第27話:お披露目――上
着用するのもためらわれる【スプリンタースーツ】を手に入れた翌日もまた、リーンゲイルに【転移】でその他の重要な場所へと連れて行ってもらった。こういうことは早めに済ませておきたかったからだ。彼には感謝の言葉もない。
その後は、とあるアイテムを大量に入手するために、雑魚相手のバトルを繰り返すことになった。このアイテムにはムシュフシュ戦でのダメージ源として大いに期待している。レベル1のステータスで、ヤツの防御力に打ち勝ってダメージを与えることは、もはや剣や魔法ではほぼ不可能なのだから。
現時点で発見されている最強の剣を使えば、ムシュフシュに100強のダメージを与えることは可能だ。しかし、そんな剣は今の状況では絶対に入手できない。そしてその程度の与ダメージでは、60000を超えるムシュフシュのHPを削りきるなんてことは不可能だ。
「ラスボスクラスの攻撃を一発も喰らわずに避け続けて500回以上切りつけるなんて冗談じゃねぇよなぁ」
そんな強度を誇るムシュフシュに、効率よくダメージを与えるにはなにを使えばいいのか?
答えは一つだ。
防御力無視のダメージ源である攻撃アイテムに頼ればよい。それが唯一の方法だった。もちろん、一発で四ケタとか五桁のダメージを与えられる攻撃アイテムを簡単に入手することはできない。
けれども、三桁後半のダメージを与えることができる攻撃アイテムならば、比較的容易に大量入手が可能だ。
そのアイテムの名は【破魔のトゲ】。
防御力無視の特性を持ち、800の固定ダメージを与えることができる。このアイテムならば、所持限界である99個でムシュフシュのHPを削りきることが可能だ。
必要個数は、少し余裕を見て八十五個。トゲトゲ草と呼ばれる植物系モンスターのレアドロップアイテムである。
トゲトゲ草はレベル12でHPは550。三匹から四匹で出現し、鞭のようなトゲだらけの両腕を振り回してくる。もちろんその攻撃を喰らえば一撃死だ。しかも、振り回してくる両腕が邪魔で近づくことができない。
厄介そうな相手に思えるが、植物モンスターらしく歩行速度が非常に遅いという致命的な弱点があった。
「近づけなくても攻撃する手段はいくらでもあるからな」
その手段とは、【手りゅう弾】という防御力無視のエリア攻撃アイテム攻撃することだ。一体につき300の固定ダメージを与えることができる。しかも店売りしているし、さほど高くも無い。一個三千円だ。九十八個買って二十九万四千円。
三から四匹組でポップするトゲトゲ草は二個の【手りゅう弾】で一掃できる。九十八個使えば、平均約百七十匹倒せることになる。
この場合【破魔のトゲ】の入手期待値は一日あたり十七個だ。つまり、五日狩りを続ければ必要な数が揃うことになる。購入費として五日間で百四十七万円が消えてなくなるのは痛いようにも思うかもしれない。
「そんなことはないんだけどな。これが」
通常ドロップの【毒消し】を売れば、百二十三万円ほど戻ってくるのだ。実質二十三万円強の出費で済む。この程度の金額の負担は、結衣への金銭的不安がなくなった今、さして重荷ではない。
「リーンゲイル達には本当に感謝だな」
予定通り、五日で八十八個の【破魔のトゲ】を入手することに成功し、その翌日リーンゲイルに連絡を入れた。ムシュフシュ戦前の最後のボス、堕天使と戦うためにである。
堕天使の出現ポイントへはすでに【転移】で連れて行ってもらっていたので、リーンゲイルに連絡を入れるメリットは無いのだが。戦いの様子を見せると約束していた。だから止む無く連絡を入れた次第だ。
「おや、残念。スプリンタースーツは装備しないのか」
リーンゲイルはそう言って白々しくお手上げのポーズをとった。どれだけ見たかったんだ。と、心の中で舌打ちする。
「あんな恥ずかしい恰好、そう簡単にはするつもり有りませんよ」
「だが、堕天と戦うんだろ? 堕天使もレベルは……」
「45です」
間髪入れずに高島竜二が答えた。さすがはトップクランの知恵袋だ。
「おお、そうだった。さすがは竜二だ、何でも知ってるな。それでだ。レベル45のボス相手にレベル1の君が【スプリンタースーツ】なしで本当に勝てるのか?」
「勝てるからこそ着ないんです。もう、必勝の作戦は出来上がっていますから」
「それは残念」
リーンゲイルは、【スプリンタースーツ】を着ないことを本気で残念がっていた。わざとらしく動画撮影用のカメラを取り出した高島竜二も、あからさまに舌うちをしている。
協力してくれるのは有りがたがったが、笑いのネタにされるのは勘弁してほしい。しかし、悪い人たちではなさそうだし、十分すぎるほどに力になってくれていることも分かっている。無碍にできないところがもどかしかった。
「ところで真治君、君はどうやって堕天使と戦うんだい?」
「見てのお楽しみ……という訳にはいきませんよね」
食いついた獲物は絶対に逃がさない。という感じの笑みを浮かべた高島竜二に観念し、堕天使戦の攻略法の概略を説明することになった。
堕天使は、普通に戦おうと思えば、そのレベルからも分かる通りの強敵である。レベル差があり過ぎて、というよりは防御が固すぎて、直接攻撃も魔法もダメージも与えることはできない。そして”素早さ”は、ドーピングを重ねたおかげで若干だが勝っている。しかし当然ながら少しでもダメージを受ければ一撃でおしまいだ。
そんな堕天使にダメージを与える手段は、もはやムシュフシュと同じく固定ダメージの攻撃アイテムしかないように思える。
けれども、堕天使には大きな弱点があった。それは、堕天使がアンデッドだということ。つまり回復アイテムや回復魔法でダメージを与えることができるのである。
レベル1の魔法攻撃力では、回復魔法で堕天使の魔法防御を突き破ることができない。しかし、回復アイテムならば固定ダメージ源として利用できるのである。【ポーション】では100しかダメージを与えることができないが、【ミドルポーション】ならば500のダメージを与えることが可能なのだ。
幸い、アイテム欄には狩りでため込んだ【ミドルポーション】が九十九個眠っている。この先、ムシュフシュを倒すまでHP回復アイテムが必要ないのだから、【ミドルポーション】はただの換金用アイテムでしかなかった。
買えば一個五千円もする【ミドルポーション】であるが、ダメージ300の【手りゅう弾】よりよっぽど効率がいいし、ため込んでおいても資産でしかないアイテムだ。だからこれをダメージ源として使わない手はないのだ。
今の境遇では、攻撃手段は【ミドルポーション】がベスト。堕天使のHPは10500だから、500の固定ダメージを与えることができる【ミドルポーション】二十一個で、キッチリHPを削りきることができる。
残るは堕天使の攻撃への対処になるが、気を付ける必要があるのは鎌による直接攻撃と、光属性の単体攻撃だけである。
全体魔法攻撃の雷撃は、雷狼から手に入れたばかりの【雷神の冠】で無効化できるし、気絶特性があって避けることができない超音波は、耳を手で塞ぐという簡単な裏技? で無効化できる。
もしもこの情報がガセだった場合は、気絶を防止できるアクセサリを入手する必要が出てくるが、そうなっても構わないと考えている。気を付ける必要がある単体攻撃に関しては、モーションで判断して避けるだけだ。
「――とまぁ、こんな感じです」
「さすがは真治君。と言いたいところだが、単体攻撃は避ければ済むって」
「そんなに難しいことじゃないですよ。集中力を切らしたら無理ですけど」
「集中力で避けられるならそれでいいじゃないか。なぁ」
高島竜二は明らかに呆れかえっていた。リーンゲイルは頼もしそうに聞いていたが、何か悪だくみを思いついたように目を見開いた。
「そうだ」
「もう行きませんか?」
これ以上ここで話していたらイジられると直感し、何かを言いかけたリーンゲイルを遮って【転移】を促す。自分で【転移】を使わないのは【MPポーション】を使いたくないからだ。
「そ、そうか、もう行くのか。残念だが仕方がない」
何が残念なのかは気になるところだったが、追及するとイジられるか、変な要求をされそうなので止めておいた。そんなこんながあってリーンゲイルが唱えた【転移】で堕天使の出現ポイントに移動したのだった。
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