第6話:スライムの丘――下
スライムを倒して稼げるお金は一匹あたり二十円。もう一度言う。たったの二十円だ。泣きたくなるような低額だが、積み上げ効果をバカにしてはいけない。たった二十円でも五十万匹倒せば一千万円になる。その前に精神が崩壊するかもしれないけどな。
スライムの丘でのエンカウント間隔は、バトル時間含めて平均で四分に一匹だそうな。ということは一時間で十五匹だ。時給に換算すれば三百円ということになる。かつて俺が住んでいた地域の最低賃金条例の半分にも満たないが、弱音を吐いてはいけない。一日十時間狩りを続ければ宿代が稼げるのだ。
自転車操業よろしくカツカツの暮らしが目に浮かぶが、あきらめてはいけない。なぜか? それはドロップアイテムの存在があるからだ。スライムのドロップアイテムはノーマルが【ポーション】であり、レアが【ミドルポーション】だ。
ドロップ確率はそれぞれ10%と1%。それぞれの売り値は二百円と二千円である。つまり、十時間”働けば”スライムを百五十匹倒すことになるのだから、合計で平均九千円の稼ぎになる。
しかし、実際は手に入れた【ポーション】を使用しながら戦わなければならないし、一日十時間も狩り続けられる人は少ない。だから平均すれば五千円程度の稼ぎらしい。
宿屋で三千円、一食あたり五百円と仮定すれば一日四千五百円必要になる。貯金できる額はそのほかにお金を使わなければ、一日五百円ということだ。実際には、そんなことは難しいだろうから、たしかに自転車操業だろう。
「だから失敗なんだよ」
レミーア成分を補給してこなかったことが悔やまれる。
まぁそれは置いておいても、当面は苦しい生活が続くことになる。が、スライムを狩り続ける目的はスキルポイントを稼ぐためでもある。
通常の場合、スキルポイントは自分のレベルマイナス2以上のモンスターを倒さなければ得ることができない。レベルがそれよりひとつでも上がると、つまりレベル4になってしまうと、いくらスライムを倒してもスキルポイントは得られない。
ところがレベルが1で固定されたおかげで、どれだけ敵を倒してもレベルは上がらないから、最弱の『スライム』を倒し続けて恒久的にスキルポイントを得られるという恩恵があるのだ。焼け石に水だと思ってはいけない。このシステム的な抜け穴は天の恵みと考えるべきだろう。
「そう、これは天の恵みなんだ」
自分が言っていることに少しの虚しさを覚えるが、気を取り直して顔を上げ、目的地へと歩を進める。
初期レベル攻略をする場合、回復アイテムを湯水のように使うバトルを、何度もくぐり抜けなければならないのは想像に難くないだろう。だから【ポーション】とか【ミドルポーション】をドロップするスライムは、まさにうってつけのモンスターなのだ。
ここで目的のスキルについて少しばかりまとめておこう。最初に取ろうと考えているスキルは、軽戦士系のスキルである。低レベルモンスターの場合、レベル1の80というHPでも、防具さえよければ一撃死させられることはない。
しかし、ある一定ラインを超えるレベルのモンスターからは、どんな攻撃を喰らっても一撃死することが確定している。敵の攻撃は避けるか、無効化するか、出させないようにするかしかない。
敵の攻撃を避けるためには、”素早さ”に特化した軽戦士系のスキルが大活躍するのだ。”素早さ”はムシュフシュを倒すうえでも絶対に必要な要素であり、そのほかにも敵へ与える物理ダメージの向上に役に立つ。だからスライムの丘でスライムを狩り続けようと考えている。
最後にココのスライムについて。
このフィールドに出現するスライムは初心者御用達というだけあって、こちらが逃げれば追ってこないという特性を持っているらしい。しかしその他のフィールドでは、そんなことはないらしいから注意が必要だ。
「ようやっと着いた」
というわけで現在時刻は午前八時。午後七時まで休憩をはさみながら、スライムを狩りつづける予定だ。ここスライムの丘は、背の低い雑草が生えた、見渡すかぎりの低い丘がつらなる丘陵地帯で、恐ろしく広大だった。
朝からスライム狩りに出ている人たちが何人か視界に入っている。ただし、その人影はココが広大なこともあって、ひどくまばらだった。これなら人目を気にすることなく、狩りつづけられそうだ。
「それじゃぁ、いっちょはじめますか」
そうひとりごちて歩きはじめた矢先、さっそく目の前に半透明の青いゲル状の球体がポップしてきた。こちらを認識しているのか見た目からは分からないが、ボヨンボヨンと、五十センチほどの高さで跳ねている。大きさは大玉のスイカほどだ。
「意外と気持ち悪くないな」
目はないが、中心にリンゴ大の黒い核が見えている。【ショートソード】を両手に構え、スライムが飛びかかってくるのを待つことにした。今朝、出かける前にチュートリアルでやった練習バトルが、コイツ相手だった。そのおかげもあって、行動パターンは把握済みだ。
規則正しく柔らかいゴムまりのように、上方向に跳ねていたスライムの動きが変化する。前後左右ナナメ上にと不規則な跳躍を見せながら、突然体当たりしてくるのがコイツの攻撃方法だ。
その体当たりをまともに受けると、今の装備では最大で37ダメージ喰らうことを、チュートリアルで確認済みだ。初期レベル攻略を何度も達成してきた経験上、常に慎重な行動をとれるように心がけている。たとえレベル1のスライム相手であろうと、調べられることは調べ、対策を立てて動くべきだ。
スライムをノーダメージで倒すには、体当たり攻撃を待って、飛び跳ね向かってきたところを剣で打ち据えればいい。ようするにカウンター狙いだ。ただし、レベル1のステータスと、攻撃力が低いノーマルの【ショートソード】では、スライム相手に与えられる最大ダメージが40だということも分かっている。
これは、まとめサイトに載っていたダメージ計算式から導き出した答えであるし、チュートリアルの練習バトルでも確認済みだ。レベル1スライムのHPは50なので、すくなくとも二回の攻撃を当てる必要がある。
それでもスライムは攻撃的な性格のようで、さほど待つことなく襲い掛かってきた。常に敵に対して正面をとるように【ショートソード】を構え、飛びかかってきたところを打ち据える。
するとスライムは切れることなく地面にたたきつけられ、その場で規則正しく数回跳ねて不規則な動きに戻った。全く同じ方法で二回目の攻撃を加えると、今度は地面にたたきつけられると同時に、水玉みたいにバシャリと飛散してバトルが終わったのである。
「感覚的にはアクションRPGだな」
バトルが終わったと同時に、ピコンという音が鳴った気がした。もしやと思いアイテム欄を確認してみると、【ポーション】をドロップしたようだ。所持数が1増えて11になっているので間違いない。
さらに、所持金欄には20という数字が刻まれていた。呪いが無ければ2という数値が獲得経験値欄に輝いているはずだが、そこにはグレーの網掛けがかかっていて数値は0のままだった。
それはさておいて、戦ってみた感覚はまんまアクションRPGだった。まだ【ショートソード】による通常攻撃のみしかしていないが間違いないだろう。思わず口角が上がっていた。アクションRPGであれば、ターン制のRPGよりもプレイヤースキルでカバーできる範囲が増えるからだ。
「時間はこの場所に来てからまだ5分経ってない。疲れも違和感も全くないし、この分だと予定どおりいけそうだ」
初バトルをノーダメージ撃破で飾ったことで、やはり経験値が獲得できなかった事実をなんとか飲み込んだ。落ち込むよりも前を向こう。そう言い聞かせてスライムの丘を歩き回り、ポップしたスライムを無心で狩りつづけて行くうちに鬱な気分が晴れたような気がした。さんさんと陽光が照りつけてくるが、爽やかな風と草花の香りがここち良い。十二時を少し過ぎるまで草原の丘陵を歩き回り、順調に狩り続けることができた。
「そろそろ昼にするか」
丘の頂点に座り込み、朝市で売っていた二百円のサンドイッチを頬張りながらメニューを開く。午前の戦果を確認するためだ。
モンスターは歩くか走っているときにしかエンカウントしない。つまり、座ったり立ち止まったりしていれば安全だ。潔いほどにゲーム世界である。
「四時間ちょっとで六十四匹か、ほぼ四分に一匹ペースだな。ネットの情報通りだ」
所持金欄には1280という数字が刻まれていた。アイテム欄を確認すると【ポーション】が十五個、【ミドルポーション】が一個になっている。何回かダメージを受け、途中で二個の【ポーション】を使ったから七個の【ポーション】を得ていたことになる。ちょっと【ポーション】を買いすぎたか。
「すこしだけ運が良いよう気がするな。幸先が良い」
そんなことを独り言ちながらも、サンドイッチを食い終わって流れゆく雲を見ながら休憩していると、前方から人影が近づいていることに気がついた。
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