には不可能にしか見えないというのは当たり前であり、前提でもある。しかし、経験値回避に頭を悩ませる必要がないというだけで、ずいぶんと気が楽になった。


 それでもムシュフシュを倒して【成長の扉】を入手するということが、一筋縄ではいかないことが容易に想像できる。投げ出したくなるような壁にぶち当たることも、一度といわず経験するはずだ。


 しかしそんなことは、ゲームの中ではあるが過去になんども経験してきた。そして乗り越えてきた。その経験がこの過酷なチャレンジに立ち向かう勇気を与えてくれる。


 ダメだったら別の道で生きていけばいい。なんて軟弱やわなことはもう考えない。何年かかろうが、意地でも、地を這いつくばってでも【成長の扉】を手に入れてレベルアップしてやる。そう考えなければ絶対にくじけるし、幸いにもそう思うことができた。


 基本的にこれからとるべき行動は、レベル1単独でムシュフシュを倒すことを前提に、必要なものを手に入れていくことだ。


 もちろんそればかりをやっていると息が詰まるというか、ハゲそうなので息抜きも考えているし、彼女も欲しい。というかレミーアとお付き合いしたいと、せつに願っている。


 あの柔らかな笑顔。可愛らしい仕草。そんな彼女に心を鷲づかみにされたのだ。


「いけない。どうしても考えが横道にそれる」


 とにかく、レベル1でムシュフシュを倒すために必要なものを手に入れなければならない。


 それは何か?


 情報であり、消費アイテムであり、スキルであり、お金であり、武器や防具であり、アクセサリであり、そして一番重要な要素は、レベルの影響を受けない素の戦闘技術だろう。


 攻撃の見切り、体さばき、動体視力、空間把握能力、数え上げればきりがない。が、スキルにもレベルにも頼らない戦闘技術を磨き上げることこそが、初期レベルで強敵を倒すうえでは必須なのだ。


 さらに、遥かな格上を相手にする慣れも必要だし、修行僧のような忍耐力と悟りも必要だろう。息抜きも必要だろうし、恋愛も必要だろう。そうだとするならば、レミーアのことを良く知っておく必要があるだろう。そのためには早いことお近付きになって……。


「いけないいけない」


 つまりムシュフシュを倒すためには色々なことをしなければならない。そのためには、まず情報を集めるべきだ。


「確か、メニューの中にネットがあったような……あったあった」


 ネットで見つけた歴史関係の資料によると、この世界は誕生してまだ五十年ほどしか経っていないという。トップレベルの人でもレベル70ほどであり、現時点では世界全体の四分の一も攻略されていないらしい。


 それは、この世界が広いこともあるが、デスペナルティーにあるレベル半減の影響が大きいと書いてあった。


 最前線で活躍していた数多くの高レベルな人たちが犠牲となってモンスターの情報を集め、あとに続く者たちがそれを参考にして攻略を進めているようだ。


 それでも、デスペナルティーを恐れるあまり、慎重になり過ぎて攻略の進行速度は遅いということだった。


 しかし、犠牲になった彼らのおかげで、モンスターやアイテム、武器や魔法やスキルなどの詳細な情報が、ネット上に蓄積されているのはありがたい。


 各種まとめサイトを閲覧していくと、物理攻撃や魔法攻撃などのダメージ計算まで研究されている。これを利用しない手はない。というか、利用せずして攻略は不可能だろう。


「そんなことよりまずは」


 それからはムシュフシュについての情報を集めるために、ネット上の情報を読み漁った。そして気がつけば昼食のことを忘れ、どっぷりと陽が暮れて、夕食の時間までをもを超過していた。


 落ち込んだり、狂喜したり、レミーアに一目ぼれしたりと濃密なゲーム世界一日目は、こうして終わりを告げたのである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る